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第3部 Volume9:『父さん』  SIDE:クラウド

 俺とレインに見詰められたジャンヌは、やや戸惑いながらも、ゆっくりと……ロイについて語ってくれた。


 彼女の話によれば……。

 あの後、ロイは裏山で、全身に大怪我を負った状態で発見されたらしい。

 命に別状はないそうだが、かなり頭を強く打っていたためか、二日たった今日になっても意識は一度も戻っておらず、彼は今も懇々と眠り続けているという。


「大丈夫よ、いまロイはゆっくりと休んでるだけ。そのうち、ちゃんと目を覚ますわよ」


 ジャンヌは俺たちの不安を拭い去るように、優しげに微笑みかけてくれた。


 けれどあのとき俺がもし、ロイを連れ戻していたら……。そんな思いが、俺の胸を締め付けた。

 だけど、もしロイを追いかけていたとしたら、間違いなく……いま、レインはここには居なかっただろう……。

 激しい後悔を感じつつも、それでも結局はレインを失うことの方が怖い俺にとっては、ただ拳を握りしめるしかなかった。

 しかし、俺がそんな思いで床を見詰めていた、その時だった。


「レイン!」


 ジャンヌの声に顔を上げた瞬間、ベッドから飛び出してくるレインの姿が目に入った。

 そして奴は扉の縁に両手を掛けると、顔の半分だけをそっと覗かせ、ロイの部屋へと視線を向けたのだ。

 きっと自分のことよりも人のことを気に掛けてしまうこいつだから、ロイとその両親のことでさえ、心配でならなかったのだろう。


 だけどそんな優しいおまえだからこそ、俺はロイではなく、おまえを追いかけてしまったんだぞ……。

 そう思いはしたが、当然、この俺にはそんなこと……言えるはずもなく。

 そして俺は苦笑いを浮かべつつ自分もレインの後ろに立つと、同じように扉の縁から顔だけを出し、ロイの部屋へと視線を向けた。


 だが驚いたことに、そんな俺たちの視界に最初に飛び込んできたのは、扉の外にただひとり、ぽつんと立つ見たことのない女の子の姿だった。


「あの子、誰だろう……?」

「さあ……。でもあいつ、サードじゃないよな?」


 俺の言葉にレインも頷いた。


 学園に通っているサードの中でも、それまでの家庭事情や親の教育の影響で、まるで女の子のような外見をしている者も多くいる。けれど、今までたくさんのサードを見てきた俺たちからすれば、どんな身なりをしていても、そいつがサードかどうかということは、何故か雰囲気ですぐに分かってしまうのだ。 


 だが、いま目の前にいるこの少女……。

 彼女はどう見てもサードではなく、やはり本物の女の子なのだった。


「あの子はね、ロイの妹さんで、ローリーちゃんって言うそうよ」


 いつの間に来たのだろう、気がつけば、ジャンヌまでもが俺たちの後ろに立っていた。

 

 レインが青い瞳を大きく見開きながら「妹……?」と、静かに呟き返す。

 ひとりっ子の俺には、兄弟がどんなものなのかは、正直、よく分からない。

 けれど、それはレインも一緒だ。もしかすると、奴も俺と同じ思いを感じていたのかもしれない……。

 

 だが、そんな時だった。

 開かれたままのロイの部屋の中から、数人の話し声が、いつもは静かな寮内にやけに声高に響いてきたのは。


「病院に運び込まれたとご連絡をいただいた時には……、本音を申しますと、私かなり取り乱してしまったのですが……、でも今は容態も落ち着いているようですので、多少は安心いたしました」

「ご心配をおかけして、誠に申し訳ありません。もう暫くしましたら、おそらく意識も戻られるでしょう」


 答えているのはメイヤー先生の声だった。

 ならば最初の女の人の声は……ロイの母さん、なのだろうか……。


「きっと、神がロイのことをお護り下さったのでしょう。そういえばこの部屋の窓からは、学園の礼拝堂がよく見えますわね」

「はい。けれどあの礼拝堂の裏側も一部、先日の土砂崩れで若干損傷がありまして、安全のために現在は立ち入りを制限させていただいております」

「まあ……、そうでしたか。もし中に入らせていただけるなら、ロイのことをお祈りさせていただこうかと思いましたのに……。残念ですわ」

 

 微かにだが、言葉の最後に母親の溜息が混じった。

 しかしその溜息に誘われたのだろうか、俺たちの視線の先で、今までじっと佇んでいた少女が、突然、部屋の中に足を踏みいれたかと思うと……。


「ねえ、ママ……、これ、お兄ちゃんの?」


 愛らしい声で……、そう静かに呟いたのだ。

 思いがけない娘の言葉に、母親が息を呑むのが聞こえた。そして……。


「あの、先生……、ここにありますのは、ロイのロザリオでしょうか?」

「え? はい、そうです。裏山で発見されました時のお洋服やお持ち物などは、すべてこちらのお部屋に運ばせていただきました。このロザリオも、ロイ君のものです」

「先生、我侭なのは重々承知なのですが……、どうかお願いです。このロザリオだけは、ロイの首にかけておいていただけないでしょうか?」

「…………」

「お願いいたします……!」


 メイヤー先生の立場からすれば、感染症などの意味も含め、安易には答えづらい頼みだったのかもしれない。

 だが、わずかな沈黙の後でロイの母親に答えを返したのは……驚いたことに、父さんの声だった。


「いいでしょう。これを、ロイ君にお渡しいたしましょう」

「教授……?」

「構わんよ。ただし、ご本人にお渡しする前に、完全な滅菌処置を施させていただきますが、それはご理解いただけますか?」

「は、はい。もちろんです! ツェラー教授、本当に……ありがとうございます……!」


 ロイの両親が、代わる代わる、父さんに礼を述べているのが聞こえる。それに対して父さんも、とても穏やかな口調で受け答えをしていた。

 だけど俺は、父さんのこんな声……、家の中では聞いたことなんてなかった。


「それでは、この後は事務局で今後のロイ君の治療方針などをご説明いたしますので、お付き合い願えますでしょうか」


 父さんの言葉を合図にして、部屋の中から次々とロイの家族、メイヤー先生、そして……父さんが、姿を現した。廊下に出て振り返ろうとした瞬間、父さんは初めて俺がそこにいたことに気付いたようだ。


