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されど葦達は笑う  作者: ヨルムンセツナ
1/2

1章ー1

科学と魔術、はるか昔に分かれ、そして後者は廃れた。それが一般の常識。

発展し過ぎた科学は魔術と区別がつかない。

こんな言葉が生まれたのも、たとえどんなに不思議なことが目の前で起こっても全部科学で説明できると信じられていたからだろう。

だが目の前に疑いようのない魔術と言われるようなものが出てきたらどうだろうか? 

果たして人はそれをどう捉えるのだろうか?

立ち止まって考えるほどのことではないだろう。

簡単な話だ。

だってあなたは考えたこともないだろう。あなたが普段使っているものに魔術が使われているかどうかなど。ならその信条の根拠はどこにあるのか? 全部科学で説明できるとみんなが言っているからだ。

ならこれは魔術ですとみんなが言えば、簡単にあなたは今までの信条を捨てられる。いや捨ててなどいない。だってあなたの信条は一度も揺らいでいないのだから。

その信条が何かなどもはや言うのは野暮というもの。


前置きはこれくらいにして語り始めるとしよう。

人類の科学が栄華を極め、これ以上は望むべくもないほど発展した時代。

そう。望むべくもないほど発展していたのだ。AI技術はシンギュラリティをとうの昔に超え、その性能は人類の理解を超えた先にあった。

そのAIがこれでいいと言った通りにロケットを作って飛ばしたら人類の観測可能域は一気に拡大した。そのAIがこれでいいと言った通りにテラフォーミングしたら人類の生存可能域は一気に拡大した。起きたことは驚異的でもこんな淡白な文章になってしまうほど人類の感覚は麻痺していた。発展はしていてもそれは自分のものではなかったのだ。実感を超えたどころではなく、そもそも人類が為した発展ですらないから仕方がないのかもしれない。

そんな中、とうに忘れられて久しい魔術が人々の間ではやり始めた。最初は子供の悪戯程度だった。科学が人類の手に余るものになってしまってから数百年。まじないの類が発展するのはある意味当然のことであった。しかし、そんな中、とあるニュースが人類を熱狂の渦に叩き込んだ。魔術だ魔術だと人々が言っているものに対し、AIが解析不能と両手を挙げて降参したのだ。同時に魔術の実用性も分かり始める。

それまですべてをAIに丸投げしていた、いやするしかなかった人類にそのニュースは新たな活力を与えた。

それまでAIが提案した構造と材質と環境でもってAIを守ることに心血を注いできた各国はこの魔術という新発見に対し、ようやく仕事ができたことを喜ぶようにこぞって魔術の研究を始めた。

人類にしかできないことがあるのだ、と。






人工の大地の感触にももう慣れた。構造自体は地球と同じであるらしいから慣れたも何も無いはずのだが、どこか違うと感じるのはそう信じたいからだろうか? 

だがそんなことを気にする奴は俺ぐらいになった。AIの提示する結果に感覚という曖昧なものでささやかな抵抗を試みる必要はもはや無くなったからだ。AIに反抗したければ魔術とやらを行使してみればいい。世界最高のAIで解析しても解析不能となるものを人類はその手に握っているのだから。

分からないことだらけな世の中を完璧に分かるようにしたいという望みでもって人類はAIを含む科学技術を発展させてきたのに、その科学で説明できないことを見つけてはしゃぎまわっている。それが今の人類だと思うと皮肉なものだ。

「先が見えたってだけでこうも腐っていくもんかねぇ。」

気づくと言葉が漏れていた。

「腐っていくって何がです?」

誰かが声をかけてくるのが聞こえる。

あれ? そういえばだれかと一緒だったんだっけ?

戸惑っていると呆れたような声がさらに重なる。

「まあ、だいたい分かってましたけど、やっぱり上の空だったんですね。まったく。」

声が聞こえる方にのろのろと視線を向けると、隣に不機嫌そうに腕組みをしている少女がいた。

「いつものことだから怒る気もしないですけど、これから取引先と会うんだからしっかりしてくださいよ。副所長さん。」

俺がさっきまですっかり忘れていたこの少女は雷槌小枝。なかなかに仰々しい苗字だがそれに比して名前の方は非常にシンプルだ。肩書き上は平社員と言われてしまうような立場だがこの通り色々と危なっかしい俺のサポート役として秘書のようなこともしてくれる。今は仕事の途中なので俺と同様スーツ姿だ。新人の時と変わらずパリッときまったスーツである。俺は微妙に早いとはいえ入社時期自体はそんなに小枝と変わらない。小枝に役職がないのは単に事務所が小さいからである。まともな役職など所長と副所長くらいしかないのだ。それもあって俺に対しては上司であるのも気にかけずずけずけとものを言う。

