一日目その四
マミと相対している衛兵長の表情は硬い。
前に彼女と会ったとき、確かただの鍛冶屋だったはずなのだが、この状況を見る限りマミもまた、それなりの立場にある人間ということなのだろうか?
この部屋は、一番奥にある部屋ほどではないものの警備レベルの高い部屋の一つだ。
先ほどの部屋が十段階で一番高い10だとすれば、この部屋は8ぐらいにはなる。
それほどの部屋に入ることができるのだから、彼女はそれなりに重要な役どころに付いているのかもしれない。
「先の会談は終わったみたいね?」
「はい。例のあのお方からの新しい指示が出ました」
「……ふーん。あくまで名前を出すつもりはないと……」
衛兵長の言葉にマミはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「はい。こればかりはどうしようもできないので……」
「そんな言い訳は聞きあきたわ。それで? 例のあのお方はクリスティーヌ姫を本気で消そうなんて思っているの?」
「……どうでしょうか? あのお方の本意というのはなかなか見えづらいところがあるので……」
「そう……」
開始早々いきなり恐ろしい会話が交わされる。
こういう発言をするあたり、先ほど衛兵長が部屋で会っていた“あの方”がクリスを葬り去ろうとしている人物ということで間違いないのだろうか?
そうであれば、あの扉からその人物が出てくる可能性に掛けて、扉の前で待機するべきだっただろうか?
「……そう。まぁいいわ。そのあたりが聞けただけでも十分……さて、雑談はこれぐらいにして本題に入りましょうか」
「……例の件ですか?」
「えぇ。設置は進んでいるかしら?」
例の件だとか、あのお方だとかあまりにもぼかした言い方が多くて、いまいち何がどうなっているのかわからない。
普通であれば、人がいないであろうこの場所においてもそんな話し方をするということは、それ相応に周りに話を聞かれることを警戒しているということなのかもしれない。
そこまで人に聞かれることを気にするというのは相当な話だ。
「……とまぁそんな風に言ってみたはいいけれど、何の話だったかしら?」
しかし、メイが持った緊張感もマミの一言で一気に途切れてしまう。
「あのですね……しっかりしてくださいよ」
「いや、そういわれましてもね……私としても、完璧超人じゃないわけで……物忘れぐらいは当然ながら人並みにはするわけで……ということで教えてくれるとありがたいのですけれど」
「……忘れないでくださいよ。大切なことなんですから……それじゃ、どこから話しましょうか……」
どうやら、思っていたよりも簡単に情報を入手できそうな流れになってきた。
「そうですね。せっかくなので最初から整理しましょうか」
マミが提案すると、衛兵長が大きく息を吐く。
その時、マミの視線が一瞬だけメイのほうへ向けられたような気もするが、気のせいだろうか?
そのあとは黒幕と思われる人物の名前は出さないながらも、クリスが監禁されている部屋から出口までの間のどこにどんなトラップが仕掛けられているかの確認が中心であり、議論は徐々にそれをどうやって排除するかという方向へと向かっていく。
思ってもみない方向へと話が進んでいくので、メイはすっかりと聞き入ってしまう。
そして、すべての話を終えるとマミは大きく深呼吸をして、立ち上がる。
「まぁいろいろと大変でしょうけれど、頑張ってちょうだいね。私、あの姫は大嫌いだけど、だからと言っていなくなっちゃ困る存在でもあるから……あくまであの子のために協力しているだけよ」
「はいはい。わかっていますよ。まったく、忘れたとか言いながら敬語を使いだしたときはおかしくなったのかとひやひやしましたよ」
「あらあら。あなたも面白いことを言うのね。まぁ“二人とも”せいぜい頑張りなさい」
マミは、部屋の片隅にいるメイに視線を送った後、ほかに誰かいるのかと周りを見回す衛兵長を背に歩き出す。
彼女はどういうわけかメイの存在に気づいていたようだ。
マミが帰っていくのを確認すると、衛兵長は部屋の中を今一度確認してから退室していった。




