第39話 ドライアド争奪戦開始
ゲート【VIII】を出たアルカヌム・デアの8人は、一旦ここでそれぞれの行動指標を確認し、パーティごとに別れて動くことになる。
「俺は、これでもドライアド大樹海ならドライアド本人以外には遅れをとることはない。なので一足先に一人で奥地まで行き、獣を掃討しつつドライアドとの接触を目指す。おそらく俺一人では勝てはせん。接触し戦闘になり、危険そうなら応援を呼ぶ。お前たちは入り口から警戒しながら奥地を目指せ。出会った獣は掃討しつつだ。例の4人とかち合い戦闘になるようなら応援要請しろ、いいな!」
「「「了解!」」」
そうしてエリックは祝福を使用し、ドンッという地を蹴る音を残してその場から消える。
「キャッ!」
「はぁ〜、相変わらず社長はせっかちだねぇ」
「そこがいいところなんですけどね、ライラさん」
「それじゃ、オレたちも行く。死ぬなよ」
リストアがライラとクイックを連れ、その場から離れる。やはり一流の冒険者であるのだろう。その足取りは大樹海のような足場の悪い場所でも軽やかで、それだけで他とは違うことがわかる。
「はぁ〜、すごいなぁ。僕らもああなりたいよ」
クロンは素直に先輩冒険者へ羨望の眼差しを向ける。
「ははは、頑張ればなれますし、追いつけますよ。彼らもようやくランク1000に入ったところですから」
「遠いです……30000位ですよ?」
「おや、新人戦がありましたから、判定によってはあがってるはずですが……」
えっ、とクロン、ラビ、カエデの3人は自分のカードを取り出し見る。
「……変わってない」
「あ、上がってる! 9968位!! やったーーーー!」
カエデとラビは、それぞれ結果に一喜一憂している。一方で、クロンはカードを見て固まっていた。
「クロンはどうだったんですか? 最後のあれは大きかったですし、下がってることはないはずですよ」
「よ、4862位……」
「はぁ!?」
「……抜かれた」
「なんと」
この結果にクロンが一番驚いていた。なぜここまで上がっているのか、それをフロウが客観的に推理する。
「おそらく、新人戦でローグを倒したことになっているのだと思います。最後の攻撃で、ローグに勝ったと、カードと闘技場が判断した。ラビ嬢も最後の攻撃に手を出していますから、リョウの順位を簒奪したのかと」
「……わたしもがんばったのに」
「残念ですが、そういう判断をされたということです。今回のコレで結果を出せばきっと上がりますよ」
「ん、がんばる」
クロンの極端に上がった順位に全員驚くが、今の主題ではないので森の奥へと目を向ける。
ゴクリ、とフロウを除いた3人は唾を飲み込む。以前来た時に幽霊と出くわしたことを思い出したのだろう。それをフロウが見て笑う。
「幽霊は出ても脅かしてくるだけで実害はないとの話ですから、出たらその場から急いで離れればいいでしょう」
「そんなことより、メーネどうするの」
カエデが、クロンの頭の上を見ながら発言する。
「は? メーネ?」
クロンが疑問に思い上に目線を向けると、透明でグミ状の物体があるのに気が付いた。
「あぁっ! メーネ置いてくるの忘れた! やばい」
自分の失態に気づいたクロンは青い顔をし、どうしようどうしようと慌てている。
「あちゃー、メーネ連れてきちゃったかー……」
「これは……ここから先は危険ですからどこかに置いてあとで迎えにくるしかないと思いますよ」
フロウが一番マシな解決策を提示し、クロンはそれに乗ることに決めた。
「メーネ、ちょっとあのゲートの周辺で、冒険者に見つからないように、隠れていられるかな?」
メーネに問うと、メーネはぷるぷると肯定し、ぴょんと飛び降りると一番近くにあった木のうろへとその身を隠す。
「ふむ、それなら見つからなさそうですね。くれぐれもクロンが呼ぶまで顔を出さないようにしてください」
フロウがメーネに問いかけると、再度肯定の反応をしたあと、外からは見えないくらいしっかりと身を隠す。獣同士で争うといったことはあまりないと聞いたことがあるので、冒険者に見つからない限りは大丈夫だろうとクロンは想定し、そのままメーネのことは一旦忘れて目先の緊急依頼に集中した。