「ああ、ごめん。いつものごとく考え事してた。」

特に言い訳もせずに、俺もあっさりと認める。彼女の前で物思いにふけってしまうのはよくあることだ。指摘する側もされる側も慣れきっている。

「まあ、もう諦めましたけど。そろそろ目的地ですよ。」

言われて手元のディスプレイを見ると、目的地が近いことを告げていた。

思考の海から戻ってきてようやく頭は自分の周りに広がる景色を読み込み始めたが、結果など始めから知れている。妙に整然とした景色。それだけだ。最高効率で掃除できるように最適化されたルートを清掃ロボットが動き回り、正確無比にゴミを拭い去っていく。車も人に運転されなくなってから久しい。俺のような若い世代の中には、車が人に運転されているところなど見たことがないと言う者も珍しくないほどだ。効率的に動き回ってこれまた正確無比に車間距離を維持する車の列は渋滞とは無縁である。運転免許自体はまだ存在するが取っている者は自分で運転したい変り種か、未だにデジタルに距離を置いている人にも信じてもらえる身分証が欲しいかのどちらかだ。俺も持ってはいるが、教習場以外で運転したことなどないし、そもそもとった目的は百パーセント後者だ。AIだけなら交通事故も渋滞も起こらないから、誰も自分で運転しようとする者を歓迎しない。

機械が間違えないのはいつものことだが数分歩くと目的地の目の前にいた。一度くらい間違えたりしないかと期待してみるのももう何万回目だろうか。

再び思考の海に沈みそうになるのを小枝が引きとめた。

「じゃあ、行きましょうか。」

「そうだな。」

返事をして階段を上る。その足は不思議と軽かった。今回の取引先は運転免許証が必要な相手だ。階段を上っていくと家主のアンティークの趣味が伺える。掃除ロボの出入りも拒否しているらしい。久しぶりに埃っぽさを感じる。

周りには偏屈だと迷惑がられているだろうな、などと失礼なことを考えながら階段を上りきると手狭な廊下の先に扉が見えた。扉には木製の板が掛けられていて「旧宝堂」と書かれている。取引先で間違いない。

コンコンとノックしたが、応じる者はいない。仕方なくノブを回してみると鍵はかかっていないようだった。失礼しますと言いながら扉を開ける。蝶番のきしむ音がした。ついでに鈴の鳴る音もする。蝶番の扉など残っていたのか、と家主のこだわりの深さに驚いた。見上げると扉に鈴が着いている。

そのまま入っていくと応接用と思われるテーブルの上に丁寧な字で書置きがしてあった。どうやらちょっとした用ができたから十分ほど待ってくれとのことらしい。

仕事の性質上、やり取りに数時間かかることもしばしばなので十分など誤差である。小枝には応接用のソファに座ってもらって自分は店の中を歩き回ってみる。歩くたびに床がきしむ音がするのも、床まで木製だからであろう。

落ち着いた雰囲気の店だった。忙しい世の中でふと羽を伸ばせるようなそんな優しさを内包している。ちょっとした世間からの隠れ家のようだった。

店の各所には怪しげな置物があちこちにあり雑然としているように見えるが、よく見てみると統一感があるのが分かる。華美なデザインのものから、地味なデザインのものまで多種多様なものがあるのに、不思議とちぐはぐな感じがしないのだ。そこにある調和は明らかに、特定の個人が信条をもって並べたであろうことを語っていた。アンティークへの愛がひしひしと伝わってくる。

ちょっとした博物館だな・・・ 感心しながら見ていると時間が経つのを忘れていたらしい。気づけば十分が過ぎていて、この店の主が戻ってきていたことを蝶番のきしみが告げる。

小枝が小声で合図してくれてようやく気づいた。ようやく振り向くとこの店の主と思われる人影はもう入ってきていた。普段から所作が静かなのかまるで気がつかなかった。人が入ってきたのに気づかないなんてちょっと気が抜けすぎてるな、と反省していると、相手が手袋をとって手を差し出してきたのが見える。

こちらもそれに合わせて相手の姿を見たとき、俺の中に驚きそしてそれから静かな納得が広がった。この店はまるで世界から切り出した異空間のような雰囲気だったが、この店主は浮き立ったこの空間を静かに折りたたむような静けさを備えている。頑固とも言えるくらいな頑なさを持ちながらも、決して押し付けがましい印象を与えないこの店の雰囲気は明らかに目の前の店主の雰囲気と合致していた。

