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魔法使いの弟子(仮)  作者: 御木 涼也
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プロローグⅡ

 森の中に一軒の家があった。その家は大きく、屋敷といえるほどではないが、立派なものだった。周囲の、見るものを圧倒するような雄大な自然の景色から、その人工物は明らかに浮いている。

 その家の一室に、一人の白い少年がベッドの上で寝息を立てていた。

 そして、少年が目を覚ます。彼の視界に映っていたのは、森の木々ではなく、天井だった。


(あれはやっぱり夢だったのか?)


 夢にしては、やたらとはっきりと思い出すことができるが。彼はぼんやりとしながらも身を起こそうとする。


「うっ……」


 背中に伝わる痛みにうめき声をあげる。その痛みは、森の中の出来事が夢でないことを物語っていた。

(あれは現実に起こったこと。じゃあなんで生きてる?)

 彼の記憶では、猪のような獣の最初の突進を避けきれずに飛ばされ、気にぶつかり意識を失った。最後に見た獣は、再び突進をしかけようとしていた。あのままでは確実に死んでいたはず、と彼は不思議に思った。


(誰かが助けてくれたのか? そういえばここは建物の中だし)


 ここでようやく、彼の寝ていた場所が芝生の上でなく、ベッドの上であったことを思い出した。


(誰かが助けてここまで運んでくれたのなら、その人物に会わないとな。そうすれば色々と分かることがあるかもしれない)


 そう考え、ベッドから降りようとしたとき、部屋にひとつだけあるドアが開いた。彼が部屋に入ってきた人物へ目を向けると、そこに立っていたのは白髪を肩まで伸ばし、白いシャツの上から淡い桃色のカーディガンをはおり、茶色い

スカートを履いた、優しげに微笑む年配の女性だった。


「あら、目が覚めたのね。」

「あの……」

「まだ起き上がってはだめよ。寝ていなさい、治療をしますからね」


 何かを言おうとする彼の体をベッドに倒し、彼の胸のあたりに手を添えた。


「"傷つけるものを癒しを―ヒール―"」

 彼女がそう言うと、彼女の手が仄かに光り、彼は体になにか温かいものが入ってくるのを感じた。そして、体の痛みが不思議と引いていくのがわかった。


「もうこれで大丈夫ね。少し待っていてもらえるかしら、飲み物と何か食べるものを持ってくるわ」


 そう言って部屋を出ていった。それを彼は落ち着いた表情で見送る。


(いやいやいやいやいやいや、なんなんださっきのは! 魔法? いや、あり得ないだろう!?)


 否。彼は混乱の極致にあった。彼は驚きが表情に出にくい質で、ただ単に先程の老女の行為が彼の理解を超えていて、驚愕で思考停止していただけであった。老女が出て行ったことで、再起動したのだが、たいして何も変わっていなかった。

 先程のことは治療行為なのだろうが、彼の知っている痛みに対する治療法は鎮痛剤などをもちいるものであったし、痛みを完全に解消することは出来ないだろうということは、さほど医療に明るくないかれでもなんとなく分かる。しかし、体の痛みは嘘のようになくなっている。何よりもおかしいのは、治療をしたときの光だ。そもそも人体は光を発することはできないのだから。


(本当に訳が分からんな……。ああ、よくよく思い出してみればあれもおかしかった)


 あれ、とは彼が襲われた猪のような獣のことである。猪の〝ような〟獣であって、猪ではなかった。顔や毛並みは猪のようであったが、脚は太く体格はライオンのような肉食獣に近かった。


(もうあの人に聞けばいいか)


 ここまでいろいろ考えて彼が選んだのは、思考の放棄だった。今の彼の状況でおかしくないことはないに等しかったのだから、彼の選択は仕方がなかったのかもしれない。

 考えることをやめた彼は、ぼんやりと部屋を眺めた。床や天井は木材が使われており、壁には漆喰のようなものが塗られている。ベッドのすぐ左にある壁には窓があり、外の景色が見える。部屋の中には机と椅子、あとは小さいタンスがあるのみの殺風景な部屋で生活感が全くない。ただこの部屋が普段は使われていないからかもしれないが。


(何もない部屋だな……。それにずいぶんと古っぽい)


 彼は、建築について詳しいわけではなかったが、今いる部屋が現代の建築技術で作られたものではないことは理解できた。どちらかというと、西洋の古い絵画に描かれている、庶民の家の一室という雰囲気がある。

