第41話 幽霊じゃない!?
「普通に攻撃してくるじゃねえかコイツ! ヤバすぎるって!」
「しかも木とか草操るってマジ!? ぜんぜん近づけないんだけど!」
「やばいぜ」
リストア、ライラ、クイックの3人は目の前の赤髪の幽霊と戦闘を行っていた。
「というかこいつ本当に幽霊なのかよ!? 普通に実体あんじゃねーか!」
「誰よ幽霊って報告した奴! バッチリ人型の獣かなんかじゃないの!?」
「これはやばい」
「クイック! 俺の長剣に【速力調整】かけろ! 強度は高くていい! ライラ、援護しろ!」
「了解」
「はいよ!」
リストアはクイックに祝福を使えと伝え、祝福の効果を得る。剣戟のスピードが上がり、ついに目の前の幽霊の姿を捉える。幽霊の放つ蔦や木の枝が集合し襲ってくる攻撃をいなしつつ、その幽霊に向け袈裟斬りを放つ。
(捉えた!)
リストアは確信する。しかし、今までどこかに隠していたのか、下から伸びてきた蔦からなにかを引き抜き、リストアの剣戟に合わせてきた。
「マジかよ、刀ぁ!?」
「うっそぉ!?」
「マジか」
それは、刀と呼ばれる剣の一種だった。扱うのは難しいとされ、冒険者でも刀をメインに使っている者はそこまで多くない。そもそも刀匠自体も少ないのだからしょうがないのだが……。その相手、おそらく人型の獣であろうが、刀を使ったというのは驚愕に値した。
「クイック、ライラ、一旦下がれ!」
リストアは一度下がることを選択し、相手を見定めることにした。
この戦闘は突発的に始まっているため敵の詳細を捉ることができていない。周囲に草や、木が舞っているためしっかりと見えないのだ。
3人は引く。しかし幽霊は追撃してこない。しばらくののち、幽霊は口を開く。
「先ほどから幽霊幽霊幽霊と……! なんたる無礼か! 自分にはフレイアという授けていただいた立派な名前がある!」
目の前の赤髪の女は怒りで肩を震わせながら叫んだ。
「ま、まじか……まじで幽霊じゃないのか!?」
「幽霊じゃない! 私はただ、私の生まれ育ったこの地を荒らされたくないだけだ!」
幽霊ではなかった。この衝撃は計り知れない。ただドライアドのような人型の獣がドライアド以外にこの地にいるとは想像もしていなかった。
「クイック、ライラ。幽霊が獣だったとしても意思疎通できてる時点で相当強い。気を引き締めろ。場合によっては応援要請をしないとヤバイ」
「「わかった」」
「いくぞ!」
再度リストアは【速力調整】をかけてもらい、赤髪の女、フレイアへと迫り、剣を結ぶ。
「ぐっ、女のくせに力強ぇ……! さすが獣……!」
「女のくせにとはなんだ!」
キン、キンと剣を結ぶ音が響く。
「チッ、うっとおしい! ライラ! ぶっ放せ!」
「ちょっと! ここ森よ!?」
「バカ! そんなこと考えてる場合かよ!」
「くっ、わかったわよ! 【炎雀大花火】!」
ライラは自身の祝福を発動する。森に配慮したのか小さめの炎を象った雀を投げる。雀は飛翔し、フレイアへと向かって行く。フレイアはそれに視線を配ると近場の木の幹と枝を操り自身の側面に壁を作り防ぐ。
小さかった雀は花火を打ち上げるかのように巨大な音を響かせながら、木の枝や幹でできた壁がえぐれる。燻った臭いが森に広がる。
その時、剣を結んでいたリストアは、目の前の女からブチィ! という音を聞いた感覚を得た。
「も、森で……森で……」
気のせいではない、周囲の温度が少し上昇する。すると。
「森で、火を使うなァッ!!」
ズドン、音がするとリストアの目の前から女が消えた。
その直後、ドゴンと鈍い音がして、少し遠方から援護射撃をしていたライラが殴られ吹き飛ぶ。フレイアの踏んでいた草と土が焦げ、プスプスと音をあげる。
「ライラ!!」
「!!」
リストアとクイックはフレイアから目線を外し、すぐにライラの吹き飛んだ場所まで跳んで行った。
「ゲホッ、ゴホッ!」
ライラは生きていた。腹部への殴打だったのが幸いしたのか、致命的な外傷はない。しかし、内臓が破裂している可能性があった。咳き込んだ後すぐに意識を手放したのだ。これ以上の戦闘継続はできない。
「チッ、【復元】!」
リストアは自身の祝福を使い、ライラの傷を直す。リストアの祝福は傷を治すわけではない。肉体を、怪我をする前の状態に復元するだけだが、外から見れば治癒に見えるため、周りにはそう言っている。
実際の原理を知っているのはライラとクイック、そして社長と副社長のみだ。今回この緊急依頼に加えられたのもこの力を必要としたからだった。獅子王狼騒動の時、ラビを治したのも彼だ。
リストアはライラをそのまま近くの木に寝かせ、クイックに目配せをして、フレイアへと目を向ける。
フレイアは怒りからか肩を震わせている。髪の毛も少し燃えているような……リストアはそう幻視する。しかしその幻視はすぐに消え去った。
おそらくライラの【炎雀大花火】が防ぎきれず飛び火したのだろうと結論づけた。
「フゥッ、フゥッ。……すまない。本気で殴ってしまった。森の中で、火を使ったのでな。許せなかった。生きているか?」
「獣に心配される筋合いはない。よくも仲間を殺しかけてくれたな。絶対に殺す」
「私は殺す気はないのだが……まあ良い。絶対に火は使うなよ」
「やかましい。クイック、やるぞ!」
「了解、【速力調整】」
再度クイックが【速力調整】をリストアへかける。今度は剣だけでなく、全身だ。リストアの動きが目に見えて早くなる。すると、クイックが【ギフトボックス】からトンファーを取り出す。まだ、両者は動き出さない。
「【返還】」
リストアは自身の祝福を使いかけられた【速力調整】をクイックへと返還する。
クイックの祝福は完全なサポート型だ。【速力調整】で人や物の速度を調整することができる。強度を上げればスピードを早く、強度を下げればスピードを遅く。この祝福は、エリックやラビ、そしてクイックは知らないがクロンと相性が良かった。
しかし、弱点もある。それは自分にこの祝福をかけられないことだ。この弱点があるため、強くなることを一時諦めていたこともあった。転機が訪れたのはリストアと出会ったことだ。リストアは自身にかけられた祝福をかけた対象に文字通り返還することができる。
これは敵として低強度の【速力調整】をかけた場合自分にそのデバフが戻ってくるし、一方で味方として【速力調整】を高強度でかけた場合、【返還】で自分へのバフとして戻ってくる。相性が良かったのだ。
自分も第一線で戦えるようになると、クイックは喜んだ。そして、今、リストアから返還された【速力調整】は、クイックにかかる。クイックは再度【速力調整】をリストアへかけ、準備が整う。
「よし、やろうか」
「やろう」
リストアとクイックがフレイアを見据え、跳んだ。




