天地創造~DESTINY 0~
――穢れを祓うことはできたのか。
――えぇ、無事に浄められました。アサギ様は。
――待て、その名を呼ぶな。名を与え、『個』を認識させることは避けよう。また愚かなことを繰り返す。
――諦めの悪い御方ですこと。
そんな声が、聴こえていました。
穢れとはなんですか。
祓うとはなんですか。
浄めるとはなんですか。
アサギとは、なんですか。
宇宙は何処までも果てしなく続いており、終わりがありません。
端など、存在しないのです。
それを『メビウスの輪』と呼ぶのだとか。
ただ、そのことを知っているのは極僅かのモノだけだそうです。
とても、難しいですね。
私も全く知りませんでした。
私は『宇宙の創造主』と呼ばれているらしいのですが、本当に創造主なのでしょうか。
宇宙を創生した記憶など、ないのに。
私は、一体何なのでしょうか。
私は、どういうカタチをしているのでしょうか。
私の仲間は、何処にいるのでしょうか。
それとも、何処にもいないのでしょうか。
誰か教えてください。
私は一体、ナニですか。
宇宙はどのように始まり、どうして今も存在しているのでしょうか。
私は何も、していないのに。
何も、解らない。
私が自分の存在に疑問を持ち始めたのは、ある事がきっかけでした。
こんな私にも、会話をしてくれる個体がいました。
惑星、と呼ばれる宇宙に浮かぶ天体です。
話しかけてくれて、頼ってくれて、嬉しかったのでしょう。
私は彼らの言葉に頷きました。
その言葉が何を指すのか、特に考えず。
「はい、わかりました」
そう答えると彼らはとても嬉しそうだったので、そう言い続けました。
「はい、わかりました」
「はい、わかりました」
「はい、わかりました」
この言葉が私の全てだったように思います。
これしか、言えなかったのかもしれません。
惑星たちは、その体内に膨大な量の命を宿しているそうです。
多種多様の種族は、惑星で産まれるのです。
すごいですね。
……では、私はなんなのでしょうか。
体内に命を宿さない私は、彼ら天体とは違うモノです。
私だけ、違うのです。
だから、気味が悪い。
ただ、『命』が何なのか、私には分かりません。
私の中にも命というものがあるのでしょうか。
「はい、わかりました」
私にはこの言葉しかないけれど、『わかりました』が解らない。
『いいえ、解りません』
これが正しい言葉だったらしいのですが、私にはそれすら分かりませんでした。
私はとても惨めで愚鈍で浅ましい出来損ない。
では、多くの生命は誰が護り救ってくれるのでしょう。
自分の行動に違和感を覚えた私は、もっと知識を付けようと、宇宙を散歩する事にしました。
基本、私は『マリーゴールド』と呼ばれているらしい高赤方偏移天体付近にいたそうです。
全てが曖昧ですみません、よく、解らないのです。
ともかく、そこから行ける場所まで行ってみる事にしました。
惑星一つ一つを、覗いて回りました。
水で覆われた惑星、何もない荒涼とした惑星、華やかな建物が並び立つ惑星、惑星と言っても、様々な種類がある事を知りました。また、惑星ごとは勿論のこと、同じ惑星でも全く異なる『言葉』を使用し会話をする事を知りました。
私と惑星らも会話していますが、その言葉は、生命体には理解不能の超音波らしいです。
自分が知らなかった世界が広がっていて、驚きました。
何処を見ても目新しくて、私は夢中になりました。
惑星達は皆親切ですが、中でも『マクディ』という紫銀の惑星は、とびきり優しく接してくれます。疑問を投げると、返答してくれるのです。
私は、彼に様々な質問をぶつけました。
「教えてマクディ。生命体は何処から来ているの? 何故増えるの?」
「アサギ様。生命体は、子孫を自ら増やしていくのです」
そうでした、私にも一応名前がありました。アサギ、といいます。その名は誰がつけてくれたのか、もう憶えていません。
「それは一体、どういうこと?」
私は、知りました。
二人一組となり、新たな命を産むという事を。勿論、全ての生命体がそういうわけではないそうですが、『一人では出来ぬ行為』だと胸に刻みました。
そうして、漠然と羨ましくなりました。
