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王子の決断

とある国の王子が、国の現状と国民の苦しんでいる姿に心を痛め、自ら励まし、国民と共に歩もうとする話の、きっかけ的な。

弟が書いていた小説を私がリメイクしたものです。


 これは、ある国の十六歳の王子が、城下町の住民を幸せにする話。



   〈一〉


 ここはごく一般的な、ちょっと小さな王国『アブス』。

 その象徴的な城の一室で、今年十六歳になった彼は眉間にしわを寄せていた。

『人口は三千弱の、貿易もそれなりに栄えた町。しかし現王である「アイシャ・リルド王」はとにかく“傲慢”な人で、自己中心的で、それでいて気性が荒い。そのせいで国民たちはとても大変な苦労をして毎日を過ごしているらしい、という話を耳にした』

「レイアード様。お食事の用意が整いました」

 自室の机に向かって羽ペンを動かしていた彼は、後ろからかかった声に振り返ることはしなかった。代わりに、手に持っていた羽ペンをいつもの場所に戻し、書いていた手帳を懐にしまう。、

「わかった。すぐいく」

 そう答えてようやく振り返った。

 彼の名は『アイシャ・レイアード』。現在王座に君臨している『アイシャ・リルド王』の息子であり、この国の王子である。

「わざわざありがとう。お母様はもういるのかい?」

 王子にして、しかし現王とは全く正反対の性格を持つ彼は、召使にも労いの言葉をかける。この様子を王が見れば顔を真っ赤にして『恥さらしが』と喚いたことだろうが、レイアードにそんなことは関係ない。

「恐縮です王子。クレア様は先に食卓についておられます。」

「そうか。それはすまなかった。急がなければ、おこられてしまうかな」

 召使が言う『クレア様』というのは、『アイシャ・クレア』という、レイアードの母親だ。

 とても静かでいて美しい外見をもっているが、おこると相当怖いのだ。その上待つのが苦手らしい。

 以前約束に遅れてしまったときは一週間ほど口をきいてはくれなかった。とても優しい性格なので、滅多にそういう事は無いのだが。

「今日の食事は何かな」

 召使の横を通り過ぎながら王子は問う。

 五十は超えているであろうその召使は恭しくこうべを垂れ、

「西方国に伝わる、郷土料理豪華フルコースとなっております」

 王子が嫌いな台詞を吐いて、召使は部屋の扉を閉めた。


 ############


「今、何と言いましたか?」


 広い部屋に、アイシャ・クレアの低い声が響く。

 長い長い机の両端に座るクレアとレイアード。用意された食事はすでに終わった後で、二人は最後に用意された紅茶を優雅に楽しんでいた。 

 はずだったのだが、その途中で覚悟を決めたレイアードがクレアに対して発した言葉が、彼女の声を低くしていた。

 母の見えない威厳に、レイアードは紅茶を飲んでうつむいた状態のまま音もなく固まる。一瞬だけ、言わなければよかったかと逡巡したが、思い直して顔を上げた。

「明日から僕は、森で生活することにしました」

 先ほどと同じことを繰り返して言う。

「森……というと、この国を取り囲んでいるあの森ですか……?」

「はい」

 低い、静かな問いにレイアードは怯むことなくしっかりとした口調で答えた。

 ここで折れる訳にはいかないのだ。

 きっと止められるだろうという予想をしていた彼は、次のクレアの一言で肩の力を抜くことになった。

「けれど、森は危険よ。あなたの身に何かあったら……」

 反対はしないのか。

 少しだけ不思議に思わなくもないが、レイアードはクレアの顔を見返して「大丈夫ですよ」と返した。

「森のことはいろいろと調べましたし、分からないことは行ってから勉強するつもりです」

 そう断言した彼は紅茶を飲みほしてカップをお皿の上に戻す。それを見計らって執事が追加の紅茶を注ごうとするのを、レイアードは手で静止した。

「自分で入れるよ。ありがとう」

 そういって執事の手からティーポットを取り上げてしまう。おろおろとする執事を尻目に、自分のカップに追加の紅茶を入れるレイアートを、母であるクレアは呆れ顔で見ていた。

