[零7-2・脅迫]
0Σ7-2
「フレズベルクはゾンビを食べないのに、ですか?」
「あくまで例え話よ。フレズベルク側にも何らかのメリットがあるのかも。そもそもあの猛禽類の事も殆ど私達は分かっていないのだから。何を食べているのか、すらね? 本当はゾンビを食べている可能性だってあるわ、私達がそれを観察出来ていないだけでね。ゾンビとフレズベルクが共生関係にあるか可能性だって否定できないわ。共生関係は自然界において、決して珍しい事ではないし」
「その……」
少し顔を背けながらも話を聞いていたレベッカが口を開いた。
「どうしてそんな、人類に敵対するようなウィルスが出現したんでしょうか」
「それが彼等にとって最も生存戦略に適した形だった、という事でしかないわ」
進化に優劣は存在しない、正解もない。最終的に環境において生き残ったかどうか、その生息域を拡大できたか、の価値基準しか存在しない。明瀬ちゃんはそう語っていた。
ムラカサさんは言葉を続ける。
「そこに善悪は存在しないわ。いえ、自然の全てを人間の価値基準で評価しようとする事自体がおかしいのよ。自然界の現象は私達にとってどんなに不利益な事であっても、そこには何の意志も意味も存在しない。私達が何かを喪えば、逆にそれで何かを得る存在も必ずいるの。例え人類が滅びようとも地球が終わるわけではないわ。その分、何かがまたバランスを取るの。人の造ったコンクリートジャングルが朽ちればそこには、本当のジャングルが生まれるようにね」
「それが今はゾンビだから、そのウィルスだから。だから全部仕方がないって言うんですか」
「まさか」
ムラカサさんが強く言い切った。否定の言葉だった。
「自然に対する畏怖と敬意は盲信とは違うわ。文明と科学によって乗り越える方法を捜してきたのが人の歴史なのだから。だから私はゾンビを研究してるの、いつだってホントに必要なのは認識と論理なのよ」
ムラカサさんの力強い言葉が終わる頃、私達は目的地に到着した。応接室と言われた部屋は、ダイサンのラセガワラ氏の居た部屋と同じ様な部屋であった。やはり多くの部分で設計を共通にしているように思える。効率化、と呼ぶべきものの結果だろうか。ダイイチからダイサン区画はハイパーオーツ政策を受けて始まった人口一極化における先進モデルだとレベッカは言っていた。ダイイチ区画も全く同じ形をしている可能性が高い。
ウンジョウさんの話では、区画はコミュニティ運営において少人数ながらも議会制を取っている。ダイサン区画は議会の権力が大きく、ラセガワラ氏はその議長にあたるポジションであった。区画の維持における様々な施策は議会の承認なしに決定する事はできない。それに対してダイイチ区画はトップの人間に大きく権限が集中しているとの事だった。話を聞く限りはフランスの大統領制に近いイメージを受ける。その選任方法が多少特殊ではあるが。
「この度はダイサン区画において甚大なる被害が発生したという事でお悔やみ申し上げます。ダイイチ区画のクニシナです、そちらの方は初めましてですね」
クニシナさんは剃り込みをいれた短髪が印象に強い、中性的な見た目の女性だった。30後半から40歳くらいだろうか。ウンジョウさんが現在のダイサン区画の状況と事の顛末、そしてビルの一部を奪還するにあたって、ダイイチから戦力を借りたいという事を聞いてクニシナさんはハッキリと言い切る。
「ダイイチに何のメリットがありましょうか」
それは冷静な言葉だった。人々が信じた区画という聖域に穴が開き、それを対岸から眺めている彼女は冷静に問いかける。
そう、価値だ。私は彼女が続ける言葉を黙って聞く。
「もし本当にムラカサさんの言う様にフレズベルクがゾンビを使って人類に危害を加える事を行えるのなら、それが偶発的なのか意図的なのかは別として、ダイイチ区画もその襲撃に備える必要がありましょう。戦力をそこに割くのは得策とは思えません」
「ダイサン区画を見捨てる、と?」
ウンジョウさんが珍しく苛立ちを隠さない様子でそう言った。
「回せる戦力が無いと言うだけです。ダイイチ区画防衛にハウンドを総動員しても数はあまりにも足りないでしょう」
ダイイチ区画は大統領制に近くその選出方法が特殊だと言ったが、その選出方法というのは「最もリーダーにふさわしい」能力を持つ者をデータから選び出すというものらしい。
ダイイチ区画という巨大なコミュニティを運営するにあたって最も適任なリーダー。それに必要な能力と適性を持つ者を、テストによって選び出す。つまり、最も合理的な者を頂点に置き判断をさせる制度だった。その意味を私達は目の当たりにしている。
確かにその判断は正しくはある。だがそれは、言ってしまえばダイサン区画の人間が全て死んだって構わないという事と同義ではある。見捨てるのか、という問い掛けに彼女は肯定こそしてないものの否定もしていない。
そしてそれはダイイチ区画の存続だけ考えれば合理的ではある。その判断を一瞬の内に、そして躊躇いなくしてみせた。
「人が死ぬんですよ!」
レベッカが声を張り上げる。私達はダイサン区画を半ば見捨てるような形で離脱した、あの場でのウンジョウさんの判断を私は肯定するがレベッカにとっては見捨てた様な物だ。私達がダイイチ区画を目指したのはダイイチのハウンドに協力を要請して安全に進入したゾンビを排除する為だった。
それが突っぱねられれば、今までの行動が無駄足になってしまう。
けれども、それを。クニシナさんの判断を。私は否定も糾弾も出来ない。私はそれと同じ事をしてきたのだから。
「初期封じ込めに失敗すれば、数千人単位で死者が出かねません。ダイサン区画の崩壊も在り得る」
「それがダイイチでも起こり得るわけでありましょう?」
「今ならまだ救える」
私は心の中でその言葉を否定する。それでは、駄目だと。彼女の行動原理はもっとシンプルなのだ。例え同じ人類だろうと、他の人を救っている余裕などないのなら、それを容赦なく切り捨てる事がダイイチ区画において正しい形だということでしかない。
故に、口を開く。
「人を一人救えば、ゾンビが一人減ります。それに」
突然口を開いた私に、その場の注目が一斉に集まる。次の言葉を淀まずひるまず、口にする。この言葉でしか届かないと。
「あなたの敵が少なくとも三人は減る。武器を持った敵が」
「脅迫ですか?」
「交渉です」
私は努めて平静に装って話を続ける。
「ダイサン区画の件はイレギュラーな事態です。詳細の調査と早急な解決は今後のデータに活用できると思います。少なくとも、ダイイチ区画で同じ事が起きた時に死者は減らせる」
そう、損得の提示だ。その判断の基準に、無意識の内に他人に期待してしまう「情」と呼ぶべきものが存在していないのなら。私はその解決方法を知っている。
言葉を借りれば認識と論理だ。
「ヘリ一機と一個分隊」
クニシナさんの提示した妥協案にウンジョウさんが頷いた。
「感謝します」




