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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 拾壱章・焔を掲げろ】
173/220

[零11-6・摂理]


0Σ11-6


 駆け寄ってこようとしたレベッカを振りほどいて、ウンジョウは震える足取りで通路の壁にもたれかかる。

 腕にはハッキリと歯形が残っており、血が滲み出していた。ゾンビに噛まれたという事実に視界が暗転しかける。額から一気に汗が噴き出し始める。

 感染率は90%を越えるこの病は、その原因が未だ分からない難病である。感染した人間からの血液感染によって発症し、理性と呼べるものは消失し見境なく食欲のままに人間を襲いだす。抗体の有無は実際に噛まれるまで分からない病。

 その表情を蒼白とさせて、口元を震わせるレベッカの姿が見えた。


「発症までの時間は十数秒から一分……」

「なんで、そんな……」


 意識が遠のきそうになる。激痛とは違う、何かが身体中を這い廻っているような感覚。奥から湧き上がってくるような衝動と頭が割れんばかりの頭痛。

 これは、駄目か。とウンジョウは諦観を抱く。


「あの日、お前の両親が死んだ時。俺がお前の両親を撃ち殺した時」


 語る言葉は、いつも心の片隅にあって。それでも口にしなかった言葉。レベッカに伝えるべきであって、そして伝えるのを躊躇っていた言葉。


「強くなれ、と言った。お前の父親が死んだのは弱かったからだと思ったからだ。全てを救おうとして何も救えず、それどころか全てを喪った哀れな男だ」

「何を……言って!」

「俺はアイツに死んで欲しくなかった! 全てを喪ったのはお前だけじゃない!」


 あの日、誰が死に誰が生き残れば良かったのか。何度もそれを考えてきた。そんな問いに意味はなく、そんな問いに答えは無く。ただ一つ言えるのは幾つもの「if」を重ねても全てを選ぶ選択肢はなかった。

 遺されたのは一人の幼い少女で。ウンジョウにとって、それは呪いでもあり救いでもあった。彼女が戦う事を決意して彼に銃の扱いを教えてくれと懇願した時。何処か救われた様に感じた。

 自分達が辿ってきたのが過ちであったのなら。それが弱さの結果であったのなら。彼女に同じ道を歩ませずに済むと思った。その指が引き金の感触を覚える度にいつかの影を忘れることが出来るだろう、と。


「だから、お前は強くなれ……、俺やっ、アイツの様には、なるな」


 意識は消えそうで、既に上手く身体も動かなくて。

 急激に視界が眩むのをハッキリと感じた。体内の血液が沸騰している様に熱く、そして中で何かが暴れまわっている様な感覚。喉を灼き内臓と脳が何度も違和を訴える。

 内部から湧いてくるのは吐き気と渇望と飢えと渇きと衝動と欲望と食欲と。

 それでもその先の言葉を、未だ吐き出す。祈りでも呪いでもなく、ただ先へ進む為の言葉を。


「この世界は零和-zero sum-だ……何かを救えば、何かは救えない……何かを切り捨てれば何かを救える」


 それが世の摂理ではないのだろうか。

 いつだって世界は零和でしかない。世界の何処かで幸せが生まれる度にそれは誰かを踏みにじる。世界中に散らばっている不幸を少しずつ救っていく度に、どこかの幸福は少しずつその身を削る。

 だからこそ。


「あたしはっ!」


 薄れゆく意識と霞む視界の向こうで。

 レベッカがその顔を歪ませて。幾つもの感情をそこに埋め込んで。震える手でハンドガンを握り締め、その銃口を向ける先と引き金にかける指に惑う。

 それではきっと、駄目だと。ウンジョウは声を振り絞る。


「……だから、今のお前はきっと正しい……」


 銃声が、終わりを告げた。



 静寂が這い戻ってきて、その中で一人レベッカは立ち尽くす。硝煙の臭いには血が混じり床には赤黒い海が広がる。

 両親を撃ち殺した相手を今自分の手で撃ち殺し。其処に何かの感慨が生まれるわけでもなかった。両親の死には誰の責任も無いと気持ちは整理を既に付けていて。

 だからこそ彼から謝罪が欲しかったわけではなく自責の念が欲しかったわけでもなく。何よりも、彼自身についての言葉が欲しかった。

 今まで、5年間を共にしても決して多くを語ることはなかった。その無表情の裏に隠した何かを見せて欲しかった。全てを喪った、なんて叫びをもっと早く聞かせて欲しかった。


「……みんなが強いわけじゃないんです……」


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