「よし、準備できたわね。みんな、いくわよー!」
「「おー!」」
そして、ラビを先頭に森の奥へと入っていく。
それを、誰一人気づかなかったが、白いワンピースの女が笑みを浮かべ、一部始終を木の上から見下ろしていた。
◆◆◆
ザク、ザク、と苔や草を踏み鳴らしながら奥へ奥へと進んでいく。
4人に与えられた任務はこの地の哨戒であったため、速度は普通に歩いているのと同程度だ。
「正面から右に45度、直進、王冠兎、5体」
「よし、いくわよ」
4人は獣を捕捉しそこに向かってゆく。
森の中、地面に倒れてとてつもない長い歳月を経ているであろう苔むした古木のうろから、2体の王冠兎が顔を出す。そしてその周辺には3体の兎。おそらく群れなのであろうが、クロンたちが近づいて行っていることを警戒しているのか半立ちになりぴょこぴょこと耳をしきりに動かし周囲を見渡す。
しかしその警戒よりもカエデの行動は早い。水球を2つ作り出すと、無言で【水刃】を放ちうろの2体を倒し、外にいた3体をクロンたち残りの3人で1体ずつ仕留める。
カテゴリー1なので倒すのに特に祝福も必要ない。ただし警戒心が強いためなかなか出会わず石自体は貴重だった。
「よし、王冠兎5体、これは大きい!」
「やったわね」
そうクロンとラビが言うと、横からカエデが茶々を入れる。
「同族殺し」
「ちょっと、私は人間なんですけど」
慣れているのかラビはカエデの冗談をかわす。
「しかし、王冠兎ですか。英雄平原はそもそもの獣の出現数が少なく人気ないですが、こちらは幽霊騒動があったからか冒険者の出現数が少ない。結果として獣も倒されず増えるという循環が出来上がっているようです。気を引き締めていきましょう」
本来ならば王冠兎はもう少し奥地に行かないと会えない種だ。それが入り口付近に巣を作っているとなると、冒険者の減少が獣の生息地の変化を生んでいるのではないかと考えるのは冒険者であるならば当然のことであった。フロウに付き従う3人はその話を聞いて気を引き締めなおす。
「にしてもこの大樹海って広いじゃない? お父さんが駆け回って奥地を見て回ってるって話だけど、どこまでカバーできるか……」
「リストアさんのパーティーもいますし、もともと幽霊にめげずこの大樹海を探索している冒険者の方々もいらっしゃいます。なんとかなるでしょう」
◆◆◆
その頃エリックは自身が大樹海内で出せる全力で奥地へと向かっていた。直線上の距離はそれほどでもないが、奥地まで森の中を進むとなると足場を悪く普通にその距離を歩くよりも何倍もかかってしまう。しかしエリックはそんなもの物ともせず、どんどん奥地へと向かっている。目指すはカエルムの住処のお膝元、一番目撃された数の多い場所だ。
ドライアドはどちらかと言えば人間に友好的と言われている。いや、友好的というのは語弊があり、正確には人間にも他の獣にも興味がない。言葉を通じ意思疎通もできるが、機嫌を損ねれば最悪殺されるし、しかし特に意に介さないならばドライアドも意に介さない。そういった存在だ。
そのドライアドを見つけ出し「あなたは今狙われています。カテゴリー5でも問答無用でテイムする少年がいます。気をつけてください」とバカ正直に伝えて果たして機嫌を損ねず「そうなのですか、ではさらに奥へ隠れています」となる可能性は低い。ある種賭けだ。どうしてもカテゴリー5ともなると血の気が多く、「返り討ちにしてやる!」となる公算が高い。部の悪い賭けだとエリックは苦笑する。
(しかし、まずは当のドライアドをあの4人組よりも先に見つけなくてはなるまい。4人とも俺ほどの手練れとは考えにくいが、あの白髪の男。4人の中でも前の方へ出ていた。”やる”可能性が高い。警戒しなくては)
そのままエリックは奥地へ向かうが、その横を見えない速さで通り過ぎて行ったものがいた。人間ではなかっただろうが、なにかはわからない。しかしそれをエリックは捉えられず、冷や汗をかく。
(なんだ今のは、奥地に、別の強力な獣!? スピードで俺に勝るとはかなり、やる。これは警戒せねばなるまい……)
エリックは、さらに奥へ奥へと進んでいく。




