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黒き空のハルピュイア  作者: 心鏡
一章 邂逅
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五話 サラスヴァティー

どれほど駆けてきたのか。もう前の山は見えない。



少しずつ色彩を増す地上を眺める。

残してきた皆の母を、古い戦士達を想うと心が痛む。

少しでも長く私達が生きていくことに必要なことだとは理解してる。


それでも、この暗い空の下で生きていくには多くの心が欲しい。

落ち着いて物事を受け止めてくれる懐が欲しい。

これから先で皆は何を糧に生きていくのだろう。

次の山は何をもたらしてくれるのだろう。


黒く雄大な戦士長には何か考えがあるのかもしれないけど、私には分からない。


出立前、姫様が人間に襲われた。

その時の戦士長の顔が忘れられない。眉を寄せて力ばんだその顔は、人間を責めているようには見えなくて。

周りの戦士達が、憎き人間共を殺してやったと、血の滴る頭や腕をおもちゃにしている時も戦士長は何を言わなかった。

戦士達が馬鹿なわけじゃない。彼らは分かっててやってる。

どこまでも自罰的な戦士長を見ていられなくて。

声を張り上げて欲しくてやっている。


でも、低く迫力のある戦士長の声は聞けなかった。


そのせいか、こうして駆けていても戦士達の雑談は聞こえない。

姦しいのは普段から談笑している母やそのグループくらいだ。


空気を読まず発情した鳥のようにぴーちくぱーちく騒ぐのは本当にやめて欲しい。

でも、それに救われている人もいるのだろうと思うと何も言えなかった。


私も、誰かを責めれるほど強くないのだから。


そんな沈黙を破るように声を張った。

「皆!ここいらでアタシの歌を聞いとくれよ!」

姦しい声が途切れる。皆の視線が集まる。

「おいおい、いいのかサラ。いつもはいくら頼んでも囀ってくれないじゃないか。」

よりにもよってスラオシャが食いついた。こいつは何にかけても器用にやるやつだが、軽さがいけない。

あの戦士長の下で一体何を学んだのか。

「あんたの頼みがいつも夜だからさ!アタシは皆のためならいつでも歌ってあげるよ。」

「そりゃあ楽しみだ!でもホント急にどうしたよ。」

「新しい土地でやっていこうって時じゃないか。賑やかにやろう!皆、合わせてね!」

そう言って前に出る。

群れの中心に集まる女子どもたちも、少し離れて囲むように飛ぶ戦士達も、少し遠いけど戦士長も。

先導のナヴィドには悪いけど。

皆の顔が見れるように一度って息を吸う。

また灰を吸った。

できれば胸を痛めたくはないけど。今、私ができることはこれくらいだから。

喜んでくれるなら、ちょっとくらい無理したって良い。

覚悟を決めて空を震わせる。


少しずつ、少しずつ皆の視線が上がる。

そう、そうだよ皆。まだ諦めちゃいけない。多くを失ってきたけど、まだ生きてる。

だから少しでも前を、空を見上げよう。姫様がいつもそうするように。


姫様。一番キレイな腕を引き継いだ人。清い人。

人間に襲われても、幼馴染を亡くしても、まだ空を見上げ続ける強い人。

私達は親から、あるいはさらに古い人から腕を引き継ぐ。

腕から骨を抜いて腕の中ほどに羽が集まってるから切り出す。

ざっくりは岩でできるけど、最後は口でやらなきゃキレイにならない。

私は口がパサパサして好きじゃない。

整え終わったら骨があったところへ蔦を通す。

それを両腕とも作って蔦を結ぶ。もちろんこれも口で。

難しいけど空を一人で駆ける頃にはだいたい皆できる。

あとは頭から被って装飾にする。

戦士達は役職で引き継ぐ腕があったり、

女達は、装飾美として楽しんだり。

唯一姫様は、過去の姫様を引き継ぎ続けてる。

その腕がボロボロになって朽ちるまで。

だから何本もの腕を重ねて色とりどりになってる。

そんな過去を重ねて着てる姫様は、今何を想ってるんだろう。

少しでも、私の声が響くといいけど。


私の声に、最初に合わせてくれたのはスラオシャじゃなかった。

姫様だった。私の目をみて、目があったのを確認してから微笑んでくれた。

やっぱり姫様はすごい。むしろスラオシャに説教したいくらいだ。

スラオシャの方を睨むと、彼も姫様に驚いているようだった。


私と姫様のデュエットも短く、皆が合わせてくれた。

この声が、歌が空に響く限り私達はやっていける、そう感じられた。



黄昏時を過ぎて暗い空がさらに暗くなった頃。

前を駆けていたナヴィドから声がかかる。

「皆さん、停止してください。」

私は皆を振り返る。

歌って良かったと思える顔ぶれに満足しながら、伝わっていないものがいないかどうか見渡す。

すると最後尾から戦士長が駆けてきた。


「どこに降りるつもりだ?」

「はい、横一線に谷が伸びているのが見えますでしょうか。正面に一部谷が途切れており、その合間に良い洞がありました。」

「分かった。洞が確認できたら先に入るぞ。」

「はい、お願いします。」

まだ前に居たから聞こえてしまう。

以前洞に蝙蝠が住み着いてて、いくつかの洞を巡らなきゃいけなかったことがある。

そうなったら嫌だなぁと他人事のように考えて、ゆっくり降下していく。


どうか、今の皆の顔が崩れませんように。

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