第44話 ズィッキ・セレブロ
フロウは周囲に銀色の液体を浮遊させ、シャオロンの出方を見る。この液体は、金属だ。フロウの祝福は、【流体銀属】という名がついている。
彼は金属、その中でも水銀を操る能力を持ち、常に腰に下げた多数の試験管の中に水銀を保持し、行動している。カエデの【水簾瀑布】は空気中に含まれた水分を凝固させることで使用できるため、特に水を持ち歩く必要がないが、水銀はそうはいかない。
「フゥ……私は元来研究者気質なので、できれば戦いは好みませんが、あなた方は人をふたりも殺していますから、そういうわけにも行かないわけです。おとなしく捕縛されてはいただけませんか?」
「それはできぬ相談じゃ。我々にも目的がある」
シャオロンはその場で青龍偃月刀をを振るい、構える。どうやらフロウの周囲に浮く水銀は恐れをなしていない。
「若造、貴様の能力はその水銀を操るもののようだが、相性が悪すぎるな。私の力を明かす気はないが、水銀は重いだけで結合自体は強くない。そもそも使い方によっては毒性もある。そんなものを操るとは、罪深いのう」
「毒性があるのは、熟知しておりますよ。ですが、あっしのは金属水銀ですから、あっし自身が気をつければ問題は起こりえません」
シャオロンはフンと笑うと、そのままフロウへと突っ込んでくる。なにか能力を使用しているのか、動きは達人、異常な膂力を感じる。
「そんなもので、儂の攻撃が防げるか!」
シャオロンは、振るう。しかし、予想外のことが起きる。シャオロンの想定では、周囲に薄く浮遊した水銀を切り裂き、そのままフロウへと刃を届かせ、その振り下ろした一刀ですべてを終わらせる予定であった。
それがどうしたことか、青龍偃月刀の刃はフロウの頭上で静止している。その刃には、球状になった厚みのある水銀が浮かび、まとわりついていた。
「あっしはオリエストラでは【銀冠】と呼ばれておりましてね」
フロウは、語る。
「生半可な攻撃は通らないと、思っていただきたい」
「クッ、生意気な……!」
シャオロンは一歩下がろうと青龍偃月刀を引き抜く、はずだった。しかし、その刃はビクともしない。
「どのような力を持った相手かわからない中突っ込んでくるとは、老獪にしては甘いですね」
「クゥッ!」
フロウはそのまま中空に遊ばせている、青龍偃月刀を抑えるために使っている水銀ではないものを、こぶし大に形成し、液体から固体へと変化させた。
「固体の金属です。重いですよ」
その金属の拳は、青龍偃月刀を引き抜こうとしていたシャオロンへと向かう。すると、シャオロンはその拳をかろうじてよけ、あろうことか自身の武器を捨て、距離を取る。
「なんと、武器をお捨てになるとは……」
武器を捨てる。冒険者ならばありえないとフロウは考える。武器というのは冒険者にとって命よりも大切なものだ。能力があってもそれが使えなくなった時、残るのは非力な人間のみ。
そんな時命を繋ぐのはその武器だ。剣であったり、刀であったり、籠手であったり、それぞれ形状は違うが基本的にすべての冒険者はなんらかの武器を持っている。持っていないのは最近だとクロンくらいかと、フロウは少し笑う。
そんな中、目の前の老獪は武器を捨てた。武器がなければ戦闘できない。未だに能力を見せていない。そんなことでどう勝つつもりなのかと訝しむ。しかし、それは杞憂となる。
「フー、まさかこれほどに早く最初の武器を捨てることになるとは思わなんだ。その刀はくれてやる。あの、ゲートとかいう場所にいた人間、そのうち片方を殺した武器だ。証拠になるじゃろうな、貴様が最後まで生きて持ち帰れば、だが」
シャオロンは、なにもないところに新たな青龍偃月刀を取りだし、構えなおした。
「【ギフトボックス】……!?」
フロウは目を疑う。【ギフトボックス】は、祝福された道具の中でも特別に強力なため、都市の中でも厳重な取り扱いがなされる。通常冒険者にしか支給されず、本人しか使えない。目の前の相手が都市内部の人間ではないことは明白であり、そんな人間がそれを持っていることがありえないのだ。
シャオロンはフロウの【ギフトボックス】というつぶやきに目ざとく反応する。
「ホホホ、こちらではこれを【ギフトボックス】と呼ぶのか」
「こちら……?」
「なに、わからぬのならいい。ひとつ教えておくと、これは貴様の言う【ギフトボックス】ではない。我々は【パンドラボックス】と呼ぶ」
「パンドラ……ボックス……?」
「おそらくそれと同じ原理だが、成り立ちが違う。なに、気にすることではない。では、仕切り直しといこうか」
