第47話 演奏するタコ
「はー、んじゃ、やりますかー」
リィズは、手にハープを持つ。
「くーちゃん、注意して、攻撃に向かない武器の場合、なにか特殊な方法でわたしたちに影響をおよぼしてくる」
「まーさすがにわかっちゃうよねー。素人じゃないしね」
「なかなか楽しめそうですね。私がいるのも忘れないでくださいよ」
ジェイドは腰に下げた二振りの短剣を抜く。翡翠のように輝くそれは、刀としては異質だった。
「カエデ、どっちとやる」
「どんな能力かわからないけど、多分あの翡翠の短剣持ってる人とは相性が悪い」
「じゃあ、僕がやる。カエデはあの女の人を」
「どちらがどちらとやるか相談ですか。青いですねぇ。まあいいでしょう。リィズ、あの白縹色の髪をした女をやりなさい」
「はぁーい」
それぞれ自分の相手を見定める。クロンとジェイドはお互いにらみ合いながら、戦闘に適した場所を探すため、この場から離脱した。
「はぁーあ、めんどくさいなぁ。やらないといけないかー」
「あななたちが人を殺さず、罪を犯さなければなにもなかったこと。自業自得」
「あたしが殺したわけじゃないし」
「同罪」
「はいはい! 同罪ですよ!」
リィズが不貞腐れながら手に持ったハープをポロン、と鳴らす。その間にカエデは正面へ体がすべて隠れるほどの水球を展開していた。ゴパッ!とリィズがいる側の水面が爆ぜる。
「ありゃ、防がれちった」
カエデは、ローグとの戦いで不可視の攻撃の凶悪さを嫌という程学ばされた。それを事前察知するにはどうするか、まだ完全な答えは出ていないが、ひとまずは水を周囲に配置し感知する方法をとる。
そもそもカエデは獣を感知できる。ならば人間も、攻撃も感知できるのではないか、と普通に考えるが原理上不可能なのだ。カエデの祝福の水は、獣に触れると微弱な刺激を発生させる。おそらく獣の性質と祝福の性質が反発し合うからだろうが、その性質を利用して、カエデは空気中の水蒸気に自身の祝福を帯びさせ、そこに獣が触れることで感知する。
これを他のものも感知できるように変更できないか考えていたが、かなり難しいと結論づけていた。そこで、これだ。かなり大味な方法だが、自身が作り出す水への影響で事前に察知する。
「……なるほど。楽器を鳴らすことで攻撃を発生させてる」
「うーん、バレちゃったかー。じゃあ、これは?」
するとリィズは手に持ったハープを消しフルートを取り出す。そして、そのフルートを吹く。心地よい音色が森に響く。
しかし、何も起こらない。カエデは訝しむが、なにもないわけがない。正面の水球の形を歪め、自身の側面を守ろうと移動させたところだった。スバァッと、薄く張った水が裂ける。
「ありゃー、またぁ? カンいいね、お姉さん」
(危なかった…...! 今のは完全に偶然…...!)
カエデは戦慄していた。ハープではノータイムの爆ぜるような打撃、フルートでは時差のあるトリッキーな斬撃。おそらくたった2つではではないだろう。そうカエデが予想すると、その予想は当たってしまう。
「それじゃあ、次はコレー!」
(まずい!)