「レイアート。貴方は本当に私の子供か心配です」

 わけあってそう呟く彼女に、紅茶を注ぎ終わったレイアートはクレアのカップにも紅茶を注いで座りなおし、ちょっと笑っていった。

「お母様。僕は確かにお母様の子供ですよ」

 しっかりと答えるが、彼女はそれでも何か不安があるようにため息をついた。

「しかし、貴方は私たちとは全く違うのよ。何でも自分でやりたがるのは……」

 そうして始まるであろう母の言葉を、しかしレイアートはさえぎる。

「お母様」

 その、いつもの生活では聞くことのない様な真剣な声に、クレアは思わず目を見張った。

「僕は自分でできることは自分でしたいのです。今後お母様のお役に立てるように。何もかもを誰かに任せきりで、それを当たり前だと思う人間にはなりたくはないのです。それに、僕がしている事というのは勉強の一つなのですよ」

 クレアの顔から目を離すことなく、そう言い切ったレイアードは静かにほほ笑んだ。

 そうは言うものの、母様の言うこともわからないわけではない。故に、

「そうですね。では、こうしてはどうでしょう?」

 改まった言い方をして姿勢を正すレイアート。そんな彼にクレアは「なんですか?」と首をかしげる。

「森で生活するにあたって、僕は兵士を二人連れて行きます。もちろん護衛という名目で。それならお母様も、心配ないでしょう?」

「二人……ですか。少し、少なすぎるのでは……?」

 レイアートの言葉を聞いてもなお何か言いかけた母に、彼は思わず強い口調でそれを止めた。

「おかあさま。心配のしすぎです。兵士にはリボルトとカラクを連れて行きますので」

「そ、そう。それなら安心ね」

 自身の息子の言葉に、クレアはようやく息をついて肩の力を抜いた。

 普段仕事だなんだと会う機会がほとんどない二人だが、そこは親子であるからなのかそれなりにクレアはレイアートのことを心配していたらしい。少しだけ考えるそぶりを見せた後、それでもまだ何か心配そうな声で呟くと、後ろにずっと控えていた執事をすぐ近くまで呼び寄せ、

「リボイルとフラントをここに呼んでちょうだい」

「畏まりました」

 耳元でささやかれた命令に、年老いた執事は恭しく返事を返すとその場から歩きだし、部屋を出る前にもう一度首を垂れると、休暇中であろう二人の兵士を呼び寄せるため部屋を後にした。


 二人の兵士はそれから数分もたたないうちに部屋に現れた。

 少しだけ長い食後の紅茶を楽しみながら、暇つぶしにと最近のレイアートのことについて話をしているところだった。


 ――コンコン、コンコン……コン。


控え目なノックが五回。それが耳に入った途端に二人の会話は途絶え、レイアートは反射的に扉の方に目をやった。

「お入りなさい」

 深みのある母の声が部屋の中に透き通る。

 そんな彼女の声に反応して、大きな扉が音もなく開いた。

「リボイル・ラット、フラント・リアークともに連れてまいりました」

 大きく開け放たれた扉の向こうには、先ほど部屋を出て行った執事のほかに、銀色の鎧を身にまとった男が二人、直立不動のままこちらを見ていた。

 一人は体格がよく、武闘家という印象を受けるような男。

 そしれも一人は整った顔立ちにやせ形で、少し雰囲気が冷たい印象を受ける。静かな物腰にどこか危ない何かを隠し持っているようで、いつものことながらレイアートはちょっとだけ顔をしかめた。

「貴方たちに、私から直々にお願いがあります」

 そんなレイアートを無視して、クレアは真剣な顔で少しばかりうつむいた。

 二人の兵士には目も向けず。

「これから貴方達にはレイアードのお供をしていただきます。王子と共に行き、必ず守ってみせるのです」


『はっ。我が主の仰せのままに!』


 クレアの重々しい命令に、兵士二人は緊張した声音で同時に敬礼の体制をとった。



 アイシャ・レイアード王子の失踪。

 それはレイアートがいなくなって間もなく民に伝えられた。

 その報を耳にしたものは皆一様に絶望した。

 あの王子はとてもお優しい方で、己が受け取った定期的な“お小遣い”を民に分け与えていたからだ。

 あのお優しい方がいなくなった。

 国はしばらく悲しみに包まれることとなる。


こんな王子が好きだったりします。

ありがとうございました。

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