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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 四章・空転する暫定神話について】
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[零4-3・生活]

 一定時間経つとシャワーは止まり、先程の銀色の箱が開く。

 中にはビニールでパッキングされた服が用意されていた。

 レべッカ達が着ている物と似た意匠だ。

 上下一体のレザースーツといった感じで、着てみると案外肌触りが良い。

 技術の改善か蒸れる感じもなかった。

 ただ、ボディラインが割と出るデザインである事に、多少抵抗を覚える。

 外ではレベッカが待っていた。

「行きましょう」

「服はこれしかないの?」

「みんなそれを着てますよ」

 ビル上層階へとエレベーターで移動する。

 エレベーターの中で、三人組の人々と相乗りになった。

 彼らはやはり私と同じような服装をしている。

 私のことなど気にも留めずにお喋りをしていた。

 2060年代から変遷していった音楽事情についての考察とやらを思い思いに口にしていた。

 その朗らかな会話を続けたまま途中の階で降りていく。

 ずっと違和感があった。

 目覚める直前までは、ゾンビと戦って生死の境を綱渡りしている生活だった。

 なのに、今私の目の前に広がっているのは、平和で清潔で満たされた生活だ。

 そのギャップが埋めきれないのに、それなのに、その綺麗な景色の足元はゾンビに埋め尽くされている。

 エレベーターは最上階の手前で止まった。

 一面ガラス張りのフロアは、その窓の向こうに幾つもの通路が続いていた。

 ガラス張りの窓の向こうには、綿毛をまとめた様な雲が幾つも転がっている。

 高層ビルに切り取られていた空は、此処からはよく見渡せた。

 眼下にはまさしく無数のビルの頭が並んでいて、それらが所々雲に目隠しされて見えなくなった。

 文字通り、雲の上の世界。

 此処からは地上の現状は微塵も見えない。

 窓の向こうに繋がる通路はガラス張りで、それは空中でビルとビルの間を橋渡ししていた。

 レベッカが何かを操作すると、窓が開き通路に足を踏み入れる。

 足元は不透明性の素材になっていて不安感はなかったが、それでも横を見れば空が広がっていて。

 空中を伝ってビル同士を結ぶその橋は放射状に伸びていて、周囲のビル達を連結していた。

 自動歩道になっているようで、足を乗せると床が突然動き出す。

 床の材質に繋ぎ目なんかは見当たらなくて、見ただけでは気が付けなかった。

「ビルとビルの間を移動出来るんだね」

「下に降りるわけには、いかないですから」

「それは、ゾンビがいるから?」

「そうです。それを見越して設計されたわけではないでありませんが、今ではこうやって移動していくほかありません」

「ようやくまともに話が出来るからさ、この時代の事を教えてよ」

 眼下に広がっていたあの光景を思い出す。

 今この場所は、まるで切り離されているけれど。

 それでも、これが立っている場所は地獄の上だ。

 目的地はハイパービルディング群の中心にあるシンジュクGRビルの上階らしく、移動時間が中々かかりそうだった。

 窓の外の青空を見ている私に、レベッカは話し出す。

「2075年、大規模な感染拡大が起こりました。それにより世界の人口は1%以下となり、それ以外は所謂ゾンビとなりました。国家組織、それに準ずるものは消滅。生存者は高層ビルの高層階に集結し、これを生活エリアとしています」

 つまり、地上にはゾンビが溢れて人類はビルの上へ避難した。

 構図としては生存者がバリケードの中で生活しているという、サバイバルとしては正しいものではあったが、それを感じさせない光景を私は幾つも見てきた。

 高層ビルの低層部分で、外界からの侵入経路を完全に封鎖し、生存者は上層階で生活する。

 レベッカは簡単に言ったが、ビルの上層階から出られず、その間を空中の廊下を渡って行き来する生活が成り立つとも思えない。

 食糧だって水だって電気だって、インフラは整備しなければ直ぐに停止する筈だ。

 気になる事は幾つもあったが、ひとまず私の認識齟齬を解消する必要がある。

「ゾンビ感染は2075年が初めての事?」

 私の質問の意図をレベッカは察した様で。

「2020年前後に、そのような大規模なパンデミックが起きたというデータはありませんよ。ゾンビらしき症状を発生する感染病は、今回が初めてで前例がありません」

「分かった。ダイサン区画と言っていたけど、此処みたいなハイパービルディング群が東京にはほかにもあるって事だよね?」

「ダイイチからダイサンまでの区画が存在しています。ハイパーオーツ政策の為に都市部の人口許容量を増やそうという目的で作られた都市区画でしたが、2075年のパンデミックによって国家、行政機関が消滅した今、それぞれの区画が独自の自治権を有しています」

 生存者が安全な土地を求めて、旧東京都内に存在しているダイイチからダイサンまでのハイパービルディング群の区画に集結し、そこで独自のコミュニティを形成する。

 パンデミックによる人口減と社会の壊滅により行政機関は消滅し、そのコミュニティが独自の自治権を獲得する。

 構図としては納得がいく。

 社会インフラはどうやって、と私は聞こうとしたが目的地に着いたようでレベッカが足を止めた。

 ドアの前で彼女は言う。

「今から会うラセガワラさんは、このダイサン区画のトップを務めています」


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