リィズは自分の前にピアノを出す。ズゥンと土に埋まるピアノの鍵盤を、ポーンと鳴らす。カエデは攻めあぐねる。またなんらかの攻撃が来る。そう判断し、自身の周りを薄く水の膜で覆う。
「まぁ、そう来るよね〜。でもあたしの【体鳴楽器】は、弾く、切るだけじゃない。ピアノはね、すごいよ」
ズドン、と、カエデがいた部分が土ごと跳ね上げられる。
「な!?」
「ピアノは不可視の攻撃じゃないんだよね! 指定した範囲の土を跳ね上げます! お姉さん、無防備ー! 次はこれでーす!」
リィズはピアノを仕舞い、再度ハープを持ち直す。
「これが一番使いやすいからね!【弦爆弾】」
ポロン、ポロンと2回ハープの弦を鳴らす。しかし、カエデも負けていない。ほぼ同時に祝福を使う。
「【三重水壁】」
バキバキと、地面の下から響く音が聞こえたかと思うと、カエデとリィズの間に三重にも及ぶ水の防壁が出現する。地下水を利用した即席の防護壁だ。カエデはこの準備をずっとしていたのだ。
リィズから見て1枚目、2枚目の壁が爆ぜ、水が弾け飛ぶ。
「うそー! なんで防げるワケ!?」
「地力の差」
「そんなものないでしょ」
「ある、【水槌】」
カエデは水の壁で稼げた時間を使い、牽制を行う。そのまま当たればリィズはタダではすまない。しかしリィズも負けじと手に持ったハープをポロンと弾き、水の柱が伸び切る前に爆ぜさせ、水柱が折れる。
「はー、その面倒な水の膜とかがなければ一発なんだけどなー。まあいいや! 不可視楽器もそんなに多くないし、ここからは手数でいっきまーす!」
リィズが取り出したのはトランペット。そして、1音2音だけじゃなく普通に演奏をしだした。
すると、リィズの周囲に視認できる、光る刃が演奏する音に対応してみるみる増えてゆく。
「これは、設置型じゃないから、水で守っても無駄だよー!」
リィズが演奏をやめると、刃がカエデに向かい飛ぶ。カエデは走って避けようとするも、刃が追尾してくるため避けきれない。刃の方が早いため、水刃を放ち撃ち落としていく。しかし、すべてを弾けず体をえぐり、切れた部分から血が滴る。戦闘不能になるほどではないが、これが続けば結果は見えている。
「追尾型はいけそうだね! 次いくよー!」
リィズはそのままトランペットを吹く。鋭利な刃が浮遊する。
(演奏を止めないと……!)
カエデは焦る。しかし、手立てがない。いや、ないわけではないが少ない。
「これ以上刃を増やされるのは困る! 【水章魚】!
地面には無数の水が散り、今この場は湿地のようになっているが、その水がカエデを覆っていく。
「この刃は水を貫通するんだよ? 水で覆っても無駄!」
カエデの周囲の水が、蛸を形作ってゆく。地面から不純物さえもすいあげながら。
「水章魚、【煙幕】」
カエデを中心に形作られた水のタコは、吸い上げた土から水分を抜き乾燥させ、粒子状にしたものをリィズへと吹きかけた。
「うあっ! ぺっ、ぺっ!」
リィズが、あまりの煙たさにトランペットの演奏をやめる。それと同時に、周囲に浮遊していた刃がカエデのいた場所に向かってゆく。このまま水章魚を貫通し、彼女を戦闘不能にするかと思われたその刃は、その時にカエデがいた場所とは見当違いの場所をえぐってゆく。
「なんだ。追尾型なんて嘘。操ってる」
「あちゃーバレたか。しかし煙幕をしてくるとは」
「水章魚、【砲銃】」
カエデは、煙幕があるうちに攻勢をかけることにした。水と一緒に取り込み、水章魚の8本足の中を漂う大型小型の岩を、水でできた蛸の口から排出する。その排出速度は大砲並みだ。
ズドォ! と煙幕の中に着弾していく。煙幕は、諸刃の剣だ。カエデも相手の場所を捕捉できなくなるため、絨毯爆撃のように煙幕の中へ打っていく。するとその途中で、水ダコの上部が爆ぜ、崩れてしまう。
「くっ、当たってないか」
カエデは悔しがる。あれだけ爆撃したのに当たっていないのは、相手が避けるのがうまいのか、自分の狙いが甘いのか…..そう考えていると煙が晴れ、リィズが現れる。
「はぁ、っ、当たってるって……!」
腹部のアーマーが破壊され、肌が露出している。足のアーマーも禿げている。口の端からはツー、と一筋の血が見える。鳴らしたのか、ダラリと下がった腕にはハープが握られていた。
「それは当たってるとは言わない……!」
「当たってんの! あたしのかわいい顔を土まみれにして、しかも体に痣まで……! 許せない!」
