人殺し人形製造所
特にグロテスクというものはございませんが、人殺しなどが苦手な方はご遠慮ください。
「ここ…どこ?」
目覚めた少女の第一声は、それだった。
ふと、少女は首に違和感を抱き、触れてみる。
「何これ?首…輪?」
触れてみた首には、まるで拷問器具のような鉄で出来ているであろう物。それは首輪のようにも感じる。
“気持ち悪い。”それが、少女が抱いた感情であった。
その首輪を外したい一身で、少女は首輪に手をかけた。しかし、鉄製と思われるその首輪は、少女の力ではびくともしない。
今度は助かりたい一身で、周りを見た。
少女のいる狭い空間には、白すぎる壁と青すぎる空が見える小窓、最低限の布団、そしてドアノブの付いている真っ白いドアしかなかった。
少女は助けを求めてドアを開けようとドアに駆け寄り、ドアノブに手をかけた。
が、その時、無情にもドアは勢いよく開いた。
ドアは内開きだったので、自然と少女は後ろに飛ばされ、尻餅をついてしまう。
勢いよく尻餅をついたため少し痛めてしまったお尻をさすりながら、開いたドアの方を見ると、そこには、目付きが悪く長身で銃を背中に背負った男が少女を見下すように立っていた。
その男を見て恐怖を感じたのか、少女の体はビクリとはねた。
「へぇ。お前が新しく入ってきたヤツか。ちっせぇなぁ。こりゃ見世物小屋のほうが良かったんじゃねぇか?」
男は少女をマジマジと見ながら少女の方へ歩み寄った。
歩み寄られた少女の方は恐怖の表情で座り込んだまま後ろへ後退る。
しかし、所詮は狭い空間。すぐに少女の後ろは壁になってしまった。
「ま、ガキになんて興味ねぇけどな。」
そう言って男はジリジリと歩み寄っていた足と、マジマジと見ていた目線を止めた。
そこから男はダルそうに説明を始めた。
「起床時間は六時。それまでに起きてなかったら体罰。就寝時間は十時。起床時間と一緒でそれまでに寝てなかったら体罰な。夜十時から朝六時の間に部屋から出ても体罰。トイレもだからな。風呂は三日に一回。食事は朝と夜二回、食堂で取ること。食事中の私語は一切禁止。破ったら体罰。用があったら放送がかかるから。他は特に無し。質問は認めない。」
男は淡々と説明した。
少女は未だ状況が読み込めていないらしく男の急な説明に戸惑っていた。
「じゃ、大変だと思うけどがんばって。2067。」
そう言って男は、部屋のドアを開いた。
“2067”。その番号に、少女は覚えがなかった。
「こんなとこで、かわいそうに。ま、そのうち物好きが来るだろうから、後はそいつに訊きな。」
男はそう言って去っていった。男の表情からは同情など欠片も見えなかった。
そして残された少女は、一度に訳の分からないことが起こりすぎて、頭の中が混乱している状態だった。
唯一一つだけ理解したことは、これから先待っているものは決して良いことではないということであった。
何とか少女は先程来た男の言ったことを思い出し、整理した。
起床時間は朝六時。就寝時間は夜十時。それまでの外出は禁止。お風呂は三日に一回。食事は朝と夜の二回。食事中の私語は禁止。用事があるときは放送にて呼び出し。
そこで再び少女は部屋を見回した。
部屋の中には、白すぎる壁と青すぎる空が見える窓と最低限の布団、それとドアノブのついている真っ白いドア。それしかなかった。
時間を確かめるものが何もない。
それで朝六時と夜十時を確かめることは無理な話だろう。
この部屋の外にならあるだろうか?