新たな命を育むということは、一人ではないという事なのだと痛感しました。
では、私と共に新たな命を育んでくれる相手は、何処にいるのでしょう。
命を共に創る相手の事を『運命の恋人』と呼ぶと、惑星マクディが教えてくれました。
私は、運命の恋人に逢えると良いなと思い、散歩を続けていました。
本当は、数多の惑星らに止められていたのです。宇宙が不安定になるから、マリーゴールドに鎮座して欲しいと。
ですが、私は好奇心に勝てずに散歩を止めませんでした。
宇宙を渡り歩いていたら、私の存在を知っている生命体に出会う事もありました。
皆、それぞれ独特な呼び名で私を呼んでくれていました。惑星ら曰く、そういった生命体とは相性が良いそうです。「大地の事を真剣に愛し、考えている種族だ」と言っていました。
また、比較的植物らは私の存在を知っており、声もかけてくれました。惑星ら曰く、「大気に感謝し、自然に身を委ねている種族だ」と言っていました。
私に賛歌や祈りを捧げてくれる種族達もいましたが、私は彼らに何か出来ているのでしょうか。何も施していないのに崇め奉られ、とても申し訳ない気持ちになりました。
見渡せば、小鳥も、兎も、馬も、そうして『人型』と呼ばれる生命達も、常に誰かと寄り添っています。私はその姿が至極幸福に満ち溢れているようで、見ていて安らぐと同時に悲しくもありました。
私の隣には、誰もいません。
けれど、ある時から幸せな彼らの姿を見て居られれば良いと思い始めました。
ある日「魂の坩堝」の付近を通りかかりました。
ここは、死に絶えた生命体が吸い込まれる場所です。ここで、新たな命を吹き込まれ生まれ変わるのを待つらしいです。同じ惑星へ行く事もあれば、遠く離れた場所へ呼ばれる事もあるらしい、不思議なものです。どうなるのか、誰も知らないそうです。
私は、本当にこのようなものを創ったのでしょうか……?
宇宙の散歩をして、生命体の観察をして、私は有意義な時間を過ごしていました。あっという間でしたが、どうも生命体から見たら気が遠くなるような時間らしいです。
私は生命体のように「死」がないので、忙しなく生きずともよかったのです。
そうして私は、自分の事を「宇宙の創造主」ではなく、「宇宙の傍観者」と考える様になりました。
必要以上に干渉せず、ただ、羨望の眼差しを向けるだけの存在だと。
惑星マクディから、新たな情報を聞きました。運命の恋人は大体雄と雌だそうです、子を作るのには大切な事らしいです。
では、私は雄なのか雌なのかどちらなのでしょう。
訊ねてみると、マクディは「雌かもしれない」と教えてくれました。
私は自身の姿を見る事が出来ないので、何故そう思ってくれたのかよく解りませんでした。が、『ヒトガタ」に似た容姿をしているらしい私が雌に見えたのでしょうか。
それ以来、私はなるべく雌に注目しました。そうして、大体が衣服というものを身に纏っている事に気づき、真似をしたくなりました。
何故か、と言われますと。
雌に似た格好をしていたら、雄が目に留めてくれるかもしれない、と思ったのです。
マクディに教わりながら、身体に白い物を被せてみました。勿論、布なんてものではありません。ただ視覚に訴えるだけの他愛もない芸当です。
誰の目にも映らぬというのに、それでも私は嬉しかったです。
少しだけ、仲間に加われた気がしました。
ある日の事でした。
惑星マクディと会話した後、彼の中を覗きました。
そこで、可愛らしいお家を見つけたのです。小高い丘に建つ小屋の周囲は、緑豊かな森が何処までも続いていました。惑星マクディは水の惑星とも呼ばれていますが、こうした雄大な森も抱えています。そのお宅のお庭には、色彩溢れる花が咲き乱れていました。たわわな実が畑から顔を覗かせていました、きっと、愛情を注いで育てている生命体が住んでいるのだろうと思いました。
私は森に降り立ち、ニンゲン……マクディが生命体のことをそう呼んでいたので……と同じ様に地面を歩いてみることにしました。実態がないので大地を踏む事は不可能ですが、気分です。真似事です。
