クリスのメイド
王宮の一番奥。
限られた王族のみが出入りを許されるとされる区画のさらに奥。
めったに人が訪れることがないその場所にある部屋にクリスの姿があった。
彼女の傍らに立つのは専属メイドのアニーだ。
「ごめんなさね。私のせいでこんなことに巻き込んでしまって……」
先の脱走の罪は思いのほか、重く見られているようでクリスは専属メイドのアニーともどもにこの場所に監禁されてしまったのだ。
自分がこういった目に合うところまでは覚悟していたのだが、まさかアニーも巻き込まれたような形になるのは予想外でとても申し訳なく思ってしまう。次に同様の行為をしたら、今度は彼女が自分の代わりにひどい目に合わせれてしまうのではないかと不安になってしまう。もしかしたら、この処置にはそんな狙いがあるのかもしれない。
まだ、地下牢ではないあたりましなのかもしれないが、それもまた、この処置には次に同じことを繰り返せば、代わりに厳罰を受ける人間がこれ以上の罰を受けることになると暗に示しているようにも感じる。
そう考えてクリスは身震いする。
クリスはアニーを見捨てて自分の利益を優先させることのできるような人間ではない。おそらく、それを相手もわかったうえでこういったことをやっているのだろう。そうだとすれば、なおさらたちが悪い。
クリスは深くため息をついてベッドに腰掛ける。この部屋にはクリスとアニーの二人(メイを含めれば三人)いるのだが、この部屋にはベッドも机も椅子もすべて一つしかない。おそらく、一人の人間が長期間監禁されることを前提に作られているのだろう。わざわざそんな空間に二人を一緒に入れる意味というのもまた考えてみたくなる。これが男女であれば大変なことだ。
もっとも、アニーの方は表向きにはあまりに気にする様子も見せず、最初こそ恐縮してベッドを使うことを拒んでいたが、今はクリスと体を密着させてベッドに潜っている。
「ねぇアニー」
「何ですか?」
「……私の行動って間違っているのかな? 私が知りたいことのためだけに周りを巻き込んで、迷惑をかけて……私、私……どうするのが正しいのかな? あなたも私の専属メイドになったせいで傷ついて……私どうしたら」
クリスの言葉にアニーは無言で立ち上がり、クリスの目の前までやってくる。
そして、彼女は平手でクリスの右頬を打った。
「えっ?」
クリスティーヌ姫と入れ替わってから、このようなことをされたことのないクリスは一瞬、何をされたかわからずに呆然とする。
しかし、アニーはそんなこと気にするそぶりを見せずに声を荒げた。
「なに弱弱しくなっているんですか! 私は、国王様にダメメイドだって言われて、落ち込みましたし、やめようかとも思いました。それでも! それでもあなたを支えたいからここに残っているんです。私はあなたが何をしようとしているのか知りません! けれど、けれど、あなたがそんな簡単に投げだしたら私はどうすればいいんですか! 私はどうしてここに残ったんですか! 私はメイドであなたは王族なんですよ! だったら、それらしく王族をはたいた下民に対して叱責しなさいよ! 罰を与えなさいよ! 私は、それぐらいの覚悟であなたのそばにいるんですよ。なのに、なのに……なんであなたはそんな弱気になっているんですか! メイドなんてどうなっても構わないぐらいの態度でいてくれないと、私がいる意味がないじゃないですか!」
アニーは涙目だった。
彼女はそれだけ言い終わると、部屋の端……クリスがいるベッドとは反対側の壁際に壁の方を向いてうずくまる。
「……アニー……」
彼女の予想外の行動にクリスはしばらく動きを止めるが、少しの間をおいてクリスは小さく深呼吸をする。
そうだ。自分は覚悟を決めてここにいるのだ。だったら、この程度の事でくじけてどうする。
そう考えて、クリスはアニーの背後まで移動してその背中を優しく抱きしめた。
「……ごめんなさいアニー……目が覚めたわ。あなたの言う通り、王族らしくあなたに罰を命じてもいいかしら?」
「……はい。何なりと」
アニーは顔をこちらに向けない。
まだ泣いているのか、嗚咽をあげながら下を向いている。
「まったく、顔をあげなさい。あなたの顔が台無しよ……まぁいいわ、特別にこのまま聞くことを許してあげる……アニー」
「……はい」
「アニー。あなたはずっとこれからも私のメイドとして務めを果たしなさい。たとえ、どんなつらい目にあっても、私が死ぬまでそばにいなさい」
これが男女であれば告白にも聞こえる一言にアニーは顔をあげてこちらを見る。アニーと四六時中一緒にいるせいで、すっかりと空気になっているメイがあきれたような表情を浮かべているのは気のせいだろう。
「アニーこれから、私の話を聞いてくれるかしら?」
「……はい」
クリスは再び深呼吸をしてからゆっくりと、話し始めた。




