第46話 ラビの灯
「さて、こんなものでいいでしょうかね。最後までどんな能力なのかわからず終いだったのは不可解ですが……。勝ちは勝ちです。しかし、あっし自身もまだまだですね……」
当初の予定通り敵を捕縛することに成功したフロウは、シャオロンを厳重に縄で縛り、抱える。すでに周囲に水銀蒸気はなく、新鮮な空気に入れ替わっているためしばらくしたら起きるだろうと考えた。しかし、起きても満足に戦える状態にはならないはず。結局、他の獣に食われぬよう縛って連れていくしかなかった。
「クロンとカエデは、おそらく大丈夫でしょう……。一端の冒険者として、必ず勝ちなさい。私はラビ嬢を追いつつボスと合流します」
そう独り言ち、未だにゴィン、ガィンと剣戟が鳴り響く方へと、ドライアド大樹海の奥地へと足を踏み入れていく。
◆◆◆
「なんで、追いかけてくるんだよ! しつこいなぁ!」
場所は変わって時も少し戻り、生い茂る森の中でラビとゼータは命賭けの追いかけっこをしていた。
ゼータの駆る獣はラビとほぼ同じスピードで森の中を翔ける。平地であればラビの圧勝ではあるが、現在地の利はあちらにあるようだ。
「ちょっと! 止まりなさい! この間の狼の時の話もまだ解決してなくていろいろ聞きたいことあんのよこっちは!」
「追いかけられてる最中に止まれって言われて止まるバカがどこにいるんだよ! ふざけんな!」
「待てーーー!!」
「くっそ、本当にしつこいな……! 鹿ちゃん、ちゃんと追いつかれないように走ってよ! 僕個人じゃ勝ち目ないんだからさあ!」
追いかけっこは続き、ドォン、ゴォンという音がどんどん近づいてくる。ラビはその音が父親の剣戟だと気づいていたが、ゼータはそうではない。ドライアドがいるのではないかと周囲を走るものの、近づこうとはしない。
しばらく走っていると、ゼータは前方からエリートコボルトが数体近づいてくるのを見る。
「これで時間稼ぎできる! 【自縄他縛】!」
ゼータの【自縄他縛】は遠方でも発動できる。モンスターの強さに左右されるが、この能力をくらった獣は、カテゴリー2の場合30秒ほど使役することができる。カテゴリー4ともなると10秒しか持たず、そこから先は首輪や楔と言った補助呪物で精神を縛ることで使役する。パフォーマンスは落ちるがそれでも強いことには変わりはない。獅子王狼がやすやすとテイムされた理由がここにあった。
『バウ、バウ、バウ!』
3体のエリートコボルトがラビの前に立ちはだかる。
「あー! 逃げられる! ホントあのゼータって奴に関わると犬とか狼とかに追い回されるのどうにかならないの!?」
ラビは手に持った剣を振るい、コボルトを1体ずつ確実に仕留めていく。獅子王狼戦や新人戦を通してラビの実力は目に見えて上がっており、カテゴリー2上位が3体いようとなんなく処理する。
しかし、このタイムロスはゼータを見失うには十分であった。
「はぁ……、見失った……。どーしよー……」
ラビは「あーー!」と叫び、どうにか捕捉しようと頭を回転させるが、いい案が一向に出ない。
すると、先ほどまで聞こえてた剣戟が消え、あたりが静かになる。
「パパ、ドライアドとの戦い終わったんだ……」
ラビは父親の強さをこれでもかというほど知っている。万が一にもドライアドに負けるなどということは起こりえない。そう信じていた。ラビは、父親に助けてもらおうと、先ほどまで剣戟が聞こえていた場所へと向かう。そこは、もともとは幻想的であったのであろうが、破壊の爪痕が色濃く残り、広場の中央にはドライアドが。そして。
「ぱ……ぱ……?」
全身を赤く染め、ぐったりしたエリックが、ドライアドの作り出した蔦に片腕を持ち上げられ吊り下げられていた。
「また闖入者か。今日は多いな。それに、こやつをパパと言ったか。ふむ、こやつの娘ならば期待できるやもしれぬなぁ。どれ、実力を見てやるからかかってこい。フレイア、手を出すんじゃないぞ」
「はい、母さま」
ドライアドの横には見知らぬ女。いや、知っているはずなのだ。以前一度見ているのだから。しかしラビは冷静にその女を認識できない。
「パパを、離せぇぇぇぇぇぇぇええ!!」
彼女はドライアドへと、無謀にも突っ込んでゆく。
ラビVSドライアド、敵うはずもない戦いが、始まる。
頭に血が上ったラビは気づかない。エリックだけでなく、リストアのパーティもこの場にいたことに、ドライアドの後ろ、広場の奥にフレイアが吊り下げていたことに。エリックしか見えてない。
ラビは、そのまま突っ込んでゆきエリックを捉えていた蔦を切り落とし、そのままドライアドへと踏み込む。
「あああああああああああ!」
ズバと、ドライアドの正面に展開された蔦や木でできた柱に剣を切り込む。剣先はドライアドまで届かず、ラビは一歩引き、別角度からの攻撃を繰り出すも、ことごとく防がれてしまう。
しかし、ラビの目的は別にあった。エリックからドライアドを引き剥がすこと。して、その目論見は成功していると言えた。剣を繰り出す途中に気づいたが、リストアのパーティは捉えられてはいるものの息はある。なので、エリックも辛うじて生きていると結論づけた。
その下にどこかで見たことあるような20歳くらいの女性がいたのは気になるが、ドライアドにも、自分にも加勢するような気配はない。
ラビはそのまま攻め続け、ドライアドのいる位置を少しずつズラす。剣で、蹴りで。少しずつ、少しずつ。
(よし、もう少し、もう少し!)
