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自己再生なんて、ぜんぜんギフトじゃない!  作者: 氷見野仁
第2章 『ドライアドの秘密』
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第45話 毒を食らわば皿まで

 複数本の青龍偃月刀が宙を舞う。ここにきて、シャオロンはまたしても一度に使用する刃の本数を増やしてきた。フロウも対抗して操る水銀の量を増やすが、そろそろ限界値だ。フロウの水銀はマニュアル操作である。つまり、脳を使用して水銀を動かしているため、操れる、変化させられる水銀量にも限度がある。


(このご老体、やはり都市の一桁(シングル)に匹敵するくらいにはお強い)


 フロウも気の抜けない戦いを繰り広げる。縦横無尽に振るわれる大型の刃を防ぐのも難しく、受け流す行程を挟み込んで猛攻を防ぐ。フロウはもとより守りながら隙をついて攻める方式を得意としている。それが目の前の狂戦士には一切通用せず、いいように攻撃され続けている。


(さらに相手方の大刀の数が増えるとまずいですね。絡め手を警戒してすべての水銀を防御に回すことができない)


 フロウは戦いが始まってからかなりの時間防戦に徹している。たまに隙を見つけては刃や拳を叩き込み、液体水銀で捕縛しようと操るも、シャオロンはするりと抜け出て、すぐに攻撃を再開してくる。


 やはり戦闘経験に裏付けされた技能で、シャオロンに勝つことはできないのかと、フロウは自身の戦闘経験の少なさに情けなくなると同時に、都市内でも上位に位置する自分の強さに懐疑的な目を向けるようになっていた。


(まだまだ、あっしも修行が足りないということか……)


 かなりのハードワークをこなし、自身の祝福への理解を突き詰めようと研究を重ね、彼は都市内では個人ランク第6位という地位についている。彼自身、ここより上はバケモノ揃いなので勝ち目はないだろうと、諦めての6位であった。


 確かに、5位と6位の間には明確な壁が存在しており、上はバケモノ揃いだ。フロウは一般人の中では一番強いと自負していたが、もし都市の外に人間がいて、このシャオロンのような者が一般的であるのならば、同じ人間である自分もまだまだ上を目指せると、思い直していた。


(しかし、さらに上を目指すにもまずは目先の勝利を得ねば)


 フロウは、後方へと飛び距離を取り、水銀の形状を変え始めた。


「あなたの猛攻で、あっしは気づかされました。守ることで隙をつき勝利を収めてきたが、それでは先がないと。守りこそ最大の攻撃かと思っていましたが、どうやら違うようだ。攻撃こそ、最大の防御。そして、守りこそも、最大の攻撃なんです。これらは、表裏一体。ならば、あっしも守りを捨て、攻撃をしてみようじゃありませんか」


「ホホホ、面白い。若造は戦いの中で成長するからやめられん」


 フロウの周囲の水銀の一部が刃を型取り、固まる。金属の刃として宙に浮き、その刃の鍔の位置から液体水銀が尾のように伸びる。


 水銀を自身の操作範囲から外に出すための小細工だ。フロウはその太めの紐で繋がれたような刃を、少し距離の空いたシャオロンに向けて放つ。数は合計で6本。シャオロンが現在操っている青龍偃月刀の数よりも、多い。


「なるほど、操作範囲外に出すための糸か。ならば刀で受けても問題なさそうじゃのお!」


 シャオロンは、すぐにそれを看破する。固体水銀刀は青龍偃月刀の刃と交わり、欠けていく。鋭利だった水銀の刃は、シャオロンの刀で潰されていく。


 鈍器のような効果しか得られなかったとしても、フロウは攻撃をやめず、そのままシャオロンへと近づいていく。操作の効果範囲内に入れば、再度刃として形成できる。攻撃の手を緩めるな。シャオロンに攻める隙を与えるな。フロウは、攻める。


「近づいてくるか! ......なるほど、貴様に儂が刀を振るうよりも早く水銀刀を形成して首を刎ねる算段があるからじゃな。豪気! 儂は嫌いじゃないが、舐められたものじゃ!」


 ガイン、ガインと刃と刃のぶつかる音が響く。シャオロンはフロウが近づいてくるスピードと同じスピードでゆっくりと後ずさりするが、彼の刀の振りはまったく正常で、一向に隙を見せない。一方でフロウもまた、隙を見せれば貫かれると理解しているため攻撃の手を緩めない。


「久方ぶりの手に汗握る戦いじゃ! 最高じゃ、オリエストラの民よ! どこに位置する都市なのか、本当にいるのは人間なのかといろいろ考えたが、よもやどうでもよくなるほどの熱気! 素晴らしい!」


