城壁の外へ
壁にある小さな穴から抜け出したクリスは一刻も早く王宮から離れようと走り始める。
この辺りは一回目の脱走で逃げ込んだ森のすぐ近くなのだが、あの森と違って隠れられる場所が少ないので夜が明けるまでに確実に町に到達する必要がある。
メイ曰く昔はこの辺りの警備はかなり雑で簡単に抜け出せたとのことだが、魔王の脅威が去ったこのご時世急激に警備が強化されているので割と発見される確率が高いとのことだ。
まぁある意味当然かもしれない。
メイはどうしてかと首をかしげていたのだが、暴君は暴君であるほど実は臆病なモノなのだ。
もしかしたらあの臣下が裏切るかもしれない。あの衛兵たちが反乱を起こすかもしれない。
特に魔王というある意味最大の脅威が去った今では民衆が何かしらの理由から反乱を起こすかもしれない。そこまでいかなくても自分の命を狙うかもしれないという不安に駆られるものだ。
だからこそ、自らの周りはきっちりと警備を固め、少しでも怪しい動きを見せればすぐに処罰する。
その姿を見て萎縮した人々は誰も逆らえなくなり、自らの保身のために忠誠心のあかしだと賄賂を献上し始める。
そして、その暴君が賄賂の額でその人物が信頼に値するかどうか判断し始めたらもう悪循環は止まらない。
暴君はより周りを信頼する臣下で固めようとし、臣下たちは自分たちの身分だったり命が惜しいからより賄賂を贈るようになって、いつの間にかそれが当たり前のことになってしまう。
一度こうなってしまっては内部の人間がそれを正すのはほぼ不可能だ。
外部からの救済者。もしくは断罪者……いわゆる革命者が現れない限りはそれが終わることはないだろう。
仮に暴君が賄賂を受け取るのをやめようと考えたところで結局は臣下がどう思っているか不安になり、踏み絵を踏ませようとする。
そうなると今度はもっと状況は悪くなる。下手をすれば市勢まで巻き込んだ大量粛清だ。そうなっては完全に手おくれだろう。あの国王は稀代の暴君として歴史書に名を刻むことになる。
そうなれば、この体も無事では済まない。そういったときに備えて、メイに悟らせない程度に第三次脱走計画も考えておいた方がいいとすら思えてくる。もちろん、アンズの協力も含めてだ。
もっとも、アンズの協力がどこまで得られるかは不透明であるし、基本的に一日中張り付いているメイから離れられるとは思えないので何かしらの兆候が見えない限りはこっそりと頭の中にとどめておく程度にしておいた方がいいだろう。
『ねぇ何か考え事? 集中しないとしくじるわよ』
「わかってる。でも、これから先のこともちゃんと考えておかないと……」
『まぁそれもそうね』
クリスとしては先ほどまで考えていたことも含めて言ったつもりであるが、相手からすればクリスのそんな考えなど知る由もないはずなので第二次脱走計画の完遂とその後始末について言っているのだ程度にしかとっていないだろう。その方が都合がいい。
おそらく、根本的には鳥かごの外を知らない王女様だ。背伸びして外の世界を知っているつもりでも彼女が王女という立場にある限りは知っているのはかなり狭い世界だという事実は変わらない。
だからこそ、この話は胸の内にとどめておく必要がある。
月光だけが周囲を照らす中、クリスとメイはそれぞれの思いを秘めて町へと駆けていった。




