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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【3章・神様に見捨てられても/祷SIDE】
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『3-4・選択』


 明瀬ちゃんが言った言葉の意味が理解できず、私は問い返す。音とはどういう意味か、明瀬ちゃんの言葉が何を指しているのか、私には見当も付かない。


「どういう事?」

「きっと視力が落ちてるんだよ。聴覚に頼ってるんじゃん?」


 ゾンビ映画にありがちな設定だね、と明瀬ちゃんが一人納得していた。こんな時でも映画の話が出来る精神力に、少しばかり感服する。

 私は映画については詳しくないが、彼等が私達の姿を見失い彷徨う姿を見て納得できるものはあった。彼等が追いかけてくる気配は無い。


 渡り廊下を駆け抜けてA棟に辿り着いた。ほんの数十秒の距離が途轍もなく遠く思えてしまう。私の前を走っていた矢野ちゃんが急に足を止めたので、私は体勢を崩しそうになった。顔を上げると、矢野ちゃんが足を止めた理由が分かった。


 嗅覚が麻痺していて、むせ返るような血の臭いに気が付けなかった。A棟校舎の2階廊下も、凄惨たる状況だという事に。渡り廊下の惨状以上だった。


 A棟校舎の廊下の床を埋め尽くす死体と血肉と。そして彼等と。

 彼等が蠢きまわる姿が見えた。皮膚が裂け、筋肉が露出し、身体に空いた穴からは血が零れる。血は生乾きになり破れた制服に散っていた。


 廊下に居るの彼等は十数人で、その中に見知った顔があった。顔色が酷く変色して変わり果てた姿になっていても、ずっと一緒に居たクラスメイトの面影は、嫌という程残っていて。

 友人の変わり果てた姿を見て、矢野ちゃんが無言で私の肩を強く掴む。彼等の口から垂れた肉片、それが滴らせた血の跡の続く先には、クラスメイトの死体の山があった。


 ついさっきまで、あのお昼の時間まで、変わらぬ姿でいたのに。その顔も、その声も、ハッキリと思い出せる程に。

 けれども、それなのに。

 早鐘の様な動悸が、動揺や慟哭が原因ではなくて。恐怖で感覚が麻痺しているのか、涙も嗚咽も出なくて。


「なんで、こんな事に」


 矢野ちゃんが滲ませたその声に、私は正気を取り戻す。此処まで来た目的を、忘れてはならない。

 未だ鳴り響くサイレンの音に、彼等は気を取られている様で、私達の方を見ようともしなかった。

 教室の前の廊下には、生徒毎に割り振られたロッカーが並んでいて、私の表札が付いたロッカーの前まで足音に気を配りながら進む。アルミ製の冷たいダイヤルを回す。指先が急いて何度も目当ての数字を行き過ぎる。


 何処からか女性の悲鳴が聞こえてきた。サイレンの音の間を縫ってハッキリと。廊下の端から断続的に聞こえてきて、それが助けを求めている言葉だと、理解してしまう。

 ロッカーを開けようとした手が止まる。私は手元を見つめたまま、ロッカ-の中から竹刀袋を掴んで取り出す。


 明瀬ちゃんが私の肩を揺すって何かを指差した。廊下の隅に倒れている女生徒が私達に手を伸ばしていた。クラスメイトの佐々木さんだった。気が付きたくなかった。

 佐々木さんの脇腹から流れ出た血が、床に広がって彼女の顔までも汚している。千切れたスカートから覗く太腿の付け根には、その先が無く、伸びきったゴムの様に千切れた皮膚が床を擦る。

 サイレンの音に塗りつぶされている筈なのに、彼女の掠れた声が、助けを請う悲痛な叫びが、私の耳に届いている様で。


 佐々木さんの側に立っていた数人が私達に気が付いたのか、呻き声を上げながら歩き始めた。飛び出そうとした明瀬ちゃんの手を、私は強く掴む。明瀬ちゃんが何かを言おうとして、それでも言葉を呑み込んだ。


 魔女の杖を隠した竹刀袋と部活道具を入れた鞄を担ぐ。廊下にいる彼等の数は十数体。サイレンの音で攪乱出来ている今なら、横を駆け抜けられるかもしれない。


「そんなに数が居ないから……。居ない?」


 私の思考が、何か違和感を訴えた。

 私達が科学室にいる間に、この学校に一体何が起きたのかは分からない。けれども、何らかの切っ掛けで生徒達は人を喰らう化物へと姿を変え、彼等との接触を重ねて、その数を増やした。

 目の前でクラスメイトが襲われる恐怖から、生徒達はパニックになり、逃げ遅れた何人もの生徒が喰い殺された。

 詳細はともかく、大方の流れは予想が出来る。だとすれば。

 彼等の数が少なすぎる気がする。


 A棟2階にあるのは二年生と三年生のクラスで計8クラス。1クラス40人と計算しても、320人の生徒が昼休みこの階に居た。

 彼等の現れたパニックで、生徒が外に逃げようとしたとしても。そうだとしても、幾ら何でも、死者の勘定が合わない気がする。

 この廊下にいる十数人の彼等と、廊下の至る所に倒れ重なった数十の死体と。合わせてみても320人の生徒数には遥かに届かない。

 全員が外に逃げた可能性は確かにある。中庭の惨状とB棟校舎の階段の様子から、外に多くの生徒が居たのも確かだた。

 けれども、ほぼ全ての生徒が教室にいる昼休み。一年生も合わせれば全校生徒500人近い生徒が居るにも関わらず、最も生徒数が集中している2階廊下に、これだけの人数しかいないのはおかしい気がする。


「何か見落としてる気がする」


 そもそも一体、何が起きたのだろうか。これだけの人が短時間の内に、明瀬ちゃんの言う様なウイルスに感染する事があり得るのだろうか。

 明瀬ちゃんが矢野ちゃんに話しかけた声で私の思考は途切れる。


「早く外に出よう」

「駄目だ」


 A棟の階段の下から大量の人の波がせり上がってきていた。呻き声を引き連れた、たどたどしい歩行。無数の彼等が、階段を埋め尽くしていた。階段を溢れ出しそうな彼等の波に押され、その不格好な歩行ながらも無理矢理に階段を上がってきていた。幾重にもなった呻き声が反響して、それが聞こえたのか廊下の彼等も動き出す。廊下の天井を見上げて矢野ちゃんが言う。


「外にいたのが、サイレンの音で集まってきてるのかもしれない」

「じゃあ上に行くしかないじゃん」


 明瀬ちゃんの言葉に矢野ちゃんは迷った様子だった。学校から脱出する必要があって、けれども、この階段を下るのは不可能で。私は途切れた二人の会話を継ぐ。


「今は上に行くしかないよ」


 3階に上がって、彼等から逃げるほかない。私の言葉に矢野ちゃんが遅れて頷いた。

 魔女の杖は手元にあるが、この数をどうこうできる程、私の魔法は万能ではなかった。私が明瀬ちゃんの手を引く。足の痛みが酷いのか苦痛に満ちた表情をしていた。階段の上には誰も居ない様で、私達は階段に向かおうとした。

 その瞬間。その一瞬。

 それは塊の様に見えた。境界線が見えない、一塊の何かが。


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