第40話 意思を持つ獣とは
ドライアドは、木のまったくない、拓けた森の広場のような場所の中心で微睡んでいた。大樹海はすべてがドライアドの庭だ。大樹海にいる獣の種類、数、動植物の分布、入ってきた冒険者の数や強さまで、手に取るようにわかる。それは、この森自体がドライアドだと言うことに他ならない。
もちろんドライアドの本体は今広場でまどろんでいる薄緑色の肌をした美女なのだが、その『端末』である木—トレントと呼ばれる獣だ—は無数に生えている。さらには精霊たちもいる。
そして、彼らが見聞き感じたものはすべてドライアドに集約され、森の中での出来事が一挙手一投足わかる。
そんなドライアドが顔を歪めると同時に、広場に何者かが入ってくる。ただでさえ獣の力を持った人間が4人入ってきて森を荒らしているのだ。それに遅れて天の力を持った人間が8人。特に8人1組は、人数としてかなり多い。
おそらく先の4人を探しているのだろうが、とにかく今森が荒らし回られているため若干虫の居所が悪い。いつも通りちょっとの冒険者がちょっとの獣を狩る程度ならば自然の摂理の範囲内なため見逃すが、これは見逃していいものかと考えていたところに広場への侵入者だ。
ドライアドはすぐさま迎撃する体制に入るが、侵入者を見定めると嫌な顔をしながらもあげた手を下ろす。侵入者が、口を開く。
『久しいな、ドライアド』
『フン、誰かと思えば貴様か。よくもその鬱陶しい顔を出せたものだな』
『そう言うな。旧友と語らいたいと思うのは、自然であろう』
侵入してきたのは、見知った顔であった。しかしドライアドは個人の感情から顔をしかめてしまう。
『なにが旧友か。妾はすでにその役目から降りたのだ。未だに人間に期待しているそなたとは違う』
『主から承った役目は絶対だ。忘れたわけではあるまい』
『フン! 我らの前からお隠れになった主など、最早主ではないわ! そなたこそ、未だに主の幻影を追っているのではあるまいな!』
『我らは主より賜った使命を果たすことを至上としている。にも関わらず大樹海に引きこもるなど、そのどっちつかずの行動に、他が迷惑しておるのだ』
『妾の知ったことではない』
ドライアドは、いつまでも主へ付き従う目の前の獣を鬱陶しいと思っていた。その獣から、すでに聞き飽きた、そしてかつて諦めた、しかし馴染みのある単語が紡がれる。
『ーー「可能性の糸」を見つけた』
『……まだそんな戯論を信じておるのか。人種に幻想を抱くのは、もう辞めたらどうだ』
『かつて我はある男と約束を交わしたのだ。その男は言った。遠くない未来、我の前に「可能性」を見せる者が現れると。我は勿論そのような戯論は信じなかった。だが、どうだ。「可能性」は目の前に現れた。主の残した種は芽吹いた。点と点が線で繋がったのだ』
『……だから、なんだと言うのだ。我は最早主の願いからは引いた身。人種が無様に朽ち果てて行く様をこの森から見させてもらうとしよう』
『……今が、行動を起こす時』
実に、虫の居所が悪い。ただでさえ邪魔者が12人、その上目の前の獣だ。たくわえられた鬣は、ドライアドの気を逆なでするのだ。
『……フン! 実に無様だな! レオ! 未だに忠犬のごとく主に仕えているのは最早貴様だけだ、他のものはすでに自身の目的を持ち動き始めている。人種に牙を剥く者さえおるやもしれぬ。妾が中立なだけ、助かっていると思うがいい』
『今この場に「可能性の糸」が来ている。見極めよ。主の意思を継ぐ者かどうか、貴様の目で、耳で、……心で。見極めよ』
『……フン』
レオと呼ばれた獣は翻り、その広場から去ってゆく。それを、ドライアドは冷めた目で見ていた。
そして、その獣が見えなくなった時、広場に飛び混んできたのはエリックであった。
エリックは自分と入れ違いで未確認の獣が会話を交わしたことなど露知らず、広場の中央にドライアドがいるのを見定め、慎重に言葉を紡ぐ。
「これは、ドライアド。お初にお目にかかります。私はエリック・クニークルスと申す者。ひとつ、話を聞いていただきたい」
『ふむ。貴様なかなかやるようだな。どれ、レオの言う「可能性」とやらがどれほどのものか、見せてもらおうじゃないか』
「お待ちください! 私はただ話を……」
『問答無用! 冒険者ならば、「可能性の糸」ならば、その背負った飾りを振るって見せよ!』
戦いが、始まる。
◆
ズドォ!! となにかとなにかがぶつかる音が大樹海にこだまし、その音に驚いた、木に留まっていた鳥類が一斉に飛び立つ。
「……始まりましたか。ボス、頼みますよ」
「「「……!」」」
エリックが戦闘を開始したことを悟る者もいれば。
◆
「おいおいちょっと待てよ! 大樹海の幽霊は手出ししてこないんじゃないのかよ!?」
「ちょっと、アタシこんなの聞いてないよ!?」
「やばいぜ」
「逃さぬ! これ以上森を荒らすのならばわからせるまで!」
幽霊に追われる者がおり。
◆
「この戦闘音、もしかするとかなりの手練れと獣が戦っているのでは」
「えー、近づきたくないー、あたしの可愛い顔が汚れちゃうー!」
「とりあえず石集めばかりじゃなくて獣テイムしない? 奥地まではまだまだかかるよー」
「ホホホ、強者の匂い。唆るのぉ……!」
4人4種の反応をし、この後の行動をどうするか決めかねている者もいた。
ドライアド争奪戦が、始まり、加速する。




