プロローグ
まだプロローグだけです。
それでも構わないという方はお願いします。
どこかの森の中。大人でも抱えきれないほどの太い幹を持つ樹が茂っている。そんな森の中の、少し開けた芝生の生えた場所。そこに一人の少年が倒れている。
「……んん」
少年は小さいうめき声をあげ、目を覚ました。
「ここは……どこだ……?」
少年は体を起こして周りを見渡し、首を傾げた。
(俺は……自然なんてほとんどない、アスファルトの地面に、コンクリートの建物はかりの街で暮らしていたはず。なんだってこんなところに……)
彼は、自身の置かれた状況に困惑していた。無理もない。何故なら、彼は―一瞬自分がだれかわからなかったが―、日本のありふれた地方都市に暮らしていたからだ。。郊外に行けば、林などはあったが、こんな立派な木はないはずだ。ここまで大きな木は森の奥深くか山奥でないと無いだろう。彼の住んでいた所からは、車で数時間、歩いて数時間かけないと辿り着かない場所だろう。しかし、少年の記憶には、そんな遠出をした記憶はなかったし、予定も無かったはずだった。それがいきなり見知らぬ森のなか。平生から落ち着いており、物事に冷静に対応できていた。そんな彼をさらに混乱させることがあった。
「声が……高いし……違う?」
それは、自身の声だった。彼の年齢は二十二歳。声は歳相応の低いものだったが、今は声変わり前の少年特有の高い声だった。そして、その声は、彼の少年期の声ではなかった。それをきっかけに、彼の意識は周囲の景色から、自身へと移っていった。
(これは俺の体か?)
彼は芝生の上に座っている自身の体を見下ろした。
身に着けているのは、素材はよくわからないが、股程まである茶色の七分袖の上着と、膝下までの茶色のズボン―どちらも化学繊維出ないのは確かだ―、それに何かの革でできた革靴だ。どれも作りが簡単なものばかりだ。そして、その服から延びる手足の肌は白い。彼は家に引きこもっていたわけではない―むしろ、よく外出していた―し、そこそこ日に焼けていたはずだった。その白い肌は、モンゴロイドの黄色がかったものではなく、西欧の白人種のような白さである。腕や脚は短く、手は小さい。その体躯は華奢で少年といえるもので、どう見ても成人した人間のものではない。
(誰かの体か? 俺の体じゃないことは確かだな……髪も白いし)
そう。先ほどから視界に入っている髪の色が、白いのだ。
(もしかしたら、目の色も変わってるのかもな)
もちろん、鏡など持っていないので自分の姿をしっかりと確認できることはできない。しかし、これまでの観察から、この体が二十二年間を生きてきた自分のものではないことは、どうしようもない事実である。
彼は自身に起こったことを理解できていなかった。というよりも、これと同じ状況に陥ったとき、冷静に事態に対処できる人間が、果たして存在するだろうか。彼は割合冷静なほうなのではないだろうか。
「夢……じゃ、なさそうだしそうだしなあ……」
思わず溜息が漏れる。先ほどから感じる、風が頬を撫でる感触が、芝生が肌を刺す感触が夢ではないことを告げてくる。
「あー、訳が分からん」
芝生に寝転び、そう独り言を呟く。自身の口から発する声を聴き、またため息がこぼれる。
状況を整理しようとしても、まだ頭が混乱しているのか、うまくいかない。
(俺、何してたっけ……)
とりあえず、自身の記憶を探ることにした。が、直ぐに異変に気づくことになった。
(おかしい……。最近の記憶がかなり曖昧になってる)
大体の記憶は問題ないが、最近の記憶が靄がかかったようにはっきりと思い出すことができない。大学四年生となり、就活もとっくに内定をもらい、卒業論文も大方終わらせて、ほとんどの時間を趣味にあてていたはずだ。その趣味というのが、興味を持ったことについて、徹底的に調べたり、体験や実践することなのだから、記憶に残らないということはあり得ない。どんな結果となっても、各々印象が残るはずで、まして何かをしていたという記憶があるのに見かかわらず、何をしていたかが、具体的に思い出せないということは、彼にとって異常である。さらに、彼に追い打ちをかけるかのように、新たなことに気づく。
(これは、俺の記憶だよな……? いやその筈だ、そうじゃなきゃいけないんだ!)
先ほどから感じていた違和感-目が覚めた時に一瞬自分が誰か分からなかったことのように―、自分の記憶のはずなのに、誰か他人の記憶を覗いているような感覚があるのだ。
(一体全体何がどうなってるんだ……)
彼は自身に起こっている事態に対応できないでいた。目が覚めたら全く知らない場所、二十二年間生きてきたものではない体、極め付けに自身の記憶が他人のものであるような感覚。最初の一つだけだったらまだよかったかもしれない。何らかの原因で遭難してしまっただけかもしれなかったのだから。残り二つはもうどうしよもない。夢でないことはもう分かりきっている。彼の理解でしうる範疇を超えていた。
思わず右の掌で両目を覆った。
この時、彼は自らの命を帯かす存在が迫ってきていたことに気づいてはいなかった。彼は自身の現状にかなり混乱していたし、視線は空へ向いていたため、〝それ〟に気づきようがなかっともいえる。しかし、〝それ〟は彼の事情など知る由もないし、知ったとしても理解できないだろうし、どうでもいいことだろう。何故なら、〝それ〟にとって〝彼〟は、ただの獲物でしかないのだから。
彼が思考を放棄してどれほどたっただろうか。彼の耳に、芝生を踏むような音が届いた。彼は咄嗟に起き上がり、音のした方に視線を向ける。その視界に入ってきたのは、焦げ茶色の体毛でその成人男性ほどの巨体を覆った、猪のような獣がいた。四肢は太く、口から鋭く伸びる牙で噛みつかれたらただでは済まないだろう。その鼻息は荒く、太い脚は地面を踏みならしており、今にも突進してきそうだ。直撃でもしたら、命を落とすことは確実だろう。
そして、ついに獣は咆哮をあげ、彼に向って突進した。それまで動けずにいた彼は、獣の咆哮で我に返り、彼の命を奪わんと突進する獣を避けようと、地面を蹴り右に跳ぼうとした。以前の彼の体であれば難なく避けることができたかもしれない。しかし、今は年若い少年の体で、しかも、今まで体を動かしていなかったことが災いして、完全に避けきることができず、獣の突進は彼の体を掠める。たったそれだけで、少年の肉体は軽々と飛ばされ、彼は背中から木へ激突した。衝撃が彼の体を駆け巡り、意識を掠め取っていく。
暗転していく彼の視界に映ったのは、再び彼に突撃せんとする、獣の姿だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこにいたのは、白髪を肩口まで伸ばし、灰色の足元までの長さのローブを纏い、白く先端に翡翠色の宝石をつけ、各所に装飾が施された身の丈ほどの杖を持った、老女の姿だった。
「あらあら、強い魔力を感じたから来てみたら……。これはいったいどういうことかしら?」
そう呟く老婆の視界に映るのは、横合いから何かの衝撃を受け絶命した猪のような獣と、木の根元に倒れ傷だらけの白い少年の姿だった。
読了ありがとうございます。
感想言いたい!という方はお願いします。
それによって執筆ペースがあがったりさがったりするとおもいますので。