勇者の姉の話(後編)
勇者の姉。
普通であれば表舞台に立たないであろうその人物は偽の聖剣を持ち、勇者パーティを引き連れて一気に進軍していった。
それまでの腑抜けた勇者の態度に不満を持っていた面々は多少の違和感を覚えつつもその背中についていく。彼らからすれば、勇者が何かしらの覚悟を決めたのだろうという程度にしかとられていなかったのが幸いした。
何よりも単なる寄せ集め集団だったのでパーティの面々が勇者のことを知らなかったことも幸いした。
多少違和感を覚えたところでこいつはそういう人間だで済まされる。
その環境は勇者のふりをする人物にとっては最適の環境だ。ゆっくりと勇者はこのような人物だと刷り込んでいけるからだ。
ただ一つ、性別の違いはごまかしきる必要があった。
偶然にも勇者の姉の体型はあまり発育がよくなく、十分に勇者のふりをすることができた。しかし、服を脱いでしまえば否が応でもわかってしまうので治療は腕などを除いて自分でやったし、風呂なども必ず一人で入るように心がけた。
その成果もあって、勇者の姉は偽物だとばれることなく、魔王城へ向けて、信じられないようなハイペースで進行することができたのだ。
そして、日付は魔王との決戦が行われる直前まで進む。
*
勇者と勇者の姉が入れ替わる経緯まで話したところで彼女は小さく息をついて話をいったん切る。
「……あなたは自身の弟に手をかけたのですか?」
その中で真っ先に口を開いたのは意外にもアンズだった。
彼女は怒りからか体を震わせている。
「……いえ、殺したりはもちろんけがもさせていません。ちょっと気絶してもらっただけです。あとは近衛の人に引き取ってもらって、私が偽勇者になって終了です」
「そう。それで? 魔王と姫が入れ替わっているのは知っていたの? 知らなかったの?」
本物の勇者の動向ももちろん気になるが、魔法を発動させっぱなしではアンズに負担をかけてしまうだろうからと、クリスは自身が一番聞きたかった確信について話すようにと促す。
ただ、相手もその反応はある程度予想していたようで小さくため息をついて頭をかいた。
「……せっかちね。まぁそうね。答えだけ言わせてもらうと、“知っていたわ”。伝令の人が持ってきた手紙でね。私としてはもしかしたら、魔王と姫が入れ替わったという偽情報をあなたが流して私を動揺させたいのかと思ったけれど、“必ず殺せさもなければ、お前の命がない”なんて来るものだから、本当だとは思ったわ。だからこそ、その命令通りに聞く耳を持たずにあなたを……いえ、クリスティーヌ姫を殺した。返答はこれで十分かしら? あぁそうそう、手紙の差出人については私もわからないわ。国の人間であることは確かでしょうけれど」
「わからないって……どうして?」
「さぁ? 国の正式な郵便物であるというしるしはついていたし、伝令も本物だったんだけど差出人が書いてなかったのよ……とあなたがせかすから話が終わってしまったわ。ということで帰って頂戴」
彼女は突然、これ以上は話すことはないといわんばかりに手を振った。
「ちょっと!」
「あなたがききたい事は話したでしょう? 帰って」
確かにこれ以上彼女から聞くことはないとは思うが、これでは納得がいかない。
さらに詰め寄ろうとするが、それをアンズが無言で制した。
『これ以上は時間の無駄よ。帰りましょう。急に押しかけたのはこちらの方ですし』
続けてメイにも促されて、クリスは仕方なく立ち上がる。
「……また来るかもしれません。そのときはもっと詳しく話を聞きます。それでは失礼します」
クリスは不機嫌そうな表情を隠さないままメイとアンズを連れて勇者の姉の家を後にした。