 シャオロンは周囲の熱さを物ともせず、疲れもものともせず、刃をいなし続ける。しばらくすると、シャオロンの動きが少し悪くなったように感じた。フロウは、チャンスだと重い、そのまま6本の刃をシャオロンの腹部へとねじ込んだ。確実に息の根を止める動きであった。最初は捕縛を想定していたにも関わらず。しかし、それは叶わなかった。


「ホホホ、そろそろかと思ったよ」


 シャオロンの腹部には、フロウから隠すような形で円形の盾が構えられており、水銀刀をすべて防いでいた。


「バカ……な……」


 一方で、フロウの腹部には、なにか細長い針のようなものが生えており、膝をつく。集中力が切れ、バシャアと、自分の操作範囲外で刃を形作っていた固体水銀が液体へと戻り、地面に自然な形で水銀だまりを作る。


「ホホホ、先ほども言ったじゃろ。絡め手、というのはこういう風に使うのじゃ。それはゲートにいた人間、一人目の首を搔き切るのに使った。腹部に刺さった程度では致命傷にはならないのじゃが……すまんのお……それには毒が塗布してある。即効性の神経毒じゃ。じき、動けなくなる」


「なんと……言うことだ」


 フロウは、そのまま体を前のめりに沈みこませる。周囲の水銀も動きを失いそのまま地上へと落下する。


「ホホホ、落ちたな。なに、最後は儂の刀で首を刎ねてやる。ゲートにいた職員二人を殺した武器を両方使って殺されるのじゃ、光栄じゃろ」


 青龍偃月刀を携えたシャオロンが、歩いて近づいてくる気配を感じる。フロウは、嫌な汗を垂らす。


「では、機会があればあの世でまた会おう」


 そう言いながら、振り上げた青龍偃月刀が振り下ろされるかと思われたその時。変化は起こった。


「カッ、カッハ…….!」


 シャオロンが、フラフラとよろけ、振り上げた青龍偃月刀の勢いそのままに、仰向けで倒れてしまう。そして、立ち上がれない。


「な、なんだごれはァッ! 若造(わがぞう)、な゛にをしたあ゛ッ……!」


 シャオロンの表情は崩れ、目は充血し口からはよだれが垂れている。


「あなたが、おっしゃったんですよ。絡め手はこのように使うものだと」


 フロウは、何事もなかったかのように立ち上がる。


「危なかった。この棒状の暗器に塗られていた毒が神経毒でなかったら、おそらくやられていたでしょう。あなたは敵を甚振(なぶ)る趣味もおありのようだし、神経毒以外は用いたことがなかったのでは?」


「な゛にを、な゛にをいッでるッ!」


 シャオロンは、呼吸困難に陥り、呂律が回らない。


「まず、あっしに神経毒は効かない。【流体銀属(ズィッキ・セレブロ)】の副作用なのかなんなのか、水銀を扱いすぎたからなのか。おそらく自分の水銀でやられてちゃ世話ないってことなんでしょうが、とにかく神経毒が効かない体なんですよ」


 フロウは腹部に刺さった暗器を抜くと、止血を始める。カランと、その場に暗器が落ち、石と当たったのだろうか、小気味良い音を奏でる。


「そしてあなたは、あることを失念していたんです。なぜ水銀に毒性があると知っていたのに不用意に近づいてきたのか。おそらく液状の金属水銀に毒性がほとんどないことを知っていたからでしょうが、少し認識が甘いですね」


 倒れ、軽く痙攣し、呼吸も満足にできていないシャオロンの横まで来る。すでに周囲に散らばった水銀は、回収し試験管の中だ。


「なぜ、固体には変化させることができるのに、気体に(・・・)変化させる(・・・・・)ことができない(・・・・・・・)と思い込んでいたのですか?」


 気化した水銀には毒性がある。もちろん即効性のものではないが、動き回りながらそれを吸引すれば、発熱や呼吸困難といった症状に悩まされ、最終的に内蔵機能にも影響を与える。視力の減衰も起きる。フロウ自身も祝福を使い相手の症状の発症を加速させたが、シャオロンの水銀に対する認識の甘さがこの状態を招いたと言っても過言ではないだろう。


「今一度自身のしたことを反省し、しばらくくたばっていてもらいましょう、ご老体。毒は、身を滅ぼしますから」


 すでに水銀蒸気の毒のせいで呼吸困難に陥り失神したシャオロンには、聞こえていなかった。

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