 そして、何かが満ちているような感覚がある。


(そういえば、森の中でも感じたな)


 そうやって、部屋の中を観察していると、ドアがノックされた。


「……どうぞ」


 彼が返事をすると、ティーカップ二つとティーポッド、パンにスクランブルエッグ、ベーコンが盛り付けられた気の皿を乗せたトレイを持った老女が部屋へと入ってきた。老女は机の上にトレイを乗せ、椅子に座った。


「ほら、あなたも座ってくださいな」


 そう彼に老女の向かい側にある椅子に座るよう促す。彼は返事をして、ベッドのそばにあった革靴を履き、老女の向かい側に座った。彼が恐る恐るといった様子で座るのを見て、ほおを緩めた老女は、ティーカップにティーポッドから紅茶―と思われるもの―を注ぎ、一つを彼の前に置いた。彼は目の前に置かれた食事を見ると腹が鳴った。


「…………」

「どうぞ、お食べになって。遠慮する必要はないわ」


 恥ずかしそうに俯く目の前の少年を、孫でも見るように微笑んで言った。


「……いただきます」


 最初は遠慮がちに食べていたが、徐々にペースが上がり、すぐに食べ終えてしまった。


「ごちそうさまでした」

「どういたしまして」


 彼はティーカップに口をつけ、中の液体を一口飲んだ。


(紅茶だな。そして美味い)


 部屋を静寂が満たす。そうして幾ばくか時が過ぎたが、彼は静寂に耐え切れなくなった。


「あの、ありがとうございます。食事とか、その…多分、助けていただいたこととか……」

「あら、気にすることはないのよ。私がしたくてしたことなのだから」


 頭を下げる彼に老女はそう返した。


「何からお話ししましょうかしらね……。

 ああ、その前に自己紹介をしないといけませんね。私の名前は、マリーア・メアリースよ。この家に一人で暮らしているわ。貴方のお名前は?」

「……アルブス、です」


 そう名乗った彼は俯いてしまう。


(アルブス? それが俺の名前? いや違う、俺の名前はーーー)

「では、アルブス。何があったのか、教えて頂戴?」


 マリーアの言葉が彼の思考を打ち切る。


「はい、わかりました」


 そして、彼は目が覚めたら、見知らぬ森の中にいたこと、突然猪のような獣に襲われたことを話した。今の状況で日本のことや体のこと、記憶のことを言えるはずもないので、彼に話せることはそれだけだった。


 マリーアは、彼が何かを隠していることに気づきながらも、何か言えない事情があるのだろう、と思

い、頷いた。


「そう。では私がお話しする番ね

 私は突然森の中に強い魔力マナを感じたの。深界には、魔力の強い魔獣とかもいるから魔力を感じることはよくあるのだけれど……。あれ程の魔力を感じたのはここに来てから初めてだったし、突然感じたことをおかしいと思ったから、様子を見に行ったの。

 そしたら貴方がカバーンに襲われていたから助けたの」

「カバーン?」

「ええ、貴方を襲っていた魔物の名前よ。

 それで貴方は傷だらけだったし、意識も無かったから、この家に運んだの

 これで私のお話しできることは終わりね。何か聞きたいことは?」

「ええと……その……」

「ふふ、いきなり聞かれても困ってしまうわね。ごめんなさい。そうね……私は食器を片付けるから、気分が落ち着いたら着て頂戴。部屋を出て左にまっすぐよ」

 

 言い淀む彼に、微笑みながらそう言い、トレイを持って部屋を出ていった。


(またわからないことが増えたな……。マナ? 魔物? ここは地球じゃないことは確かだな……。そういったものがあるのが当たり前といった感じだったし。

 それにしても、アルブスか……。この体の持ち主の名前か? だから、記憶に違和感があるのか? それがこの体の本来の記憶ではないから、か)


 先程のマリーアとの会話で分かったこともあったし、逆にわからないことも増えた。わからないことだらけだが。

 わかったことといえば、ここは地球ではないこと、この世界にはマナや魔法、魔物といったファンタジー小説の舞台によくされるような世界だということ、何よりもこの体は日本人の青年の体ではなく―大体わかってはいたが―、アルブスという少年のものだということ、だ。

 このアルブスという少年は、この【深界】というらしい森に迷い込んだらしい。もしくは、マリーアは〝突然〟と言っていたから、何らかの要因で飛ばされて来たか。そして、森の中で意識を失った、ということだろう。


