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自己再生なんて、ぜんぜんギフトじゃない!  作者: 氷見野仁
第1章 『交わる世界』
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第4話 ヘッドハンティング

「1時間だとぜんぜん時間足りないや、最初に最近出た歴史書読んじゃったからなぁ……英雄平原のこともちょっとしか調べられなかった。ラビに怒られちゃう」


 クロンはカフェで待っているはずのラビを迎えにいくため1階へと降りる。すると、ラビの正面の席にスーツ姿の男性が座り、なにか話をしているようだった。邪魔しちゃ悪いかなと考えて空いている席を探していると、ラビと目が合う。口は動いてはいないがどうやら割り込んできて欲しそうにしているので、席を探すのをやめて会話に割り込む。


「……ですから、お父様を説得して会社を畳んでおふたりで移籍を」


「あの〜すみません」


「おや、どちらさまでしょうか? ラビさんのお知り合いにこんな田舎くさい少年がいらっしゃるとは寡聞にして存じ上げませんが」


「今うちに入ろうとしてるクロンよ。そういうことだから、あんたの無駄話に付き合ってる暇はないの。図書館のカフェだから黙って聞いてたけど、外だったら殴ってでも追い返してるわ。じゃ、私たち忙しいからもう行くわね。父が首を縦に振らないからって娘の方に来るなんて本当に卑しいわ。じゃあね」


 会話から推測するに、このスーツの男はスカウトマンであるようだった。その男を軽くいなすと、ラビはクロンの手を引いて出て行こうとする。


「無事に帰れるといいですね」


 スーツの男を横切り出口へ向かう際にそのようなことを口走っていたが、ラビに手を引かれているためそのまま図書館から去ることとなった。


「はぁ……」


  ラビが大きなため息をつく。


「大丈夫? 結構しつこくされてたみたいだけど」


「大丈夫よ。さすがに公共の場で荒っぽい手に出れるほど、無名の商社じゃないわ。業界内では悪い噂しか流れてこないけど、表向きは一流で通った商社だし。ブランディングがうまいのよ。お父さんをヘッドハンティングしてるのもその一貫」


 そう話しながらラビは先ほどの不愉快な会話を思い出し、怒りのボルテージを上げていく。


「お父さんが無理だからって最近は私がひとりのところを見計らって話しかけてくるの! もうストーカーよ! そろそろ通報してもいいんだけど、証拠は絶対掴ませないからタチ悪いのよね......」


 そのままラビは溜まった鬱憤を晴らすように捲し立て、クロンは黙って聞いていた。しかし、ずっと黙って聞いているわけにもいかなず、先ほど引っかかりを覚えた部分をラビに伝えることにした。


「そういえば、帰り際にあのスカウトマンが言ってた言葉、聞こえた?」


「ううん、聞こえなかったわ。なにか言ってた?」


 ラビはきょとんとした。その後なにを言っていたか聞いてきたので、クロンは内容を伝える。


「『無事に帰れるといいですね』だって。あの感じだとこの帰り道でなにかしてくる気なんじゃない? そのスカウトマンやその商社の所属冒険者の実力がどれくらいかわからないけど、僕らふたりじゃちょっときついんじゃない?」


「えっ!? アイツそんなこと言ってたの? まずいわね。変なのに捕まる前にさっさと帰りましょ」


 ラビがそのまま速度を上げて駅へと向かおうとするが、その前クロンが今の自分たちの状態についてラビへと問う。


「それはそうとして、いつまで手繋いでるの? さすがに恥ずかしいよ」


「あえっ! あっ、ごめん! 握ったままだったわね。ちょっと怒って勢いで出てきたから握ってたの忘れてたわ……。……嫌だった?」


「いや、全然。個人的にはもっと繋いでてもよかったかな」


 クロンは正直に自分の気持ちを答える。そもそもたとえ嫌だったとしても、嫌だったと聞かれて嫌だったと答えられるほど無神経ではない。


「そ、そう……。そうなの。それなら、良かったんだけどね?」


 クロンは少ししどろもどろになっているラビがちょっとかわいく見えるななどと考えながら、話を本題に戻す。


「話を戻すけど、あのスカウトマンの会社が本当に僕たちを狙ってるなら、どう帰るのがいいのかな?」


「うーん、歩きだとかなりかかるわよ。正直電車に乗っちゃえば怖くないし、さっさと乗るべきね。まだ明るいから人混みに紛れれば大丈夫だと思う」


 そうラビが言うと、ふたりは足早に最寄駅へと向かい、電車に飛び乗る。幸いにも相手はなにもしてこず、会社の最寄駅まで帰ってくることができた。空も暗くなり、人混みもまばらとなっていた。


