アンズと夜の町
真っ暗な王都の道。
クリスとアンズ、メイは速足でそこを抜けていく。
「ねぇアンズ。いくら夜だとはいえ、人がいなさすぎと思ない?」
そんな中でクリスが先ほどから感じていた疑問を口にする。
アンズはそれに特に表情一つ変えることなく、小声で返答を返す。
「単純よ。あなたたちが王宮を出たときに……正確に言えば、夜間に王宮の敷地内にある建物を出た瞬間に発動するようにあなたたちの周り限定で特定の人間以外近づかないようにする人払いの魔法をかけたの。そうでもしないと大騒ぎになるわよ。はたから見れば夜の町を少女が一人で歩いているんですもの。声をかけたのが善意から迷子や家での心配ならいいけれど、そうでなければ……まぁわざわざいう必要はないわよね?」
アンズは流し目でこちらの様子をうかがい始める。
その目は人払いの魔法をかけられている可能性になぜ気付けないのかという心情をありありと語っていた。
その視線に当てられてクリスは、少し気まずくなって視線をそらす。
「メイ。星がきれいね」
『話までそらさなくてもよかったのじゃないの?』
「まぁまぁいいじゃないの。とりあえず、これからの予定は?」
クリスは改めてアンズの方を向いて話しかける。
対するアンズは前を向いて歩いたまま話し始めた。
「そうね。まぁ勇者の姉に会いに行くわ。話はそれからよ」
「まぁそうでしょうね。勇者の姉に話を聞きに来たわけだし」
「えぇ。というわけで急ぎましょう」
アンズはわずかに歩調を早める。
それにしてもだ。なぜだかわからないが、目の前を歩くアンズと夜の町はとてもよく溶け込んでいるような気がした。
別に悪い意味ではなく、彼女はまるで夜の街を我が物顔で散策する黒猫の様だ。
魔王城にいたときから彼女は基本的に自由な人間であり、自身が興味のある事柄だけに協力してきた。
そういった意味では、今回の出来事に関して彼女なりに興味を持ったということなのだろうが、それについては今は気にしなくてもいいだろう。調べようとしたところでどうせわからないことだからだ。
『えっと、アンズさん』
そんな風にして、考え事に励んでいる中、メイがアンズに話しかける。
普段、当たり前のように会話をしているので忘れがちだが、アンズは数少ないメイの姿を見ることのできる人間の一人だ。
アンズはメイの声に反応するように後ろを向く。
「どうかしたの?」
『あーいえ、あの……あなたはなんでここまでしてくれるのかなって……あなたは元は魔王城の人間でも今は関係ないでしょうし……』
メイの言葉を聞いてアンズはおおきくため息をつく。
「そうね。まぁそういう見方もあるけれど、私はあまりそういう考えは好きじゃないわ。ただ単純に旧友がわがままを言っているから仕方なく聞いているだけよ。まぁ後日、相応の見返りを求めるつもりでしょうけれど……魔法使いにとって、必要はモノの中には女性からとるモノもあるわけだから」
アンズが品定めでもするような目でクリスの姿を見る。
その視線にクリスは一瞬、びくりと体を震わせたが、肝心のメイは彼女が言った言葉の意味をよく理解していないようで首をかしげている。
怪しげな笑みを浮かべたアンズはそのまま夜の街を闊歩する。
その姿はやはり、我が物顔で町を歩く黒猫とどこか重なって見えるような気がした。




