第10話 因子崩壊
そもそも、この戦いは最初からおかしかったのだ。全力のカテゴリー4にたとえふたりが出し惜しみせず全力で襲いかかっても、おいそれと勝てるものではない。本来はそれほどに隔絶した実力差があるのだ。
それでもふたりが獅子王狼に追いすがることができたのは、獅子王狼が内部でテイムに抵抗して、戦闘そのものに集中力を欠いていたいたからに他ならない。しかし、それでも狼の放つ攻撃は、たとえそれが稚児の遊びだとしてもふたりの命へは簡単に届きうる。今ふたりが立っていられるのは、ただただ幸運であった。
「でも、クロン。ここからどうするの? 残り半分を破壊するためにさっきと同じ作戦で行ってもいいけど、私はもうそこまで早くは動けない。しかも相手のスピードは上がってるかもしれない。さっきと同じ手は通じないわよ」
「うーん、そうなんだよね。僕ももうそろそろヤバいし、ラビに動いてあいつを引きつけてもらうか……。でもなぁ」
睨み合うだけで時間は刻一刻と過ぎてゆく。ラビの感じる痛みは引く様子はまったくなく、クロンのタイムリミットがいたずらに近づいていくだけだ。
「とにかく、牽制しながら動いてみるしかない。ラビは可能な限り僕に合わせて欲しい。もしきついなら、近づかずに遠くから牽制してもらいたい。できる?」
「やってみる」
するとラビは剣を捨て、狼から離れて駆け回る。獅子王狼は最早剣も持たず遠目に動き回るだけのラビへは興味を示さず、クロン単体を敵として認識し視線を向けた。
クロンは思考する。ラビがただ剣を捨てて動き回っているだけとは考えにくい。ならば自分はそれをサポートするように注意を惹きつけるだけだ。
クロンは一足跳びに獅子王狼へと肉薄すると、傷のせいか隙だらけの右前足へと横薙ぎの蹴りを放つ。しかし獅子王狼は予想していたかのように足を上げ、そのまま踏み潰さんとクロンへと足裏を押し込む。
(しまった! 誘われた!)
クロンは誘い込まれたことを悟るも、それを自身の攻撃で相殺しようと試みた。
「ッ!」
クロンは勢いよく体を回転させ、その威力を乗せた蹴りを獅子王狼の足裏の腹へと打ち付け、右前足を跳ね上げるとともにその反動で攻撃範囲から離脱することに成功する。
しかし、獅子王狼はそこで終わらなかった。ニヤリと嗤うと口を開き火球を生成、クロンへと放とうとする。クロンは反動で宙に浮き、火球が放たれた場合避けることができない。時間経過によるエネルギーの漏出で回復力も鈍り、今これを許容し受けると次に動けるようになるころにはタイムオーバーだ。
クロンは直感する。どうあがいても避けることができない。しかしそこへ遠方からなにかが勢いよく飛来し、獅子王狼の左目へと吸い込まれていった。
『ギャアアアアアアアアアア!』
「……へへ、当たったわ」
火球が、搔き消える。ラビが苦しそうな顔をしながらも、ドヤ顔でクロンと獅子王狼を見据えていた。赤子を抱くような形の左腕には、走り回って集めたであろう、手のひら大の石がいくつか収まっていた。
急所を攻撃され、目に見えて傷を抱えた獅子王狼はふたりの脅威度を修正する。右目も潰されては敵わない。そう思考するとさきほどクロンへ向け生成したものと同程度の大きさの火球を再生成し、次の石が飛んでくる前にラビへと放った。
「きゃあっ!」
ラビはそれをかわすも、走り回り石を集めたのでもう限界だったのだろう、火球を完全に避けきることができず、地面へと転がる。
「う、うぅ……」
もう動けないのだろう。これ以上はどうしようもない。クロンはラビへ攻撃の手が向かないように獅子王狼へ注意を払いながら次の手考える。左目が潰れたのは大きい。クロンは自分があと30秒程度しか動けないことを考え、最後の攻勢をかけようとした時だった。
獅子王狼が口を開き、再度火球を生成し、ラビの方へと放ったのだ。獅子王狼は半分テイム下でありながら、しっかり頭を使っていた。先ほどまでの戦闘から、クロンに攻撃を放つよりもラビを狙うことで、クロンがラビを助けにいくということを学習していた。そうすることでクロンにタイムロスを発生させることができ、それが楔の破壊を防ぐ一番の近道とわかっていたのだ。
「ラビ!!」
そして、その想定は正解であった。地に伏したラビを、衝撃を与えないように回収し、火球の衝撃が及ばない範囲へと飛ぶがその勢いを相殺をしきれず、転げる。そこに獅子王狼は火球を再度生成し放った。勝った。獅子王狼は勝ちを確信する。避けきれない。相手の力はどんどん弱くなり、最早風前の灯である。そこにこの火球だ。確実に仕留めた。狼は嗤う。しかし、クロンは諦めていなかった。
(この火球を避けるのは無理だ。それに避けたところでもう間に合わない。なら、これしかない!)
クロンの鬼気迫る行動に、獅子王狼は気を呑まれる。クロンはラビをその場に寝かせ、飛んでくる火球へと全速力で飛び込んでゆく。ありえない。最早目の前の命は消える寸前だ。火球へ飛び込んだところでなんになるというのか。しかし、クロンはまだ諦めていなかった。
「まだ、まだ、まだ間に合う!!」
クロンと火球が衝突し、黒く染まりかけた世界を今一度照らしだす。
——勝った。獅子王狼は確信した。最後のあがきでの鬼気迫る感じは見事だったが、所詮は虚仮威し。カテゴリー4の自分の相手ではなかったと、満足そうに喉をならした。あとは残った女だ。あれはもう動けない。ゆっくり料理すればいい。そう考えていると、ふいに自身の首元、真下から声が聞こえてくる。
「まだ、安心するのは、早いよ」
バカな。不可能だ。火球に突っ込んできて無事なはずはない。そう獅子王狼が判断しても、実際に声は発せられている。
「危なかった。左腕は犠牲にしたけど、それだけで済んだ。思ったよりも威力がなかった。きっと、君自身が抵抗したんだね。最後の最後に、自分に。テイムされている自分に抵抗して、僕を救ってくれた。礼を言うよ。だから、礼をもらったなら返さなきゃだよね」
やめろ! それを壊すな! 獅子王狼は逃げようとするも、うまく体が動かない。中にいるもうひとりの自分が抵抗しているのか、足が地面へと縫い付けられているかのように動くことができない。
「もう時間がない。だからこれが、今の僕にできること」
そうクロンが宣言すると、クロンの握りしめた拳の先に、不自然に光が集約されていく。
「最後だから、出し惜しみはやめるよ。これが僕が最後にできる全力だ。——【因子崩壊】」
クロンは自身の右拳と、その先端に集約され増幅されたエネルギー弾を獅子王狼の首元へとねじ込み、そして、彼女に打ち込まれた楔を完全に破壊した。
「ははは、はは。ちゃんと、残りハンブン、壊したよ。だから、襲わないで欲しいな。よろし……くね……」
クロンはそう消え入るように囁くと、その場へと倒れこみ、そのまま気を失った。獅子王狼が毒気の抜けた笑顔を満足そうに浮かべると、辺り一面を眩い光が覆い隠した。