森から小高い丘は、石畳が続いていました。ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして上っていくと、家の前に到着出来ました。そうすると、真っ赤な郵便受けがあって、鶏が走り回り、牛がのんびり牧草を食べています。
そうして、私は見たのです。
「こんにちは」
不思議そうに私を見たヒトがいました。その家の主らしいです、とても精悍な顔つきをしていて、でも瞳がとっても可愛らしい、素敵な青年でした。
つまり、雄でした。
私は小さく笑って、周囲を見渡しました。
この青年のお客さんが来たのだろうと思ったのです、だって私の姿など見える筈がない。
ところが、私の周囲には誰もいませんでした。
「何処から来たんだい? 迷子?」
ゆっくりと近づいて来た青年に驚いて、私は逃げ出しました。
途中、その青年と同じ色した紫銀の髪で、ドラゴンという生物に跨った雄ともすれ違いましたが、そのヒトはやはり私には気づきませんでした。
そうでしょうね。
何故か息苦しいような気がして慌ててマリーゴールドに戻った私でしたが、ふと思ってしまいました。
――もしかして、今日私に話しかけてくれた雄が、私の運命の恋人なのでしょうか!
そう思うと、居ても経っても居られなくてまた散歩に出掛けました。
紺青の夜空を二つに区切る様に淡く白く滲む星の群生を潜り抜けて、私は様々な惑星の生命体に会いに行きました。もしかしたら、観察し勉強を続ける内に、自分の姿を見て貰えるようになったのかもと思ったのです。
ですが、やはり気づいて貰えません。
そうして、また惑星マクディの例のお家へ足を運びました。
窓から覗き込むと、彼は安らかに眠っていました。
身体中が痺れるような感覚でした、私に身体があるかどうかは別として。
まるで、ふわふわ浮いているようでした。どう表現したら良いのでしょう、とにかく甘く切なく、苦しいのです。
ヒトは、大体朝に行動するそうなので、私はその雄が起きる時間まで待っていました。
「あれ? 迷子ちゃんだ。家出?」
粉のように白っぽい朝の陽ざしを眺めていたら、声をかけられました。
『あ、あの』
「あぁよかった、今日は逃げなかったね。おはよう、それで、どうしてこんな辺鄙なところにいるのかな?」
なんということでしょう!
やはり、この雄は私が見えています!
おまけに、会話してくれました!
信じられません、今までそんな生命体はいたでしょうか!?
私は嬉しくて嬉しくて、そこから先、何を話せば良いのか解らなくなって、ただ微笑んでいました。
多分、微笑んでいました。
その雄の名は、トランシス、といいました。
私は、トランシスの家に頻繁に遊びに行きました。
ずっとここにいたかったのですが、惑星達が戻る様にと言うので、戻りましたが、すぐに遊びに行きました。
そうして、時間の流れを目の当たりにしました。
トランシスは、会うたびに成長していきました。ヒトは、時間の流れが私より随分と早く、おまけに短命な種族だそうです。
初めて会った時は十七歳だったらしいのですが、今は二十七歳になったそうです。
トランシスは妙な物体の私にも、お皿やお洋服を用意してくれました。お皿に至っては、木から作ってくれたのです。
私は、それに触れることすら出来ないというのに。
とても、申し訳ない、申し訳ない、恥ずかしい、恥ずかしい……。
トランシスの双子の弟や、友人達が遊びに来たりもしましたが、誰も私を見る事が出来ません。
ある時は、コンヤクシャであるガーベラという名の美しい雌がやって来ました。婚約者=運命の恋人だと思っていた私ですが、トランシス曰く違うそうです。
私は、訊ねました。
『貴方は、どんな人を伴侶に選ぶのですか? ツガイも婚約者も運命の恋人も同意義ですよね? 教えてください、優しい人』
トランシスは、言いました。
「豊かな新緑色の柔らかく艶やかな髪に、温かみのある光を帯びた大きな瞳、軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇を持ち。まるで少女達の夢物語、御伽噺の中のお姫様のような愛くるしい顔立ちは、見る者全てを魅了してしまうと言っても過言ではない……た、多分そういう子を選ぶ」
ふむふむ。そういう雌ならば、トランシスのツガイに選んで貰えるのですね!