(確かこういったのは、召喚、転移、転生、憑依とかだったか。俺の場合はどれなんだろうな? ま、それは今考えるべきことじゃない。取り敢えず、いろいろメアリースさんに聞くか。記憶喪失とでもしておけばいいだろう。名前以外わからないんだから、あながち間違ってないだろ。

 俺はアルブス。記憶喪失の少年だ。)


 そうして思考を打ち切ると、〝アルブス〟は椅子から立ち上がった。


「行くか」


 そう言って、部屋から出ていき、マリーアに言われた場所へ向かって行った。




   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 アルブスがマリーアに言われたように進むと、彼女はソファに座り紅茶を飲んでいた。彼女の動作の一つひとつは上品で、気品さえ感じさせる。アルブスが近づいていくと、彼に気づいたようで、手に持っていたティーカップを置き、姿勢を正した。


「さ、どうぞ座って。どう? 落ち着いたかしら」

「はい」

「そう、それはよかった。貴方も飲む?」

「はい、いただきます」


 はっきりと返事をするアルブスに満足したのか、頷いて空のティーカップに紅茶を注ぐ。


「聞きたいことはまとまった?」

「はい」

「じゃあ、どうしましょうか…そうね、お互いに一つずつ質問していきましょうか。アルブスからどうぞ?」

「えっと、じゃあ。まず、ここはどこですか?」


 アルブスはこの質問に、この森のこととこの世界のことという、二つの意味を込めたのだが、後者の意味についてマリーアが気づくはずもない。


「ここは【深界】と呼ばれる、【龍脈】に広がる魔素エーテルの満ちる森。この家はその森の中ほどに建っているわ。深界には強力な魔物や魔獣がたくさんいるけれど、この家の周囲には強力な結界が張ってあるから、ここにいる限りは安全よ」


 アルブスの質問にマリーアは丁寧に答えるのだが、【龍脈】やエーテルという単語に、また知らない単語が出てきた、と内心ため息をついていた。


「では、今度は私の番ね。何を聴こうかしら……。じゃあ、貴方はどうしてあの場所に? どうやって、という方が正しいのかもしれないけれど。さっき言ったようにここには強力な魔物や魔獣がたくさんいるわ。それは森の外縁でも変わらない。とてもじゃないけれど、貴方にここまでたどり着けるとは思えないわ。」

「それは……俺にも、わからないんです。目が覚めたらあの場所にいて、そしたら、カバーンでしたか、あれに襲われたんです。

 それに、その、あのどうやって行ったのかとか、何が目的でとか以前に、俺、何も覚えてないんです。目が覚める前のことを。わかるのは自分の名前だけで……。

 あと、知識も抜けてるみたいで、マナとかエーテルとか……そういったこともわからなくて……すみません」

「そう、なのね。どうしたものかしら」


 マリーアは困ったように頬に右の掌を当て、首を傾げた。起きた時の様子から、あの場所にいた理由が分からないというのはなんとなく予想していたのだが、この世界に生きているものならば誰でも知っていることもわからないというのは、考えもつかなかったのだから。


「わからない、というのならば仕方ないわね。それについては後でまとめて教えましょう。それも質問のうちに含めたら不公平だわ。さ、二つ目の質問をどうぞ」


 マリーアの言葉に安どした表情を浮かべ、小さく息を吐いた。


(よかった、教えてもらえるのはありがたいな。とわいえ、あとは何を聴こうか?)


 基本的なことはあとで教えてもらえるとなると、聞きたいことはほとんどなくなってしまうのだ。わからないことはまだまだあるが、それは、恐らくマリーアに聞いたところで、どうしようもないだろう。


「そうですね……ああ、メアリースさんはここに一人でお住みになっているのですか?」

「マリーアでいいわよ。そうよ、使い魔とかもいるけれど、人は私一人よ。76歳の時からこの森で暮らしているから、今年で20年目になるわね」

「えっと、失礼ですが今のお歳は……」

「96よ。ふふふ、見えないでしょう? 魔力を多く持つものは若さを保つことができるけれど、肉体の衰えは大きく延びるわけじゃないわ。多分この森に満ちる濃い魔素のおかげかしらね」

