第13話 人間の存在
「あれー? ボクのウルフちゃんどこー!? それにあのふたりもいない! なんでー!?」
ゼータは英雄平原の探索を終えたのだろうか、どこからともなくクロンとラビが戦闘していた場所へと戻ってきたものの、そこにはもうふたりもテイムしたはずの狼もおらず、荒れ果てた大地の上に壊れた楔が残るのみとなっていた。
「これ……。あいつら、どうやって……あんなに、あんなに弱そうだったのにぃ! 結局あいつら以外見つからなかったし、こんなんじゃ捨てられちゃうよー!」
ゼータは焦り出すと親指の爪を噛み落ち着こうとする。
「どうしよう……! 収穫なしだと本当に廃棄だ。……そうだ! あいつらこの先に人間がいっぱいいる都市があるって言ってたじゃないか! そこの場所さえわかれば!」
そう決めてゼータはオリエストラへと歩を進めようとすると、腰に下げた通信端末が旅の終わりを告げるかのように振動し始める。
◆◆◆
「はぁ〜、しかし本当にひとりもいねぇなぁ……人間」
ひとりの男が、倒したのであろう巨大な獣の上に腰かけ、あたり一面を見渡す。獣はカテゴリー4や5にもなると肉体を構成するエネルギーが光の粒子へと変化するのに時間がかかるため、しばらくの間肉体が残る。
そのことから、男が座っている獣は最低でもカテゴリー4、大きさや凶悪さからカテゴリー5である可能性が高かった。男は常人離れした体躯を誇るも、余計な肉はついておらず全身が鋼でできているかのように引き締まっている。ボディビルダーのごとく鍛え上げられた逆三角形の肉体は、着用しているボディスーツの下にあろうとその主張は隠すことができない。男はガシガシと短く切りそろえられた頭を掻くと、近くで獣と戦闘していた同僚か部下であろう、別の人間へと声をかける。
「おいジェイド、いつまで遊んでんだ! そろそろ時間だぞ!」
ジェイドと呼ばれた男は戦っていた獣へトドメをさし、巨大な獣から飛び降りた男の方へと近づいてゆく。
「おや、もう時間ですか。ワタシひとりならまだ活動できるのですが、アルファは活動時間が短くて遠征の役に立たないですねぇ」
そう言うと、両手に握っていたダガーを腰へしまい込みアルファと呼ばれた男と合流する。大人の平均身長程度しかないジェイドに比べ、アルファは縦にも横にもデカく迫力はかなりのものだ。
「お前、階級が一番高い俺によくそんな口が利けるなァ」
「おぉ、怖い怖い。しかし、転送容量制限が足を引っ張っているのは事実でしょう。カテゴリー5のような手強い獣に単身で挑んで勝てるのが三闘神しかいらっしゃらないのは、いささか問題では?」
「俺みたいなイレギュラーがそうそう出てきてたまるか。そもそもカテゴリー5と戦えるようになるってことは本人の転送容量も上がるってことだ。俺と一緒に転送するには技術も必要なエネルギーも足りねーだろうが」
「そのための遠征でしょう。人間は見つかりませんでしたが、カテゴリー5数体やカテゴリー3の群れを殲滅できたのは収穫です。しばらくは余裕ができますし、次の遠征計画も立てやすくなる」
「それは否定できねえ事実だ。今回はエネルギー残量の都合上少数精鋭な上に、俺たち3人のうちひとりは過去のあの事故の調査に回すときた。あの座標はそもそも地上かすらも怪しいんだ。使い捨てても問題ない人員としてゼータを選んだ上層部にはヘドが出るぜ」
そうアルファは吐き捨てると、腰の通信端末へ手をかける。
「アルファ、どこで聞かれているかわからないのだから、口は慎んだ方が利口ですよ」
「ハッ、聞かれてたからとてあいつらになにができる。上層部の私兵全部敵に回しても勝つ自信あるぜ」
「それは結構ですが。デルタ以下23名はちょっと戦えるだけの一般人ですよ。巻き込まないで欲しいですね」
