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第2部 Volume4:『真の目的』  SIDE:ニック

 約束されていた、2組の家族のカウンセリングが終わった……。


 俺は形ばかりにメイヤー女史に礼を述べ部屋を後にしたが、あの2組のサードの家族の相手をしただけで、彼女自身、内心は相当に神経を磨り減らしたのであろう。明らかに、その顔には疲労の色が伺えた。

 この学園に従事する彼女を初めとするカウンセリングのチームは、こんなシビアな対談を今日から一週間かけて、あといや何百組と行うことになるのだ。

 これでは話を聞く側の神経が参ってしまうのでは……、俺なんかが心配するを義理などはないのだが、これから数日の間にメイヤー女史たちが味わうであろう負担を思うと、寒気がする思いがした。


 しかし……。


 取材を終えた後も、俺はすぐには学園を出ようとはしなかった。

 俺が今日という日を狙って、この学園に潜り込もうとしたのには……、本音を言えば、もうひとつ、別の目的があったのだ。


 もちろん、今日行われるカウンセリングの現場に同席し、この国の隠された影の部分であるサードを取り巻く実情を、自分の眼で見つめてみたかったというのも嘘ではなかった。

 それに関しては、たった2組ではあったが、サードを持つ家族の、リアルな現実を見る貴重な機会を得られたと思う。まあ……、その光景は、俺が予想していたよりも、更にシビアなものであった訳だが。


 ロイ・ラザフォードと、レイン・マコーミック……。


 あのふたりのサードは、どちらも典型的なサードであるような気もしたし、逆に、ふたりとも、俺が今まで目にしてきたサードたちとは、何かが違っているようにも思えた。

 その理由が何なのかは、俺自身、はっきりとは分からなかったのだが……。


 それにしても……、俺はなぜ自分がこうも、サードに振り回される人生を歩むことになってしまったのかと、石畳の廊下を歩きながらひとり苦笑した。


 元来、ここアルシェイド総合学園は、完全なる全寮制の学園となっている。

 そのため、ここに集められたサードたちは、普段はこの人工的に切り開かれた山奥で、近代的ではあるがひっそりとした生活を送っていた。

 それは人里から離れているという意味もあるし、サードという人種が、基本的にあまり普通の男女生徒のように賑やかに騒いだりなどしない、物静かな連中ばかりだという意味でもある。


 けれどそんな学園内の雰囲気も、このカウンセリングの期間中は、いつもと少々様相が異なっていた。

 この一週間だけは、わざわざ国中からこのアルシェイドにむけて、それぞれのサードの家族が遠路はるばるやってくるわけだ。

 そのため、この期間中は通常の授業もいっさいなく、各自カウンセリングの予定のない日は、実家に帰省をするなり、家族と近隣のホテルに泊まるなり、外泊も自由に許されていた。

 そうつまり、この期間は、親元を離れて寮生活を送っているサードたちの、短期の休養期間でもあったのだ。


 だから敷地内に見える人影は、この学園の通常の光景を知らない俺から見ても、比較的少ないように思えた。

 だが、たまに行き交う家族の発する話し声は、やはりサードという人種と比べれば明らかに声高で、いつもは静寂であろうアルシェイドではありえないほどの騒がしさが、辺りに響き渡っていた。

 それは、閑散としているのに喧騒を感じさせる……、なんとも奇妙な雰囲気であった。

 俺はその後しばらく、そんな家族たちに紛れ込みながら、あちこちと、校舎の内外をうろつきまわっていた。


 別に、校舎そのものに何かがあると思っていたわけではない。

 ただ、こうやって歩き回ることで、ここの敷地の平面図を、身体と頭に覚えこませたかったのだ。

 ……そう、いざという時のために。 


 そうして小1時間ほど歩き回った後、自分なりに勘を得たと思えた俺は、次に人目を避けるようにして煉瓦の壁に凭れ掛かると、深く息を吸いながら、立ち並ぶ木立のさらに先を……じっと、顎を上げつつ見据えた。

 そこには、針葉樹の生垣を境にして、向かって右奥には学生寮が、そして反対の左奥には病院棟が設立されている。


 そして、俺が今日このアルシェイドにやってきた、真の目的というのが……。


「あそこ、か……」


 今、まさに目の前にある、あの白壁の病院棟であったのだ。


 今日、こうしてここに来るまでにも、俺は相当の時間を費やしていた。

 もし仮に、マスコミという職業を楯にして正攻法で取材を申し込んだとしても、あの病院棟だけは、外部の者の立ち入りを許可してくれるとは、どうしたって思えなかった。

 それほど、調べれば調べるほど、あの病院棟には不透明な部分が多すぎたのだ。

 だからこそ俺は、この学園のカリキュラムや年間スケジュールなどを調べ上げ、そして例の父兄同席というカウンセリングに目をつけると、その取材をしたいという名目で、やっとの思いで学園側に接触を試みたのだった。


 とはいえ、俺は今日すぐに、あの病院棟の中にまで行こうとは思っていなかった。 

 いくら俺がプレスパスを持っているからといって、まさか病院棟にまでそう簡単に入れてくれるとは思えなかったし、かといって裏口から勝手に潜り込んだとしても、セキュリティだって何重にもかかっているだろう。