だがその落ち着きとは対照的に店主は明らかに少女と形容すべき姿形であった。顔を上げた俺の目の前に立っていたのはまだ十代くらいの少女だったのだ。髪は若紫色で少しくせっ毛だったが帽子をかぶってごまかしている。西洋風のドレスを身に纏い、ドレスは少しごてごてした印象だったが本人の清楚な印象と合わさって奇妙なバランスを醸し出していた。

一瞬見とれたように動きを止めた俺に彼女は口を開く。

「はじめましてなのです。この旧宝堂の主を務めていますセレーナという者なのです。」

そして名刺を差し出されて、あわてて返事をする。

「レガシー第7支部副所長の天狼明人と申します。」

言いながらこちらも名刺を差し出した。

すると再び小枝が小声で合図を送ってくる。

「副所長。身分証明証見せないと。」

そうだった、こんな時のための運転免許証だと、取り出そうとすると、セレーナは手で制止して大丈夫なのです、と言った。

俺が不思議そうな顔をするとセレーナは少し表情を緩めて言う。

「私の店の中を歩き回っている様子を見ただけで十分なのです。」

「鑑識眼って意味ですか?」

それを訊いた俺を怪訝そうに小枝が見つめる。当然彼女にも分かっていた。少なくとも店内においてある置物の中に値打ち物は一つも無かったのだ。

するとセレーナは微笑して言った。

「違うのです。アンティークへの愛なのです。近頃、魔術なるものが流行ってからというものそっちの使い道で価格が決まってるのです。そしてその目でしか見ない人には何の価値もないものばかりおいてあるのです。でもあなたはじっくりと鑑賞していたのです。検分ではなく。」

「いやはや、こちらも試されていたわけですか。」

ようやく余裕が出てきて彼女の日本語が少し奇妙なことに気がつくが、それ以上にこの隙の無いようなやり取りを俺は気に入っていた。無論、先に試したのはこちらなのだが。

「実はここにおいてあるのは数世紀前は高価だったものばかりなのです。」

AIが本格的に稼動し始めたのは丁度数世紀前ごろである。活躍したての頃は真新しい技術に人々は盛り上がっていたらしい。そして、古い物が顧みられなくなり始めたのもこの頃である。

「美術品としての価値は高いと?」

そんな事実を思い出し最近の骨董商はすっかり忘れている物の価値というやつを口に出す。

「そういうことになるのです。もともと営利目的で作った店ではないのです。」

そうすると彼女も美術という言葉に嬉しそうに笑ってあっさり営利目的ではないなどと言ってしまう。こういう少数派の趣味を持つ者というのは早く打ち解けるものだ。

「なるほど。」

「よければ一つ差し上げるのです。大事にしてくださるのなら、ここに置いておく必要もないのです。」

願ってもない提案だった。仕事としてお邪魔している身としては、個人的に購入したいなどなかなか言い出せそうにないと思っていたのだ。しかも「くれる」とは。

あわててさっき特に気に入った置物などを思い浮かべてどれにしようか考え始める。

と、横から肘でせっつかれた。小枝である。

「個人的な趣味もいいですけど、それはまた今度にしてください。ここに来た用事忘れてませんか? とりあえず取引の話をしないと。」

言われてそういえばそうだと、思い出す。

「そうでしたね。とりあえずそっちの用件を片付けてしまいましょう。」

すると彼女の態度も改まったものになって、立ち上がった。

彼女の纏っている穏やかな空気が一変する。さっきまで穏やかだった空間が一気に緊迫感を帯びた。

「分かりました。とりあえずここに持ってくるのです。」

彼女が奥の方に取りに行くのが見えて、俺はすわっているソファに背中を預けた。

どうやら個人的には好ましくても会社の商談の相手としては厄介そうだった。

「どうなりますかね。」

雰囲気を察してか小枝もどこか不安そうである。

「まあ、とりあえず何が出てくるかによるだろうな。」


しばらくしてセレーナが戻ってきた。

少し大きめの箱がその手にあり、静かに応接テーブルの上に置いた。箱には仰々しい注連縄っぽいものがついている。雰囲気はどちらかと言えば和風で、洋風なものが多い中では違和感があった。箱はどういう材質なのか半透明でその中には黒っぽい石のようなものが入っている。