そんな疑問が頭をよぎった。
しかし、この部屋の外、つまり未知の世界への恐怖が大きすぎて、少女はドアを開けることができなかった。
その時、その未知の世界へと続くドアが開いた。
そのドアを開いたのは、少女と同じ首輪を付けている少年だった。
「こんにちは。君が新しく入った子?」
少年は特に表情も付けずに抑揚のない言葉でそう言った。
ビクリと少女はその少年に少し恐怖を抱いた。
おそらくこの少年が先程の男が言っていた“物好き”だろう。
ふと、少年の首輪に白で数字が書いてあることに少女は気付いた。
少年の首輪には、“0101”と書いてある。
「その数字……何?」
恐怖心を忘れて、少女はそう訊いた。
それを訊くと少年は一瞬驚いたような顔をしてふっと笑い出した。
「おかしなことを訊くね。あ、そっか。自分じゃ見えないんだね。」
先程とは打って変わって、表情が付き、抑揚のある言葉で少年はそう言った。
少女は意味が分からないらしく首を傾げている。
「“2067”。これが君の数字。覚えておいた方がいいよ。君に用事があるときはこの数字で呼ばれるから。」
“2067”。先程男が最後に残していった数字だった。
「ここはどこ!?」
少年に恐怖心がなくなった瞬間、少女の頭の中はたくさんの疑問で覆い尽くされていた
たくさんの疑問が頭の中で蠢いていたが、口から出たのは一番簡単で一番重要な疑問だった。
「ここ?ここは…確か外の世界では【人殺し人形製造所】って呼ばれてたかな。」
人殺し人形製造所。名前の通り、人殺しを作っている場所である。
この世界では、今、人口が急激に増加し、食糧危機でお金があっても意味がない時代に直面している。
そんな世界では、戦争が絶えることはないそのため、どこの国も軍の強化に当たっている。
この国では軍を強化するために、幼いうちから人を殺すことが普通だと思わせることによって、人を簡単に殺せる子供を育てている場所があった。
それがここ、人殺し人形製造所である。
子供を幼ければ幼いほど高額で買い、入って数週間近くの間は、ずっと人殺しの映像を見せるという。
それからは軍の訓練と肉体強化の手術で強くしていく。
しかし、全ての子供がちゃんと育つわけではない。
人殺しの映像を見せられ精神が参ってしまい、衰弱していく子供や、体罰を受けて死んでいく子供、訓練中などに周りの人間を殺してしまい、それが止まらなくなってしまう子供、肉体強化の手術で、肉体が滅んでいく子供も数多くいる。
「何…で?何で私はそんなところにいるのだって私は!だって私は普通に暮らしていたのに!!」
少女の頭はパニックになっていた。
昨日まで普通に暮らしてきた。
貧しかったけど、両親に愛され、友達と遊び、暮らしてきた。
昨日だって、いつもと変わりない生活をして夜は普通に寝たはずだ。
それが朝になって起きてみれば、こんなところにいた。
「それはきっと、売られたんだね。親に。」
一番考えたくないことを直球で少年に言われた。
そう、決して誘拐されてここに連れてこられる子供だけではない。
実の親に売られてここに連れてこられる子供もいるのだ。
この少女は、後者であろう。
「嫌…嫌ぁぁぁぁ!!!」
少女は泣き始めた。
「何で泣いてるの?」
少年が少女の隣に座ってそう言った。
それを訊いた少女は、キッと少年を睨んで口を開く。
「悲しいからに決まってるでしょ!?そんなことも分からないの!?」
少女の口から怒声が出た。
「分からないよ。僕は気付いたときからここにいた。だから、感情をあまり知らない。」
少年の言葉に少女は目を見開いた。
つまり自分の隣にいるこの少年は、赤子の頃ぐらいからここにいるというのだ。
少年の答えを聞いた少女は、その後何を言って良いか分からなくなってしまい、顔を伏せた。
「ごめんね。悪いこと訊いちゃって。でも…かわいそうだね。」
少女が頭をフル回転させて出した言葉はそれだった。
しかし、最後の一言は余計だったと、言った後に気付き、伏せていた顔を少年に向けた
「う〜ん…そうでもないと思うよ。」
先程の少女の言葉は、どうやら少年の心を傷つけていなかったらしい。
それを知って少女は安堵した。
「逆に僕としては、外の世界を知っている君達の方がかわいそうだと思うけどね。」
少年のいった言葉の意味が分からず、少女は首を傾げた。
「だって、外の世界を知っているってことは、外のいいことを知っているってことでしょ?ここにはない、素敵なモノを。だから欲しいと感じるんじゃない?そうなると、つらいと思うんだよね。逆に僕はこの塀の中だけが世界だから。だからこれ以上何も欲しいとは思わない。」
少年が言っていることは正論だった。
正直言って、それは少女も例外ではなかった。
現に少女は求めていた。
優しい両親を。親しい友達を。温かい家を
だから苦しんでいた。
苦しくて辛くて仕方がなくて、少女は自分の両足を思い切り抱き寄せた。
カシャンと冷たい少女の首輪が、音を立てた。
それで少女は首輪の存在を思い出した。
「ねぇ、この首輪取れない?」
少女は、自分で訊いていながら少年の答えを聞くのが恐ろしくて声が弱かった。
「無理だと思うよ。それにそれがないとここの子供だって分からないし。」
「そのほうがいいじゃない!!だってここから出られるのよ!?」
少年の始めの言葉は少女の希望を断ったが後ろの言葉は少女に希望を与えた。
その希望に少女は興奮してしまい、立ち上がって大声でそう言った。
「無理だよ。」
少年は再び少女の希望を断った。
「この首輪を取ったらここの子供だと分からなくなる。つまり、侵入者として殺される。まぁ、首輪を外した人間はいないけどね。」