シャオロンは、かなりの重さのある青龍偃月刀を片手で持つ。フロウはさらに怪訝な顔をするが、その一瞬あと、シャオロンの左にもう一本同じ大きさの青龍偃月刀が出現する。
「さて、手始めに手数を増やしてみるかの!」
グアッ、とシャオロンが激しい笑みを浮かべながらフロウへと肉薄する。ただ単純に手数が増えただけだが、その攻撃を防ぐために先ほど固めた固体水銀を液体に戻し、攻撃に回せる部分が少なくなり、一歩、また一歩と後ずさってしまう。
「フハハ! 【銀冠】と言うには少し弱いんじゃないかの?」
「ご老体ほど、重い攻撃をする人間は、都市にも少ないのでね」
シャオロンは狂ったかのように2本の青龍偃月刀を振るう。フロウは二刀をしっかりと防ぐため、シャオロンから奪った刀で打ち込まれた1撃目のように絡め取るといった戦法は捨て、なるべくいなすことに重点を置いた。シャオロンは物ともせず、片方の青龍偃月刀を、そのまま上から斬り下ろす。
(なるほど、これは出し惜しみすると命取りになりそうですね)
フロウは斬りおろしを刃を水銀で包み込み防ぐと、自身の腰に下げた残りの水銀を展開する。そして、刃を形作ると横薙ぎのギロチンのように、シャオロンを挟み込むかのように彼の両翼から胴の高さを襲う。
「ムゥッ!」
シャオロンは上からの斬りおろしを防がれたことを逆手に取り、それを支点とし、大車輪のように回転してその襲いくる刃を避けた。
「チッ」
「ふふふ、わかっておるぞ。水銀の状態をも操れるのだろう。もし、刃で防ぐという選択肢を一度でも取ればそのまま固体水銀を液体水銀へとすぐさま変化させ、それで儂を捕縛する。なかなか頭が回るが、ちと甘いな、若造」
そう言うと、なんと両手で振るっていた、水銀に絡め取られかけている2本の青龍偃月刀から手を離す。そしてすぐさま目の前に4本目の青龍偃月刀を出し、正面のフロウに対しそれを突き入れた。
「絡め手というのは、こういう風に使うのじゃ」
ツーと、フロウの頬から血が流れる。青龍偃月刀を自身の水銀で止めきれず、刃が頬をかすめる。首を動かし避ける動作をしていなければ、顔が上下に分かれていただろう。フロウは冷や汗をかく。
「いやはや、能力を使わずここまでとは……」
「ホホホ、買いかぶってもらっているようだが、能力はしっかり使っておる」
(やはりか。祝福も使わず片手であの面白い形状の大刀を振り回せる人間がいるとしたら、ボスくらいなものだ)
フロウは最悪な状態でないと安堵する。しかし、能力の種類はまるでわからない。エリックやラビのような肉体強化系の能力かとも考えたが、力を使っているのならば肉体にその兆候が出る。しかし、それがないためフロウは悩んでいた。
「しかし、こちらの人間は面白いの〜。儂の詛呪がまるで作用せぬ」
フロウは今一番知りたかったことを相手の発言から得られた気がしたが、それ以上に詛呪という聞きなれない単語に反応してしまう。
「詛呪……!? あなた方は自身の力を詛呪と呼ぶのですか」
「うむ。そうじゃが......その反応、違うのか。呼び方が、違う......?」
シャオロンにも少し疑問な点が出来たと、隙は見せないまでも話に応じる姿勢を示す。もちろん事前にm最初の1本目も含め、すべての青龍偃月刀は回収している。
「我々オリエストラの人間は自身に与えられた力を祝福と呼びます」
「……ギフト? ハハハ、ハハハハ! この呪いがギフトとは! 面白いことを言う!」
「呪い、ですか」
シャオロンの発言に少し引っ掛かりを覚えるフロウであったが、その答えは出ない。
「ああ、呪いじゃよ。まあ、なぜ呪いかはわからないと思うがな。そうか、祝福か! ホホホ、馬鹿馬鹿しい!」
シャオロンの発する言葉に怒気が混ざり始める。フロウは訝しむ。
「オリエストラなどという都市にいる人間は甘いな。辛酸を舐め続けた我らがどれほど苦悩し先へ進んでいるかも知らないのだから」
「都市の人間に、都市外のことがわかるわけないでしょう」
「本当に、なにも知らぬようだ。悲しきかな。ならば知らぬまま、逝くといい。知ることは時に罪となる」
シャオロンの猛攻がフロウへと迫る。
もうすでに2人が戦闘を開始してから45分が経過している。シャオロンはフロウの【流体銀属】をなかなか攻略できずにいた。押しているという認識はある。しかし、決め手に欠ける。
結果フロウに対し、周囲に水銀を浮かべているだけの若造という評価から、戦闘センスもある研究狂いという評価を与えていた。フロウは常に白衣を着ているため、研究者として見られたというのも大きい。実際水銀について研究を重ねているのでその評価は間違っていないだろう。
「そろそろ、決着をつけたいところですね」
「ホホホ、それには同意したいところだ」