 すぐに誰かに見つかってつまみ出されるのがオチか、いやあ、場合によっては……、二度と陽の目を見る事だって出来なくなるかもしれない。

 「サードのための理想郷」に深入りをすることは、本当はそのくらい危険なことなのだと、俺は直感で悟っていた。


 だから病院棟に入るには、余程入念な計画を練るか、もしくは誰か味方を……内通者を見つけるしかないと、俺は思っていた。

 そのためには、正門以外から敷地に入り込むルートをなんとか確保し、幾度かは、出入りを繰り返す必要もあるだろうとことも……、俺はそのくらいの覚悟はすでに固めてあった。 

 

 けれどそうこうするうちに、突然湿っぽい風が頬をなでたかと思うと、今日は降らずにいてくれるかと思っていた雨が、ぽつりぽつりと、小降りながら、とうとう降り始めてしまった。

 俺はジャケットに雨の染みを増やしながら、さて……どうするべきかと、自分自身に問いかける。


 ついさっきまで、校舎の周辺はくまなく歩いて回ったが、こっそり入って来られるようなガードの甘い場所は見つけられなかった。

 味方として、人の良さそうなメイヤー女史を……という思いが、僅かに頭をかすめない訳ではなかったが、どちらにせよ、このハードな一週間を送る彼女を口説いている時間はまず持てないだろうと、それはすでに諦めていた。


 だが、このまま帰ってしまうわけにはいかない……、俺は雨粒を片手で遮りながら、右奥に位置する学生寮に視線を向けた。

 そうせめて、学生寮だけは見て回って、何らかの次回の侵入への手がかりくらいは掴んでおきたかったのだ。

 でなければ、わざわざ苦労を重ねて、今日ここまでやってきた意味が無になってしまう。


 ……よし。そうと、決まれば……。


 俺は降りそそぐ雨とそして周囲の視線から逃れるため、いったん校舎の裏手の軒下に身を隠すと、辺りが完全に闇に包まれるのを待つことにした。




 雨を含んで重くなったジャケットに、針葉樹の歯が、まるで本物の針のように突き刺さる。

 俺はそれを両手で掻き分けながら、樹の間をすり抜け、重々しい学生寮の壁際へと近づいていった。

 普段なら、まだこの時間であれば、どの部屋の窓にもそれぞれに明かりが灯っているのであろう。

 しかし、さすがに今日という日ばかりは、ほとんどの生徒も帰省をしたらしく、カーテンの隙間から零れ出ている明かりは僅かに数える程度だった。


 俺は、その数えるほどしかない、明かりの灯っている部屋の窓を、そっと覗き込んでみたのだが……。


 ……なんだ、あいつは……。


 俺は、あまりに出来すぎた偶然に、一瞬、言葉を失くした。

 なぜなら、雨粒に滲む窓ガラスの向こうに見えたのは、なんと、今日最初のカウンセリングを受けていた、例の……ロイとかいう、黒髪のサードだったのだ。


 あいつ、今夜は両親と一緒に実家に……、帰れるわけ、ない、か。


 同情なんか感じたわけではなかったが、なぜか俺の口からはちいさくため息が零れてしまった。

 そして、物音を立てないように細心の注意を払いながら、視界を遮る雨粒を袖口でそっと拭う。

 まず、狭いカーテンの隙間から見えたのは、部屋の中一面を埋め尽くしている、数え切れないほどの、蔵書の山。

 馬鹿でかい年代ものの本棚は、とうにその隙間をなくしており、テーブルのうえばかりか、床面にさえ、直接、いつ雪崩をおこしてもおかしくなさそうな程に、重厚な表紙の本が積まれていた。


 ……確かに、成績優秀で、読書好きとは聞いてはいたが……、こりゃあ、ちょっと尋常じゃないぞ。


 どこかの大学教授の研究室かと思うくらい、いや、それ以上とも思える蔵書の量に、俺は正直絶句した。


 そして、部屋の主のロイはといえば、そんな山積みの本に埋もれるようにして、簡素なベッドに寄りかかり、やはり何かの……茶色い表紙の分厚い本を読んでいるところだった。

 懸命に目を細めて、俺はその表紙に書かれた文字を、読み取ってみる。

 ロイの手にしていた本には……『Human race biology』、つまり『人類生物学』という文字があった。


 さすがに秀才様だねえ、やけに小難しい本読んでやがるじゃないか……。いや、待てよ……。


 そのとき、俺はロイの手の中で光る、もうひとつの文字に気がついた。

 そこには、この本の著者である、「ヴォルダー・ツェラー」という金色の文字が見えたのだ。


 なるほど、ちゃんと学園長でもある教授の著書も、抜かりなく目を通してるってわけか。


 俺は皮肉めいた苦笑をもらすと、ロイの部屋の窓から、後ろ足で一歩、退いた。

 そう、あの興味深いロイというサードの姿をもう一度目にできたのは幸いだったが、しかし、今の俺には、他にもまだやらなければならないことがある。


 ぬかるむ足元に注意をしながら、しずかに踵を返そうとした、まさにその時だった。


「ちょっと! あなた、そんなところで、何やってるんですか!?」


 しまった!


 ロイの姿に気をとられすぎていて、寮の裏口の扉がいつの間にか開いたのに気づかなかったのだ。

 向けられた懐中電灯の光と共に、俺は馬鹿でかい声で、一括されてしまった。






取材にやって来ていたはずのニックですが、彼にも本当は、何か別の目的があったようです。


 アルシェイドの中を探索する彼は、なぜ病院棟に入りたがっていたのか?

 そして、そんなニックに光を浴びせかけた、その声の主とは?


 複雑に絡まりあう、運命の糸。

 私と一緒に、解き解してみませんか……?

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