第25話 カエデの覚悟
「へぇ、ラビってやつもクロンってやつもやるなぁ。あいつらド新人だけどそれでもうちの新人だ、元がエリートだってのによォ。それに追いすがるとは、なかなかやるなぁ」
「余裕そう。わたしに負けたらどうするの。いつまでもこうやって睨みあっててもしょうがない」
「ははは! ねえよ! ありえねえ! 1回戦を見たところなかなかやるようだったが、何年も冒険者として活動してる俺と、昨日一昨日冒険者になったような猿に毛が生えた程度の新人、敵じゃねえよ。それくらい経験ってのは人を成長させる」
「そうね。経験は人を成長させる。【水槌】」
「おっと! 俺にその技は効かねえよぉ」
カエデは話をするふりをして攻撃をするも、ローグに届く前に水柱は霧散する。一本は狙いをつけるミスをしたのか、床を叩き石の板を砕く。
「ヒュー。すげぇ威力だぁ。一回戦の奴らは大丈夫なのか?」
「大丈夫。ちゃんと手加減した。あなたこそ、不意打ちであのふたりに1回戦みたいに能力をぶつければ、もしかしたら倒せるかも。でもやらない。なんで?」
「俺はあのクソチンピラふたりとは違って矜持があるんでねぇ。そもそも俺はなんであんなカスどもを会社が採用したのかわからん。だけど、会社のオーダーは絶対だぁ。お前らには最終的に勝つ。つまり、最終的に勝てばいいんだ。あいつらが負けようが知ったこっちゃねえ。だからあいつらの戦いに横槍を入れる気はない。反吐が出る」
「そう。あっちに少しでも注意を向けてたらあなた負けてた。だからそれが正解」
「ナメた口をぉ!」
ローグは祝福を使う。祝福を使うがあたりになにかが起こった気配ない。しかしカエデはなんらかの圧力を感じ、体を右に半歩ほど動かすように引き、避ける動作をする。すると、腕に一筋の傷が走り、血が吹き出る。危なかった、避けていなければ腕が飛んでいた。そうカエデは思うも、圧力の正体は依然わからぬままだ。なんとか止血し、先ほどまでよりも強く警戒する。
「へぇ、避けるとは。嬢ちゃんやるなぁ。俺の祝福はランク1万とか2万なら絶対見破れねえで床に沈むのになぁ。これは、本気で行かないとまずいかなぁ」
「こっちも行く。【水刃】」
カエデの周りに浮いたままだった水球から一本の細く白い線が飛び、ローグを下からすくい上げるように縦になで斬りにする。しかし彼は避ける動作もせずその場に立ったままだ。正面には【水刃】が傷をつけたのか、ただその上を撫でただけなのかはわからないが空中に、縦に一筋の、水泡の跡が残る。しかし、それも一瞬見えただけですぐに消える。
(どういうこと。目の前に透明の壁を出す祝福ならわたしの腕を攻撃することはできない。でも攻撃してきたということは壁を出すだけじゃない。わからない)
「わからねぇだろぉ? どんどん行くぜぇ!」
ローグはカエデに向けて能力を使い透明ななにかを飛ばしていく。カエデは持ち前の危機察知能力で避けていく。
危機察知能力、聞こえはいいが、要は外界での経験の差だ。外界では場合によっては一瞬の判断ミスが命取りになるため、長く生き残るにはこのように『死を回避する能力』を祝福に頼らず身に着ける必要があった。カエデはそれを自身の祝福で補い不完全ながらも身につけている。
ローグから射出されたなにかは、カエデが一拍前までいた場所を着実に抉っていく。カエデも負けじと【水刃】を放つも、ことごとくローグの作った見えない壁に弾かれ、彼を一歩でも動かすことができない。そんな攻防をしているうち、ローグの攻撃がカエデを捉え始める。
カエデは避けながら相手の能力を探った。カエデに向けた不可視の攻撃の着弾地点には、少しわかりづらいが横一筋の線が入っている。カエデは、ある程度の予測は立っていた、が本当にそのような能力なのかはわからない。なので、その疑問を投げることで相手の反応を見ようと考えた。
「あなたの能力は、透明な壁ではなく、板を、作る能力? 板の大きさは自由に作れて、小さめの薄い壁を私に投げて、いる」
これで小さな反応でももらえれば上々。そう考えていたカエデはローグの次の言葉に耳を疑った。
「あー、惜しいなぁ。正解は空気を板状に成型する力だぁ。【大気板成】って名前をつけてる。わかっちゃシンプルな祝福だろ? だが、わかったところで見えなければ避けられない。お前だって水しか出せねえくせによぉ! オラァ!」
すべての能力を喋った。それだけ自信があるということなのか、はたまたブラフか。どちらだろうかと思考するカエデだが、相手が能力をすべて喋ったことに気を取られ飛んでくる圧力を察知しきれず動きが遅れる。なんとか避けようとするも、避けきれない。
「ブッ、グ」
ドゴォ、とカエデが勢いよく吹き飛び、スタジアムの床を転がってゆく。なんとか意識を保ちながら場外にならないように水のクッションを作る。口から出る血が中空に浮かぶカエデ入りの水まんじゅうを赤く染め上げていく。