一体中に何が入っているのか問うと逆に訊き返される。

「お答えする前にまず、あなたは何だとお思いになります?」

また試されているのだろうか? やはりこの緊迫感は冗談ではないらしい。顔を離して相手の顔を伺いながら考える。ここで何と言うかでその後のやり取りが全く違うものになることもあるのだ。適当に答える訳にはいかない。

改めてケースをよく見てみたが、半透明な箱は中の正体をはっきりとは教えてくれない。だいたいの大きさとどうやら黒っぽいらしい、ということしか分からないのだ。ひょっとしたらケースにも特殊加工が施してあるのかもしれない。

「このケースに触れてもよろしいでしょうか?」

せめて重さくらい分からないことにはどうしようもない。彼女の無言の首肯を待って、手袋をすると慎重に持ち上げてみた。

重い。

最近、世の中は高分子化合物であふれ、木すらほとんど見ることはない。だが、これは木などよりはるかに重かった。こうまで重いとなると、金属か岩か・・・

ふとガタッと音がしてケースの中で物の動く音がした。表面がゴツゴツしているらしいのは明らかだった。

岩か・・・

隣で自分と同じく手袋をはめた小枝にケースを渡しながら考える。

だがすると明らかに不自然である。

このケースには注連縄がしてあった。だから神道系であることは間違いないが、そういう霊験あらたかな岩とかそういったものはずっと同じ場所に置いてあるということに価値があるものである。どんなケースに入れたところで移動してしまっては元も子もない。

移動してしまっても問題ないもの・・いや、そもそも移動したことのあるもの・・・

とそこでひらめいた。

「ひょっとして殺生石ではないですか?」

殺生石というのは、九尾の狐が玉藻の前と名乗り上皇に取り入っていたものの正体がばれ討伐されたときになったとされる石である。その後は玄翁和尚によって砕かれ各地に飛散したとされる。移動先でも霊力は維持されていたらしい。

隣でケースを検分していた小枝がびっくりしたように言う。

「確かに神道系の岩って感じですけど、殺生石というのは話が飛びすぎじゃありませんか?」

客とこういうやり取りをするときはいつも小枝がこういう役回りをする。少し抜けたところがある俺としっかり者の小枝。無論、仕事の分野なら小枝に劣らぬ自信はあるが、間違えることもある。そういうとき二人揃って無能扱いされるわけにもいかない。そうならないために、いつも小枝にはこうやって異議を挟んでもらうことにしているのだ。特にこのようななんとも確信が得ずらいようなときには。

だが今回はどうやら当たりを引いたらしかった。

驚いたようにセレーナが言う。

「何故そう思ったのです?」

訊かれたのでさっきの考察を述べると彼女は感心したように頷いてくれた。どうやら第一関門は突破できたらしい。

「では、そう思ってくださったなら大丈夫です。」

言って小枝が机に戻したケースを取り上げると、再び渡してくれた。

「お調べしていただけます?」

魔術が流行るようになってからというもの、突然危険なものが出てくるということは珍しくなかった。何せ今までただの骨董品だったものが突然力を持つ物だったということになるのだ。喜ぶ者もいれば気味悪がる者いるなど、受け取り方は人それぞれだが、どちらにせよ、まずは真偽を確かめてからということになる。そういう時に俺達のような業者が呼ばれることになるのだ。

「では持ち帰って調べさせていただきます。」

ちょっとしたアイテム程度ならその場で判断することもできるが、殺生石のようなものとなると迂闊に調べてみる訳にもいかない。どうしても専門の施設で厳重な管理の下行う必要がある。クライアントがそうだと言っても間違えていることだってあるのだ。もしそれがとんでもない災厄を撒き散らす類の物だったら間違えました、では済まされない。

そして、当然相手もそのことは分かっているのか、すんなりと了承してくれた。

「了解したのです。いつくらいまでには分かるのです?」

「一週間以内には。分かり次第こちらからお知らせします。」

うちの所長の機嫌次第なんだよなぁ~などと思いつつとりあえず確実な日程を告げる。雰囲気から予想されたのと違って、スムーズに進んだなと驚いていた。さっきの謎解きはなかなかに負担だったが。

「ではこの書類にご記入お願いできますか?」

貴重なものである。預かるだけとはいえ、同意を確認する書類は必須だ。

だが、この書類がまた面倒なのである。預かり物を調べるだけなら簡単に思えるが、万全を期したとしても蓋を開けてみれば何が起こるか分からないものだ。預かり物が予期せぬ危険なもので突然暴走しそうになったりしたら破壊するしかないこともある。そんなことがあっても大丈夫なように同意してもらわなければ持ち帰ることもできない。