カエデは心の中で嘆く。ただの石や岩でも射出速度によっては人を吹き飛ばせる。自分の水章魚の射出力でも骨の一本二本普通に持っていける、はずだった。しかしどうだろう、結果はアーマーを剥がす程度にとどまる。アーマーの質が高いことに感嘆しつつ、次の手を考える。
リィズもまた、次の手を必死に考えていた。設置型は基本的に水で防がれる。頼みの綱だった追尾型も今のように煙幕を撒かれれば防がれる。追尾型とは名ばかりで、正確にはリィズの視線に反応しその先へ刃が飛ぶだけだ。リィズはまだ出していない打撃型の楽器で勝負をかけようと、タンバリンを手にする。
「タンバリン……!?」
また新しい楽器が出てきたことにラビは驚愕する。設置型の爆撃、斬撃、追尾型の斬撃、そう来れば次は追尾型の打撃か、と再度【水章魚】を発動しようと構えるも、リィズの楽器の演奏は別の結果を生む。
パァン、タンバリンが鳴り響く。
(光の刃は出ない。なら設置型)
カエデはそう判断し、普通に水を集め周囲を薄く囲う。設置型は間に1枚挟まれればそこに着弾し、それで終わりだ。そうカエデは判断した。しかしその考えは甘かったと言わざるをえない。
ドゴ! と、背後からの打撃がカエデを襲う。カエデは顔を痛みで歪めながら背後を見ると、拳大の個体エネルギーがカエデを捉えていた。水の膜は、貫通してきていた。
「っく! 打撃の追尾型、しかもわたしの死角、背後から……!」
「一発一発は弱いんだけど、死角から攻撃してくるの。ちなみに追尾型じゃないよ。死角発動型、って言うの」
「そんなの、避けられない。なんで最初から使わないの」
「うーん、一発一発の威力が弱いワケよ。やっぱり戦うにしても演奏するにしても派手にいきたいじゃん?」
そう言いながら、またもタンバリンを叩く。水を自身の背後に貼るが、多少威力が減衰するだけで、攻撃はカエデの体に響く。
「これは、きつい。【水刃】!」
「あっぶない!」
迫る水の刃をジャンプして避けるリィズ。しかし、迫る水の刃はそれ一つではない。
ズォゥッ! バキィッ!
「ちょ!?」
2本目の刃がタンバリンを貫き破壊する。
「よし、このままいく」
カエデはうまく楽器を破壊できたことに笑みを浮かべ、そのまま攻めようとした。
「【水槌】!」
「あーもーうっざい!」
しびれを切らしたリィズは、今度はタンバリンよりも大きい太鼓を取り出す。それは、和太鼓だった。
「あたしが一番得意な楽器をくらえ! 連続で使えないから扱い難しいけどね!」
そうリィズが叫び、ドォンと、大きい一発があたり一帯に響き渡った。空気がビリビリ揺れる。
「っか!?」
カエデが、唐突に吹き飛び、背後の木の幹にぶつかる。メキメキと、木が、そしてカエデの体が悲鳴をあげた。
「これ、一発しか使えないけど不可視だし、音から攻撃に変換する場所は任意だし、最高の楽器なワケ! どう? 揺れてる? 頭。あー聞こえてないかー」
カエデは、あまりの衝撃に立ち上がることができない。かつてローグに顎を捉えられた時とは違った気持ち悪さが自分を襲う。音が、頭の中で響き渡る。
「これで終わりかな〜。結構楽しかったよ」
リィズがハープを構え、そしてポロン、と弦を弾く。カエデは、吹き飛ぶ。
かのように思われた。しかし、そのハープからは、綺麗な音がほとんど聞こえなかった。能力も、発動しない。
「え?」
ハープに、水がまとわりついていた。
「は? ちょ!? これはズル!」
リィズはハープを一度しまい、再度出す。まだ俯いているカエデを攻撃する準備が整う。しかし、それよりも先に、ハープにまとわりついていた水が、リィズの顔に張り付いた。
『もが!? もがもが、ごぼぼぼぼ!!!』
「……本当は、こんな勝ち方は嫌なんだけど。悪魔みたいだから」
リィズは焦る。手に持ったハープを鳴らし、自分の頭を弾き水を吹き飛ばそうとする。しかし、それも間に合わない。さらなる水がまたハープにまとわりつき、攻撃に変換される音をかき消す。
『!!!!』
「ごめんね。【水牢】」
リィズが喉をかきむしる。しかし水は剥がれない。そのままもがき苦しんでいた動きが弱くなり、ドサッ、とその場に崩れ落ちた。
「大丈夫。死なないように気管に入った水は取り除いておく。最後の太鼓、強かった」
決着は、ついた。辛勝ながらも、カエデが勝ったのだ。リィズは気絶し、その場に倒れ込んでいた。
カエデは、水球でリィズを包み、首から下を拘束し、浮かした。ゆらゆら揺れている動かない右腕を押さえながら、水の球を伴い、大樹海奥地へと進む。