絶望的になった少女は、立ち上がった体をその場に下ろしもう一度両足を抱え込んだ。
その時だった。
≪2067、2067、至急第十七視聴覚室に来なさい≫
“2067”。その数字に少女の伏せていた顔が上がった。
しかし少女は顔を上げただけでそれ以上は動かなかった。
「何してるの?早く行かないと体罰受けるよ?」
少年の言葉に少女は静かに頷いた。
見れば少女の膝は震えていた。
新しく入った子供は人殺しの映像を見せられる。
この呼び出しはまさにそれだろう。
少女はそう考え、恐ろしくなりこの状態に陥った。
少年が少女の手を引っ張って、立ち上がらせた。
そしてそのまま少年は少女の手を引き、ドアを開き、少女を廊下へと連れ出した。
廊下は部屋同様に白すぎる壁に囲まれていた。
窓は一つもなく、少女の部屋同様の空間が続いているであろうと思われる真っ白いドアが、等間隔で並んでいる。
唯一色を持っているのはドアに付いているナンバープレートだった。
その番号はおそらく首輪と同じ番号なのだろう。
少女がいた部屋のドアに付いているナンバープレートには、“2067”と書かれていた。
「ここの廊下の突き当りを左に曲がって、すぐの角を右、四つ目の角で左、突き当りを右に曲がって少し行くと、第十七視聴覚室に行けるよ。早く行きな。」
少年はそう言うと少女の手を離し、少女の背中を軽く押した。
「早く行きな。どうせ……逃げられないんだから。」
少年は静かにそう言った。
その少年に恐怖を感じたのか、少女はビクリとはねて、そのまま小走りに廊下を走っていった。
「ちょっとあの子は……壊れちゃうかな。」
少年の呟きは誰にも聞かれることなく、狭い廊下の中に消えていった。
来る日も来る日も少女は呼び出され、色々な映像を見せられ、肉体強化をされた。
そして何かとつけて、体罰を受けた。
遅れたらもちろん、呼び出しされてすぐに行っても遅いと言いがかりを付けられ、体罰を受けた。
少女がこの【人殺し人形製造所】に入ってから数週間後、再び少年が少女の部屋を訪れた。
「久しぶり。」
少年が声を掛けても少女は何も反応しなかった。
少しして、少女が口を開いた。
「ねぇ、どうやって朝起きているの?」
少女は朝六時に起きられないことが多くて、体罰を受けていた。
しかしその体罰を受ける子供の中に少年の姿を一度も見たことがなかったのだ。
「歩って来る足音で起きているよ。そのための訓練でもあるしね。」
そんなことが可能なのか。少年の言葉に少女はそんな疑問を抱いた。
しかしその疑問は、少女の喉に詰まるだけで、声としては出てこなかった。
少女はもう質問できるような状態にはなかった。
体、精神ともに、疲れきっていたのであった。
それからは沈黙。互いに何も言わなくなってしまった。
少年は前同様に少女の隣に座った。少女も前と同様に両足を抱えて蹲っていた。
「ねぇ、外の世界に行きたいとは……思わない?」
唐突に少女が口を開いた。
不思議だった。先程の質問は声として出てこなかったのに、この質問はサラリと喉を通った。
そんな質問に、少年は特に驚きもせずに答えた。
「別に。僕にとってはこの塀の中が全てだから。」
少年はどこか遠くを見るようにそう言った。
そんな少年の横顔を少女はただ見ているだけだった。
≪2067、2067、至急第二十三訓練室まで来なさい≫
一日に何回とかかる少女への呼び出し。今日はすでに三度目であった。
少女は反射的に部屋を飛び出した。
それはもう、人の速さではなかった。
肉体強化の手術を何度もされて、少女の体はもう人間の体ではなかったのだ。
「終わり……かな。」
少年はそう呟きながら、少女の部屋を後にした。
≪0101、0101、至急第二十三訓練室まで来なさい。2067が暴走中≫
その呼び出しが掛かった時、少年は自室にいた。
何をするわけでもなく、冷たい床に寝転がり、天井を見ていた。
呼び出しが掛かると少年は体を起こし、立ち上がった。
はぁっと息を吐き、仕事ですかと呟いた後、姿を消した。
一分もしない間に、第二十三訓練室のドアの前に突然少年が姿を現した。
瞬間移動でもしたように見えた。
それほど少年の体は、人間離れしていた。
第二十三訓練室のドアを開くと、部屋や廊下と同じ白すぎる壁が、所々、紅に変色していた。
そしてその紅い壁に囲まれている、狭いとも広いとも言えない空間の真ん中には、人の山が出来ていた。
正確には、人だった山。
その山の天辺には、虚ろな目をした少女。
ドアを開いた音に気付いたらしく、少女が少年の方を向いた。
少女の精神はしっかりしていないらしく、少女の目は、ただ少年を映す硝子玉でしかなかった。
どうやら少女は、殺しに快楽を覚えて、心を失ってしまったらしい。
本当の意味での、人殺し人形になってしまったようだ。
「やっぱり君も……壊れちゃったんだね。」
嗚呼、大人の所為で、また一つ、命が壊れてゆく―――――
〜後書き〜
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!
誤字脱字ありましたら、指摘していただけると嬉しいです。
実はこの小説、夏休み課題のうちの一つでした。
確か…人権作文の代わりに出したものだったと思います。
夏休みにこんな小説出していいのかよ!!って感じですけど……Uu
食糧危機など、この世界の未来っぽいものを書いて見ました。
こんな世界嫌ですよね……。
兎に角、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。(土下座)
御感想いただけると、嬉しい限りです。