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そのにい_卵と夫婦喧嘩

奥様になった魔王様と、王国を出奔した聖騎士な旦那様。

尋常ではない御二人の、ごく普通の日常です。

 


「ローズのだ」

「いいえ、旦那様のです」

 奥様と旦那様が食卓を挟んで睨み合い、一歩たりとも譲歩する気配がありません。

 仲睦まじい御二人ですが、その晩は珍しく夫婦喧嘩が勃発しました。



 事の発端は、商店街で買い物をしていた奥様が、乾物屋を覗き込んだ時の事です。

 おが屑が敷き詰められた箱の中に、幾つかの卵が半ば埋められていました。

「ご主人、これは?」

 奥様が(いぶか)しげな表情になるのも無理はありません。

 その卵は、親指ほどの大きさしかなかったのですから。

「この地方の縁起物でね」

 不思議そうな顔の奥様に、最近馴染みになった乾物屋の主人が苦笑します。

「町の年寄連中が春卵と呼んでいる、野鳥の卵さ。数が少ないから、結構値が張るんだよ」

 丘陵地帯の森の中で、地面に巣を作る鳥の卵だそうです。

 そして主人から聞いた値段に、奥様がびっくりしました。

 何しろ、この何倍も大きい鶏の卵より、はるかに高額なのです。

 そして値段を知った奥様は、卵への興味がすっかり失せてしまいました。

 姫君育ちなのにケチ臭い――いえ、節制を心掛ける奥様は、高価な食材に関心がないのです。

 そうとは気付かぬ主人が、さらに話を続けます。

「こいつを一個食べれば一年無病息災、精もついて寿命が延びると――――」

「買います!」

 奥様はビシッと、卵を指差しました。

「一個、ください!」

 大奮発して、ようやくこの程度な奥さまでした。



 旦那様が仕事から帰り、夕餉の時間となりました。

 今晩は、野菜の煮込み料理です。

 例の卵は茹でて皮をむき、旦那様のお椀の中に忍び込ませてあります。

 そこなら他の食材に紛れて、目立たないと奥様が浅知恵を働かせたようです。

 奥様が、乾物屋の主人が語った効能を真に受けたとは思えません。

 しかし、身体に良いと聞いてしまい、どうしても旦那様に食べさせたくなったのでしょう。

(しかし旦那様の分しか買わないところが実にケチ臭い――――いえ、奥様らしいですが)

(言い直しても意味ないからな? それに魔王である余が、たかが卵一個で影響されるものか)

 まあ、金はもったいないが、旦那様だけでも食べさせたい。そんな心情なのでしょう。

 しかし結果的には、それが裏目に出てしまいました。


「これ、ひょっとして春卵かい?」

 目敏(めざと)く卵を発見した旦那様が、スプーンで(すく)いあげて首を傾げました。

「ご存じなのですか!?」

 奥様が驚きの声を上げます。

 王都暮らしが長い旦那様が知っているとは、わたしだって思いもしませんでした。

「レトに聞いたんだ、奥さんに食べさせてやりたいって」

(マヤ父めえ! 余計なことを!)

 仲良しであるマヤ、その父親であるレトを、奥様は心の中で(ののし)ります。

「レトには申し訳ないけど、せっかくローズが奮発してくれたんだから――――」

 そこで不意に、旦那様の言葉が途切れました。

「ローズの分は?」

 旦那様が、奥様のお椀を覗き込みます。

「わたしはもう頂きましたよ?」

 しれっと答える奥様。もちろん、勘の鋭い旦那様には通じません。

 そもそも旦那様が食べる前に、奥様が食事に匙をつけることはないのです。

 柔らかい笑みを浮かべた旦那様が、奥様のお椀にポチャンと卵を落としました。

「これは、ローズがお食べ?」

 奥様はにこやかに笑いながら卵をスプーンで掬い、旦那様のお椀にポチャンと戻します。

「いえ、これは旦那様の分ですから、旦那様が召し上がって下さい」

「いや、ローズが食べなよ」

 ポチャン

「いえいえ、旦那様が」

 ポチャン

「ローズが」

「旦那様が」

 ポチャンポチャン

 卵が御二人のお椀を何度も往復するたびに、次第に険悪になる空気。

「いつも美味しい食事を作ってくれるローズが」

「力仕事をされている旦那様は滋養をつけなけいと」

 ポチャンポチャンポチャンポチャンポチャン

 しまいには御二人とも眉を吊り上げ、卵を押し付け合います。

「家中を綺麗にして布団もフカフカにしてくれるローズが」

「せっかくの休日でも庭の草むしりをしてくれる旦那様が」

「ローズは食事の準備で忙しいのに、風呂で背中を流してくれるじゃないか!」

「旦那様だって、いつも洗い物を手伝ってくれるじゃないですか!」

 口論がエスカレートして、御二人は刺々しく相手の美点をあげつらって罵り合いました。


 ――――これ、夫婦喧嘩、ですよね?


 そしてついに、奥様が一喝しました。

「出されたものを残さず食べるのが、料理を作った者への礼儀です!」

 これには旦那様も、ぐうの音もありません。

 仏頂面で卵を口に入れ、ゆっくりと咀嚼してから呑み込みました。

 それから気まずい雰囲気のまま、会話もなく食事が進みます。


 なんというか、実に爽快な気分でした。

 御二人の普段の甘ったるい空気には、正直辟易していたのです。

 たまにはこんな日があっても良いのではないでしょうか。

 ――――どうせ明日になったら、仲直りしているのですから。


「…………美味しかった」

 食事を終えた旦那様が、ぼそりと呟きました。

「…………卵のおかげで、元気になった」

 口をへの字に曲げた旦那様が、顔を背けます。

「夜、ちゃんとお礼をするから」


 真っ赤になった奥様が、食卓をそそくさと片付けます。

 そして食器を抱え、逃げるように台所に駆け込みました。

 ――――どうやら、明日を待つまでもなかったようです。


 その晩、御二人はだいぶ早い時間に、手をつなぎながら寝室へと引き上げました

 最後にわたしが見たのは、扉の向こう側に引きずり込まれる奥様の姿でしたとさ。


 めでたし、めでたし。



 …………けっ



機会があれば、またお会いしましょう。

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