「はあ………。とても96歳には見えません」

「あら、嬉しいことを言ってくれるのね」


 アルブスは失礼だとわかってはいるが、驚きを隠せない。マリーアも彼がお世辞などではなく、本心から言っているのがその表情からわかるので、嬉しさに頬を緩める。彼女の見た目は70代半ばといった感じで、その姿勢や雰囲気を見るともっと若く感じる。とてもじゃないが100歳近いようには見えない。


(さすがファンタジーな世界だな……。地球で若さを保つために必死になっている連中が見たら、どうなるだろうな)


 アルブスはこの理不尽ともいえる事実に、内心で苦笑する。


「それじゃあ、私の質問をいいかしら?」

「ええ、どうぞ」

「貴方は、アルブスはこれからはどうするつもりでいるのかしら?」

「っ! ………それは……わかりません」


 そう言うと、俯いてしまった。先ほどまでの和やかな雰囲気から一変して、重い空気が流れる。アルブスの様子にマリーアは慌てて付け加えた。


「別に貴方を追い出そうとしてるわけじゃないのよ。もしどこにも行く当てがないのなら、ここにいてもいいのよ?」

「それは、ありがたいのですが、命を助けていただいたのに、これ以上お世話になるのは……」

「迷惑じゃないわ。私はここに一人だから、貴方とお話しするのは楽しいのよ? 孫と話しているようでね。」


 貴方の口調は堅いけれど、と笑みを浮かべるマリーア。それを聞いたアルブスはまだ迷っていたが、やがて、何かを決めたようで姿勢を正し彼女に向き直り、頭を下げた。


「迷惑をたくさん掛けると思いますが、よろしくお願いします」

「それじゃ決まりね。もうしばらくしたら日が暮れるわ。夕食の準備をするからちょっとゆっくりしていて」


 彼の答えを聞いた彼女は、両の掌を合わせ満面の笑みを浮かべた。そして、夕食を作るため席を立って行った。その姿を見送ったアルブスは、息を吐いてソファに沈み込んだ。


(取り敢えずしばらくはなんとかなるか……。いろいろ必要なことを覚えて、この世界でどうしていくか決めないとな。いつまでもメアリースさんに世話にはなっていられないし)


この時、彼は自分が彼女の最期を看取ることになるとは、思ってもいなかった。





 アルブスは、この家で目が覚めた時の部屋のベッドの上で寝ていた。部屋は暗く、窓から月明りが差し込んでいる。夕食の後、諸々のことは明日にして、今日はもう休むことになった。

 夕食のときの話でマリーアについていくつか分かったことがある。彼女は、イグルセント王国という国で宮廷魔術師をしていたらしい。戦争で騎士だった夫を亡くし、二人いた子供も魔獣との戦いで失った。それがきっかけで宮廷魔術師を辞して、この家を知り合いに建ててもらい、それ以降、この家で一人で暮らしていたそうだ。一人で寂しくないのか聞いたが、帰ってきた答えは、「わりとこの生活を気に入っているのよ。宮廷魔術師をしていた時は色々なしがらみもあったし。それにこれからはアルブスがいるんだもの。寂しくなんてないわ」と、笑っていた。

 アルブスはこれからの生活を思いながら、眠りについた。





   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 マリーア・メアリースは自室で椅子に座り、くつろいでいた。部屋の中は月明りではなく、壁に掛けられている、優しく光る石の入ったカンテラによって照らされていた。

 彼女は、自身が保護し、これから共に生活することになる少年のことを考えていた。不思議な少年だった。アルブスと名乗った彼は、外見は12歳程だが、内面はある程度成熟しているように思えた。また姓が無いことや服装から貴族ではないだろうが、その佇まいや口調からは、しっかりとした教育を受けていることが窺え、知性すら感じさせた。容姿は、やや眼つきが鋭いが、中世的で整っていた。髪の色は、多種多様な髪の色が存在するこの世界でも、他に居るかどうかわからない純白で、瞳も珍しい薄紫色だった。肌も白いため、彼を見た人が受ける印象は、白いということだろう。

 そして、彼について一番重要だと思えるのが、彼から感じる強大な魔力だった。あれ程の力を感じたのは、遠くを飛んでいた神獣を見たとき以来だ。もしかしたらそれ以上かもしれない。彼女は自分が彼に魔術を教えることになるという予感を感じていた。そして、易々と彼女を超えていくだろう、と。

 マリーアは明日のそして今後の生活で起こるだろうことを想像し、何年かぶりに感じる未来への期待に笑みを浮かべながら、明かりを消し、ベッドに横になり眠りについた。

まだまだ続きます


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