王女と衛兵長
「えっえっと、先ほどは大変な無礼をその……」
クリスが衛兵長の部屋を訪問してから約三十分。
いまだに動揺しきっている様子の衛兵長はひたすら謝り倒している。
「いえ、ですから突然押し掛けたこちらも悪いですので……その……」
「いえ、このような場合も想定して構えるのが私共のやくわりでして」
普通はそんな想定していないでしょ。
そんなことを思うが、口には出さずにそっと飲み込む。
「その、事前に予告しなかった私が悪いので……いい加減に話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「はっはい。かしこまりました!」
クリスの言葉に衛兵長ははじけるように顔を勢い良く上げる。
その表情は真っ青になっていて、滝のように汗が流れているのがよくわかる。彼はそれほどまで職務を大切にしている人間なのかもしれない。
しかし、今それは重要ではない。
いや、むしろ今のタイミングだからこそ話し始めるべきだろう。
「衛兵長。本日はあなたに頼みたい事があって、ここまで来ました」
「頼みたい事……ですか?」
「はい。頼みたいことです……とっても簡単なことですので安心してください」
言いながらクリスは人の悪そうな笑みを浮かべる。
それは本来のクリスができるはずもないような魔王としての経験からくる表情だ。
そのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、衛兵長が二歩ほど後ずさりする。
「あの……クリスティーヌ様?」
「……どうかしましたか?」
「あの……その……」
すっかりとたじろいでしまった衛兵長を見てクリスは内心ため息をつく。
自分はこんなやつが指揮する衛兵につかまってしまったのかと……
「私が頼むことは簡単です。私がこの後数日後に王宮を抜け出して脱走しますので三日間だけ町にいさせてください。逃げ出してから三日後に事前に取り決めた場所にいると約束します。これでどうでしょうか? もちろん、私がいない場所を探させて……そう。例えば、前は森に逃げたから森を重点的に創作しろという指示で結構です。そして、三日後になった時点で森から切り上げて町の捜索をして私を発見。あなたたちもこの話さえばれなければおとがめなしです。いかがでしょうか?」
最初こそ相手を落とすためにあれやこれやと用意していたのだが、この様子ならば正攻法がいいと判断した上の行動だ。
さすがにいきなり言ったからか、横にいるメイはこれでもかというぐらい目を丸くしているが……
「脱走を見逃せと?」
「三日後には帰ってくるわ」
だが、そこら辺はある程度しっかりしているらしく、すっかりと顔色を戻した衛兵長がじっとクリスの顔を見つめる。
「そう三日後には……」
「三日の逃走……ただそれだけであなたの立場がどれほど悪くなるか理解していますか?」
「……覚悟の上です」
二人の間に沈黙の時間が流れる。
周りの音がやけに大きく聞こえる中、先に視線をそらしたのは衛兵長だ。
「……私はあなた様の脱走を容認したりはしません。ですが、あなたの専属メイドから私のところまで直々に脱走の報告があれば、三日ほど森を重点的に捜索しましょう」
「そうですか。ありがとうございます」
「本日は無礼を申し上げて失礼しました」
「えぇ。気にしないでください」
表向きだけ取り繕っているのか、見たところ平静を取り戻した衛兵長に背を向けてクリスは部屋から退室していった。




