王女様と勇者の姉と
夜の王都。
しばらくの間、町を歩いてたどり着いたのははずれの方にあるスラム街だ。
普段であれば、治安が悪くとてもじゃないがいいとは言えないが、今は人がいないから関係ない。
こういった形でしっかりと人払いの魔法が生かされているあたり、さすがだと思ってしまう。
クリスは物珍しそうに周りを見ながら歩いていく。
『ここは相変わらずね』
「来たことあるの?」
『えぇ。何度か来たことがあるわ。もっとも、私は身分は隠していたから相手は私の本当の立場なんて知るはずもないのですけれど』
「それはここに限らない話でしょう?」
クリスがきくと、メイはあいまいな笑みを浮かべた。
ここに限らず、クリスがその身分を明かせばパニックが起こる。普通に考えれば、一国の王女が町の中を歩いているということなどありえないのだから……そもそも、魔族がこの王女をさらったというのも、もとをただせばただの偶然だ。
そこまでの偶然が重なり、さらに偶然に偶然を重ね塗りをして現状があると考えると少し複雑だ。
もっとも、今はそのようなことは関係ないのだが……
「もうすぐつくわよ。例の勇者の姉の家」
「本当にこの辺りなんだ……」
「えぇ。相変わらず、質素な生活をしているようね。まぁ人の暮らし方に何か言うつもりはないのだけど」
アンズはそういいながら一軒の家の前で立ち止まる。
「……ここが勇者の家か……」
『うんうん。懐かしいわね。昔、遊びに来たことがあるから……』
よく一国の姫がこんなところまで遊びに来たなとは思ったが、それは口に出さないでおくことにする。
返ってくる答えはなんとなくわかるし、それをわかったうえでわざわざ口に出す話題でもない。
「邪魔するわよ」
アンズは中の人の在宅を確認することもなく家の中に入っていく。
人払いの結界の影響で家の中に勇者の姉以外はいないという確信を持ったうえでの行動だろうから間違ってはいないだろう。
クリスとメイもアンズに続いてその家の中に入っていく。
「お邪魔します」
『続いてお邪魔します』
家の中にずんずんと入っていく二人に続いて控えめな態度でクリスとメイが家の中に入っていく。
中に入ると、すぐにボロボロの布団が敷いてある場所に出て、その布団の上に勇者の姉は静かに座っていた。
「……いらっしゃい。事前に約束をするということは知らないのかしら? わざわざ、人払いの魔法も使っているのね」
突然、三人が来訪したというのに勇者の姉は非常に落ち着いた態度で応対する。
まるで最初からこのことを予想していたかのような態度だ。
「大したものは出せないけれど、くつろいで頂戴。まぁそのつもりがあったならだけどね」
「えぇ残念ながらゆっくりするつもりはないわ」
アンズはそういいながらも水がおいてあるコップの前に座る。
最初こそ戸惑っていたクリスであるが、とりあえずアンズの横に座ることにした。
「それで? こんな面々でここまで何の用事でしょうか?」
「……それは、あなたが一番わかっているのではないですか?」
全員が小さな机を囲む中、非常の険悪な雰囲気でその話は始まった。