ラビは自身の祝福、【加速加力】を使いながら動きに緩急をつけドライアドを翻弄する。今まで蛇口を完全に閉めるか、完全に緩めるかのどちらかで使ってきた能力を最近調整することができるようになったのだ。
これも成長かと、ラビは喜んだ。その緩急を使い、父親にはできないトリッキーな方法でドライアドを動かしていき、広場の西に位置する山側に吊るされたリストアからも、中央のエリックからも引き離し、広場の北部へと移動させることに成功した。
あとは、なんとかエリックとリストアを救出し、この場から逃れることができれば。そうラビが思案したとき、正面でドライアドがため息をつくのが見えた。
『はぁ〜、こんなものか。期待ハズレもいいところだ』
ドゴォと、聞いたこともないような音が、ラビがそれまでいた場所から響き渡った。ドライアドの展開した樹木で出来た拳が、ラビの知覚外から、ラビを撃ち抜いた。側面からのクリーンヒット。ラビは勢いよく転がり、何回もバウンドし、勢いが死んでからもズルズルと地面を滑り、エリックの近くで止まる。
骨が、粉々に折れていた。肉も、グチャグチャに潰れた。内蔵も、やられているだろう。殴られた側、半身は動かず、使い物にならず。辛うじて動く方の手で父親へと手を伸ばし。
「パ……パ……」
と。
父親を手探りで探すも、見つからない。目は、見えていない。片耳が辛うじて音を拾うのみ。ラビの命の灯火は尽きかける。ドライアドの声が、霞みがかった頭に響く。
『この父親からなぜこのような出来損ないが生まれる? 祝福の使い方も下手。進化もしていない。だいたいなぜそのように恵まれた祝福を持ちながらこう育つのだ。おい、小娘、なぜその祝福を自身にのみ適用するのだ、つまらぬ、つまらぬみみっちい使い方をしおって。本当に、虫酸が走るな』
ラビは、悔しかった。体の機能が停止していくのを感じる。もう、なにも聞こえない。もう、なにも。心臓の鼓動も弱々しく。
「ラ……ビ……! 死ぬ……な……!」
エリックは辛うじて気を持っていた。ラビが伸ばした手を握る。脈は、弱くなってゆく。
「死ぬなぁっ……!」
エリックは泣いていた。どうすればラビを助けられるか、動く首だけを振り、リストアを見つける。しかし、彼は気絶している。起きる気配も、ない。起きても蔦から抜け出すことはできない。
「リストアァッ! 今すぐ起きろ! 今すぐ……起きてくれ……! 頼む……!」
その声は、届かない。
『親子共々見苦しいな。父親は打ち止め、娘は宝の持ち腐れ。本当に「可能性の糸」がいるのか? レオ、よもや嘘を吐いたのではあるまいな。次会ったら、殺してやる』
そう独り言ちると、次の行動をドライアドは思案する。
『フン、「可能性の糸」をおびき出すために生かしておいたが、来るのは次から次へと雑魚ばかり。気分が悪いな。フレイア、そなたが生かして連れてきた3人、用済みだ。一人残らず殺せ。邪魔だ』
「わかりました、母さま」
フレイアは、少しだけ顔を歪めた。実は今まで人を殺そうとして殺したことはなかった。今までも、死なないとわかっているラインまではエスカレートできたが、一線を超えたことがなかった。目の前で親子が命尽き果てる様を見ながら人を殺すハメになるとは、母さまも人が悪いと、歪み面でリストア達3人へ近づいてゆく。
『さて、中央の2人にも引導を渡すとしよう』
ドライアドは歩きだす。すると、途中で唐突に硬直してしまう。フレイアは訝しむ。
「母さま? いったいどうしまし…!?」
「へへへ、捕まえた。これでボクのドライアドだ。ちゃんと働いてよ」
ゼータが、ドライアドの背後から彼女の腰へ、あの時よりは小さめの、しかし見覚えのある楔をねじ込んでいた。
「母さま!!!」
フレイアが、叫ぶ。戦場に、混沌の火が落ちる。