夕陽の様に真っ赤な顔になったトランシスに、私は笑いました。
あぁ、そんな雌になりたい、なりたい、なりたい。
そうして、傍にいたい。
トランシスの、傍にいたい。
『あの、では。ツガイの雌に出会えたら、トランシスは何て言うのですか? 「子作りしましょう」とかでしょうか」
ツガイになるということは、子孫を残すということなので、そういうことですよね。
盛大に吹き出したトランシスは、更に顔を真っ赤に染めました。
一体、どうしたというのでしょう。
「そ、それは非常識だよ、変態だ。だから、そうだな……こうしよう。オレと結婚しよう、だな。うん。飾り気のない言葉だけれども」
なるほど、結婚しよう!
憶えました、『結婚しよう』!
私は、トランシスに「結婚しよう」と言われる雌になりたいです。
そういう雌になって、彼に逢いに行きたいです。
今のままでは、とても、無理……。
「あの、トランシス。私は、貴方と同じ“ヒト”になろうと思います。待っててください、私、ヒトになって必ず逢いに行きます。そうしたら、また。
色々教えてくださいね!」
こうして私は、疾風に乗って宇宙に還りました。
トランシスが慌てて追いかけてきて何か叫んでいましたが、ヒトになると決めた私ははしゃいで大きく手を振ったのです。
ツガイに選ばれないかもしれません、けれど、資格を持って貴方に逢いたい。
もし、よかったら。
私を、選んでください。
私は、貴方の為に頑張ります。
一生懸命、ヒトになります。
気に入ったらで構いませんから。
だからどうか、私を見てください。
私は、惑星達から猛反対を受けました。
けれど、しつこくしぶとく説得し、どうにか御許しを貰ったのです。
「私、トランシスに逢いに行く!」
こうして、魂の坩堝に身を投げました。
身と言っても、そもそも身体なんてありませんから、意識だけです。魂なんてものもないですし。
私は、トランシスに、逢いたい。
それだけの願いで。
宇宙の創造主たるものが身勝手な行動に出てしまいましたが、その時の私は、とても充実感に満ちていました。
***
魂の坩堝に入ったところで、すぐにヒトに生まれ変われるものではない。
消えてしまったアサギに絶望し、トランシスは泣き叫んだ。
同じ人でなくても、彼はよかった。
子孫を残さずとも、彼はアサギを欲した。
そのままのアサギがいてくれさえすれば、それで十分だったのだ。
トランシスは、アサギの為に契約の腕輪を用意していた。それは、伴侶は同じ腕輪を填めるという風習があるこの土地ならではの婚姻の証だった。また、花嫁には婿が花冠を作り渡すのだが、それも常に用意していた。
アサギが何者か解らずとも、トランシスは真剣に結ばれる心意気だった。
二人は、まさに運命の恋人だったので。
しかし、アサギは戻らない。
弱り果てた彼は食べることも眠る事も出来ず丘の上でアサギを待ち続け、彼の双子の弟が駆け付けた時にはすでに遅く、ついに死に絶えた。
残された者の絶望を、アサギは知らなかった。
そうして、物語は幕をあける。
お読みいただきありがとうございました。
■最初のイラストは頂き物です。
■二枚目のイラストは自作です、描き直したい(ノД`)・゜・。