「まずいわね。私はこのまま帰れても、クロンが家まで帰れない。スカウトマンに姿を見られたのがまずかったなー。確実に関係者として認識されたわよ、クロン。うちの問題で、なんかごめんね?」


「あはは、入りたいって言ってるんだから僕自身はもう関係者のつもりなんだけど」


 そのクロンの言葉にラビは心なしか嬉しそうにしながら話を続ける。


「今日はうちに泊まっていきなさい。うちの会社、社宅も兼ねてるから防犯の面ではオリエストラ1よ」


「あはは、それはすごいね。じゃあお言葉に甘えて泊まっちゃおうかな」


 すると、ラビはジト目になりながら一言追加する。


「私みたいなかわいい女の子が近くにいるからって変な想像しないでよ」


「そんなことしないよ!」


「そうかしらね〜」


 そんな軽口をたたき合いながら、駅から会社までの帰り道を足早に歩く。しかし、ふたりの警戒をよそに帰り道は特に変なことも起こらず会社まで戻れてしまったため、拍子抜けしてしまった。


「なんか、警戒してバカみたいね。絶対なんかやられると思ったんだけどなー。今日じゃなかったみたいね」


「そうだね…… 。そんなに怖いところなの?」


「ええ、なんたって個人ランクの2位がいるもの。彼がでてきたらお父さんでも勝てないと思う。多分だけどね」


「えっ! 個人ランク2位!?」


「ど、どうしたのそんなにびっくりして」


 ラビはクロンの驚きように逆にびっくりしてしまう。


「今日僕が面接を受けたのがそこなんだ。すごく評判いいところなのにどうして……」


「あぁ〜……あそこなら呪い持ちをわざわざ呼んでこき下ろすくらいはやりそうだわ。よかったわね。本性がわかって」


「う、うん。でもなんか複雑な気持ち、憧れの会社だったのになぁ……」


「表から見えるもんだけじゃ、本質は見抜けないってことだ」


「お父さん!」


 クロンとラビが会社の業務時間終了後で誰もいない受付の前で会話をしていると、奥から出てきたエリックが口を挟んできた。


「まぁ、そこを受けたことで俺たちと会えたんだ。悪いことばかりじゃなかった、だろ?」


「はい!」


 エリックは、クロンの返事を満足そうに聞く。その後ラビがエリックに決めたことを伝えた。


「あ、お父さん、詳しい話はあとで話すけど、今日クロンを泊めることにしたわ。部屋は余ってるから問題ないわよね?」


「もとよりそのつもりだ。クロン、2階の一番奥の部屋を使え。これが部屋の鍵だ。明日は長丁場になるだろうから今のうちに体を休めておけ。いい結果を楽しみにしてるぞ」


「はい、がんばります」


 そうクロンが答えると、バックオフィスへと引っ込んでいく。


「じゃあクロン、私ももう寝るわ。ふわぁ〜、明日久しぶりに外界へ出ないといけないからね。寝坊したら承知しないからね。じゃ、おやすみ」


「おやすみ、ラビ」


 そのままラビはエリックを追いバックオフィスへと戻ってゆく。


 クロンはそれを見届けると、会社の2階、寮として使われている部分へと赴く。自分の部屋としてあてがわれた部屋に入りベッドへ腰を下ろすと、今日あった出来事を振り返る。


 濃い1日だった。初めて地元の街から出てオリエストラの中心街へ来たこと。呪い持ちだということで罵倒されたこと。変な大男にぶつかってそのまま誘拐されたこと。入社テストを受けることになったこと。図書館に行ったこと。変なスーツ男に絡まれたこと。これが1日の間に起きたことが信じられなかった。


 そして、明日は夢にまで見た外界遠征である。寝る準備を済ませベッドに横たわり、果たして興奮したまま眠れるだろうかと思い、しかし気づけば眠りについていた。


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