だが、彼女が破壊した場合について、要求した補償金は0だった。

驚いて思わず言ってしまう。

「よろしいのですか? もちろんなるべく傷つけずにお返しできるよう最大限尽くしますが、残念ながら完全に保証することはできませんよ。」

だが本当に彼女は気にしていないようだった。

「よいのです。壊れてしまったなら壊れてしまったで、そういう運命だったと思うまでなのです。」

どうやら本気らしい。今までそこそここういうやり取りはしてきたが、補償金0でいいなどといわれたのは初めてだった。この店の雰囲気を見れば、別にどうでもいいと考えるタイプの人間ではなそうなのだが。

だが戸惑っているうちに当のセレーナは流麗な軌跡を描いてペンを進めながら、最後のサインまでいってしまっていた。そして一瞬乾くのを待つと丁寧に紙の端を持ってこちらに手渡してしまう。

どうやら一番面倒だろうと思っていた部分はもう終わってしまったらしい。

まだ戸惑いがなくならないまま紙を受け取るともう手続きは終わってしまったことに気づく。セレーナもそのことが分かっているのか自分から立ち上がった。 どうやら見送ってくれるらしい。

それを受けてこちらも立ち上がると慌てたように小枝が保管用の金庫に預かり物を入れ始める。

扉へ向かうとまた木の軋む音が聞こえた。本当に心地よい店だと再び感じる。不思議と戸惑いも晴れて落ち着いている自分がいるのが分かった。

蝶番の軋む音を楽しみながら扉を開けると、ふとセレーナがよろめいた。慌てて抱きとめる。

すると少し悲哀を帯びた声でセレーナが言った。

「申し訳ないのです。やはり杖がないと駄目なのです。」

そう言うとセレーナはほとんど予備動作なしに魔術を発動させて、どこかから杖を引き寄せてきた。そして少し硬直したように俺によっかかったその身を離す。

この年齢でなぜ杖などと思って足元に目をやるとドレスの隙間から金属製のつま先が覗いているのが見えた。

彼女は気づかれたこと察して微笑しながら言った。

「別に大したことではないのです。なるべく分からないようにしているのですが。」

誰にも、探られたくないものというものはある。どうやら杖も人前では使いたくないようだった。だから深追いしないで黙っている。

すると相手もそれ以上は何も言わず

「ではまたなのです。次に来る時までに何が欲しいか考えておいて欲しいのです。」

どうやら小枝の横槍があってもこの話は流れなかったらしい。

「それはありがとうございます。ではまた今度。」

するとセレーナはふと思い出したように告げる。

「今日は試すような真似をして申し訳なかったのです。」

どうやら彼女はさっきのやり取りを気にしていたらしい。さっきのくれるという申し出もこのことを気にしているからだろうか? だがこっちとしてはそんなに悪い気のしないやり取りだったというのが本音である。

「そんなことないですよ。なかなかに楽しませてもらいました。」

すると彼女も安心したように笑って

「今は私は客ですが、あなたと私は同じ趣味を共有する友人でもあるのです。どうかそれを忘れずにいて欲しいのです。」

今日が初対面だよな、という顔をして俺が驚いていると、彼女は笑って言った。

「私にとってはあなたの私の店を見る様子だけで十分だったのです。それともご迷惑なのです?」

慌てて否定する。

「そんなことはありませんよ。」

すると彼女は笑って言った。

「なら今度からは名前で呼んで欲しいのです。丁寧語もなしです。ではまたなのです。明人さん。」

微妙に戸惑いながらも丁寧語を解除する。相手から言ってきたとはいえ、習慣で客にたいして丁寧語を使わないというのは違和感が伴うものだ。

だが普段の自分を思い出して舌に乗せる。

「ああ、また今度なセレーナ。」

する彼女は嬉しそうに手を振って最後に小声で言った。

「砕いてこその殺生石なのです。」

どういう意味だろうかと訊こうとしたが彼女はもう扉を閉めてしまっていた。

だがこのとき俺は今の言葉の意味をあまり深く考えなかった。取引が終わってしまった時点で俺の頭は仕事から離れ、骨董品のことで頭が一杯になりつつあったのだ。


初投稿です。ペースはまだ決まっていませんがぼちぼち投稿していきたいと考えております。

好悪を問わず、何でもご意見募集中です。

よろしくお願いします。

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