「いや〜、お前もまだまだだなぁ。俺の話を聞いた上でそれに気をとられても、してくる攻撃がさっきまでしていた薄い空気の板を投げるだけだと考えた。そんなわけねえだろうがぁ! 板というくくりであればどんな形状にもなるしそれで攻撃でもできるんだよ!」
クックック、とローグは笑う。
「ま、密度とかが変わるわけじゃねえから勝手に落下はしてくれねぇ、だがなぁ、横長の分厚い板をお前の腹にぶち込むくらいわけねぇんだ! 水の祝福だったから場外にならず命拾いしたが、もう終わりだな」
「ハァッ、ハァッ、まだ、終わってない。勝負は、最後までわからない」
水のクッションがはじけ、その勢いのまま落下して地面へと膝をつくカエデは、口から血を流しながらそう答える。カエデは諦めていない。
「【水蓮】ッ!」
すると、はじけた水が無数の水蓮の花を形作りカエデの周囲を揺蕩う。水に含まれた彼女の血が花弁を赤く染め上げる。そのまま浮いた水蓮はゆっくりと中空を浮遊し、ローグの方へと向かってゆく。
「ハッ! まだ他の形にできるとは。でも、ただきれいなだけじゃ無駄だぜ。こんなただの水の塊じゃあ、壁を使うまでもねえな! どうせこの無駄な水の塊で視界と行動を縛って【水槌】や【水刃】を出すだけだろぉ!?」
「そうとは、限らない……!」
「バーカ! お前の攻撃は単純なんだよぉ! あんなもん板を使わずとも避けられるわぁ! 邪魔だこんな花ァ!」
ローグは一番近くまできていた水蓮に蹴りを入れた。
はっきり言ってどういう類の攻撃・能力かわかっていないものに蹴りを入れるのは、冒険者としては最悪であった。
しかしローグは相手がボロボロなこと、冒険者になったばかりの新人中の新人なところ—正確には外界へ何度も出ているがそうは考えていない—、そして【水槌】や【水刃】のように水の形状変化での攻撃しかしてこなかったところから、この【水蓮】もその類だと考えたのだ。しかし。
「かかった」
「は?」
カエデはニヤリと笑った。ドドドドドドと、ローグの蹴った水蓮を起点として連鎖的に爆発が起こり、あたり一面を少し赤く染まった霧が包み込む。
カエデが操るのは水だけではない。自らの血も例外ではなかった。さらにそこへフロウからもらった鉄粉を混ぜた。鉄粉の混ざった血は水蓮内で急激に温度を上げ、低音の水と接触しないよう巧妙に隠される。その隠された血は、ローグが蹴りを入れることにより弾け、周囲の水と混ざることで一気に膨張し、水蒸気爆発を引き起こす。
この技は、フロウとの特訓中に作り上げた技であった。水だけだと鉄を混ぜてもバレてしまう。カエデは血を流したことで今しかないと、血に鉄粉を混ぜ合わせ【水蓮】を放った。油断したローグがこうも見事に引っかかるとは考えてもなかったが、うまくいったことでほくそ笑む。しかし、勝負はここで終わらない。
「イってェエエェエぇ……! お前ェァ、いいのもってるじゃねぇかよぉ〜、いってぇよぉ〜」
(しまった! 仕留めきれてない!)
カエデは今度こそ行動不能にしようと、自身の祝福、【水簾瀑布】を使う。
「【水刃】ッ!」
「バァーカ」
カエデはなんとか避けようとするも、とどめを刺そうと焦ったのか、自分の攻撃に気を取られ下から突き上がる板に気づかない。そして、そのまま顎を捉えられてしまう。【水刃】はまたしても見えない壁に阻まれてしまっていた。
「ハァ、ハァ、なかなか、やるじゃねぇか、おあァ……いてぇ…… いてぇなぁ……? 見ろよ、俺の右足ぃ。変な方向に曲がっちまってるじゃねえかよ! なぁ!?」
水蒸気が晴れた時、そこには全身に火傷を負い、右足が明らかに異常な方向へ曲がっているローグがいた。他の部分も無事なところが見当たらない。しかし今の行動では致命傷に至ってはおらず、気絶もしていない。残念ながらカエデの攻撃で倒しきれず、まだなんとか戦闘を続行することが可能だ。一方でカエデは顎を完全に捉えられ、頭を揺らされた結果すでにフラフラだ。そのままうつぶせに倒れ込んでしまう。
「ざまあみろぉ! ハハハ! マグナ・アルボスに逆らうからそうなるんだ! 喜べ、今からとどめを刺してやるよ! 首に板を落としてへし折るってのはどうだ? ハハハハハ!」
すでにカエデの意識は飛びかけ、手足に力が入らない。使えるのは祝福だけだったものの、それもすべて透明の壁に防がれる。しかし、カエデはまだ諦めていなかった。
「わたし、は、まけない、くーちゃ、んを守って、ラビ、も守る、たおれ、るの、は、あな、た」
直後、ローグの足元のひび割れから水が湧き出る。戦いが始まった当初、カエデが放った【水槌】が破壊した部分だった。
「は?」
「【水槌】」
「待っ、待」
湧き出た水の表面が波打ち、そこから水の柱が出現する。知覚の範囲外からの攻撃だ。ローグは祝福で生成する板の設定が間に合わず避けることができない。ローグ自身がカエデに向かってやったように顎を下から突き上げられ、そのまま背中からスタジアムに沈んだ。白目を剥き、もはや起き上がることはない。カエデは自分が勝ったことで安心すると、残りをクロンとラビに任せ、そのまま気絶した。