 その時の父さんは、一瞬、まるでサードみたいな無表情な顔で俺を見詰め……、だけどすぐに大きな溜息をつくと、渋面を浮かべつつこちらへと歩み寄ってきた。


「なんだ、クラウド。まだ、いたのか?」

「……うん」

「家政婦に聞いたぞ、おまえもう何日も家に帰っていないそうじゃないか。今日はちゃんと帰りなさい。父さんも、今日は帰るつもりだから」

「……はい」


 俺と父さんの会話は、いつもこんな調子だった。

 父さんの声に抑揚がないのなんて、ずっと昔からだったはずなのに、この声を聞いていると、いつも息苦しさを感じてしまうのは何故なのだろう。


 でも、父さんはそれだけを言い残すと、すぐにロイの両親たちの元へと戻っていってしまった。


「いや、失礼しました。実は、あれは私の息子でして。サードの皆さんと触れ合うことは、よい情操教育になるかと思いまして、時々、学園にも顔を出させては学ばせております」


 いつも俺が勝手に入り込んでいただけなのに、父さんは俺を庇うつもりだったのか……、それとも自分を庇うためだったのか……、とにかくロイの両親に対しては、苦笑いを浮かべながらそんな言い方をした。

 すると今までは、俺たちになんかちっとも興味を示していなかったロイの両親も、俺が教授の息子だと知るとまるで掌を返したかのように、愛想良くこちらに微笑みかけてきたのだ。

 

 そんなロイの両親の反応は、決して珍しいものじゃなかった。むしろ、こんな対応をされることが常だった。

 だけど俺は「教授の息子だから」と微笑まれるこの瞬間が、本当は一番……大嫌いだった。


「……クラウド?」


 呼びかけられて、俺はふと我に返った。

 いまの俺は、いったいどんな顔をしていたんだろう……。

 気がつけばレインが、やや怯えたような目をして俺を見上げていた。

「悪い、何でもないよ」と、慌てて俺はいつもの……いや、無理やりの笑顔を浮かべて、その場を取り繕ったのだ。


 それから、ひとしきりの社交辞令を済ませた彼らは、さっきの父さんの言葉通り、事務局へ向かって歩き出しかけたのだが……。


「ねえ、ママたちのお話って、長いの……?」


 母親に手を引かれたローリーが、ふいに小さく呟いた。

 だが、事務局での話が長くなることは目に見えていたし、その時間をまた十歳の我が子に強要するのにも無理があるのは誰の目にも明らかだった。

 だから母親も「そうね……」と言ったきり、それから後の言葉に窮してしまったようだ。


 すると、その時だった。


「クラウド」


 驚いたことに、父さんの俺を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

 俺はびくりとしてしまい、返事さえもできないまま、ただ視線だけを廊下の奥の父さんへと向けた。


「父さんたちは少し大事な話をしてくるから、その間、娘さんと一緒に遊んでてあげなさい」

「……え? お、俺たちが……?」

「どうせ寮にいても、遊んでいるだけなんだろう。だったら子供たち同士、仲良くしてあげなさい」


 あまりの意外な申し付けに、俺はどう答えていいか分からなくて喉を詰まらせてしまった。

 するとそんな俺の代わりにか、側にいたジャンヌの方が、


「お言葉ですが、教授……、レインとクラウドもまだ……」


 きっと、彼女はその後「病み上がりだ」みたいなことを言ってくれようとしたのだろう。

 でも俺は言っても無駄なことが分かっていたから……、そっとジャンヌの腕を握りしめると、彼女の言葉を途中で止めたのだ。ジャンヌが苛立ちと怒りを込めた眼差しでじっと俺を見詰め返してきたけれど、俺はわずかに首を横に振ると


「……分かったよ……」


床を見つめたまま、そう答えたのだ。


「良かったわねぇ。いい、ローリー? ちょっとの間、お兄ちゃんたちに遊んでもらうのよ?」


 母親の言葉にローリーはわずかに躊躇いを見せたが、けれどちらりと俺を見詰めると静かに頷いた。


 ロイの両親は、俺がどんな奴かだなんて何も知らない。

 知らないからこそ、「教授の息子さんなら」というだけで信頼するのだろう。


 そして彼らはにこやかに礼を述べながら幼い娘を俺たちに預け、その後はすぐ父さんに案内されるまま、事務局へと向かい行ってしまった。






 思いがけず、ローリーを預けられてしまった、クラウド。

 この少女と出逢ったことで、クラウドとレインのふたりは、どんな影響をうけるのでしょうか?


 また、クラウドとその父……ツェラー教授との関係。

 実はクラウドは、ただのレンのための語り部ではないようです。

 今後レインの物語は、大きな転機を迎えます。


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