「お前らがただの一般人なら、のうのうとなにも知らず暮らしてる国民どもはアヒルだな。そもそもデメリットなく、もしくは制御できる範囲で詛呪を扱える人間揃えるのだってタダじゃない。余計な手間で欠員は出さないだろう。……さて、この通信が生きてる人間に繋がるといいんだが」
そう結論づけた上で、冗談を交えつつ手に持った端末から今この場にいない3人目へ通信をつなげる。しばらく帯気音が鳴り続け、アルファとジェイドがダメか、と諦めかけたその時ブンッ、と無事に通信が繋がる。ふたりは少しだけしていた心配をやめた。
『も、もしもし』
「オイオイ出たぜ! よお、俺だ、アルファだ。少なくとも人間が生存できる場所みたいだな、ゼータ!」
『う、うん。そうだよー!』
ゼータが生きていることを喜びつつも、アルファは残り時間の問題からか、すぐに本題へと話題を転換させる。
「そいつは上々だ。ところで、獣はいたのか? いたんだろ? ならテイムしたんだろうな? 一匹強いの連れて帰れるように帰りの枠はあけてんだ。見つけられてなかったら上層部はキレるぞ。あいつらはサイコだからな、獣を解剖して研究したがってる。致命傷与えた時点で消えるってのによ、ハハハ!」
アルファは軽口混じりにゼータへ報告を求めると、ゼータは言いにくそうに言葉に詰まりながら、経過報告をスタートさせた。
『え、えっと、テイムはしたんだけど、その、逃げられたというか……』
「はぁ!? 逃げられた!? お前の【自縄他縛】はそこらのチンケなテイミング能力とは違って格上でも強制的に従えられるはずじゃなかったのか!? それが逃げられたってどういうことだ! 上にマジで消されちまうぞ!」
アルファは、ゼータが捕まえた獣を逃したと聞き激昂する。ゼータは詛呪のデメリットで戦闘能力もなければ戦闘技術も持たない。運動神経が極端に悪いのだ。しかし、格上の獣でもテイムできる能力が大変貴重なため、26人の末席に加えられている。
そのゼータがテイムした獣を逃した。これは問題だ。彼の能力は信用できると思っていたが、どうやらそうではないらしい。そんなことを考えていたが、その後のゼータの発言で考えていたことすべてが吹き飛ぶこととなる。
『いや、人間がふたりいて、明らかに弱そうだったからテイムした獣に相手を任せて他の人間を探しにいったんだけど、その、戻ってきたころにはそのふたりもその獣も消えてて、どこいったかわかんないんだよ!!』
ゼータはアルファから叱責を受けたことで焦ったのか、必死にしどろもどろになりながらも言い訳をまくしたてる。ゼータはテイムに失敗した事実をなんとか取り繕おうと必死だったが、アルファが引っかかったのはそこではなかった。
「ふざけんじゃねえ! もう時間がなくて帰還命令が出てるのに手土産が『賢者の石』だけじゃ誰も喜ばね……まて、人間だと?」
『う、うん。人間がふたりいてさ、ボクと同じくらいの歳っぽかったからカテゴリー4より弱いだろうと思って任せたらこれだよ! クッソあいつら〜! 次会ったら覚えてろよ!』
人間がいた。その部分にアルファが引っかかったことに目ざとく気づくと、ゼータはその時に会った少年少女に責任を押し付けるかのようにまくしたてる。しかし、アルファはそんな卑しい行いには全く興味がない。
「そんなことはどうでもいいんだ。人間がいたのは本当か?」
『うん、バッチリ人間だったよ。他の亜人種族ってわけでもなく、正真正銘人間だった』
人間がいたという報告を受けたアルファは笑みを浮かべ、ジェイドと短く会話をした。
「おい、ジェイド」
「ええ」
「これは上も喜ぶ報告ができそうだ」
その後3人は帰還命令に従い、それぞれの場所から影も形も残さず消え失せた。まるで最初からそこにいなかったかのように。




