アンズからの手紙
アンズとの作戦会議から数えること約二日。
何事もなかったように振舞いながら過ごしていたところにその手紙は届いた。
差出人はアンズ。その封筒はクリス以外が見ても他愛のない文章が書いてあるだけに見えるという非常に高度な魔法がかけられて送られてきた。
現に横から手紙を覗き込んだアニーは首をかしげているし、メイもその手紙のどこに脱走計画があるのかと尋ねてくる。
しかし、クリスの目からすればきっちりと脱走の手順と行先が書かれていて、そのための前準備についてもしっかりと言及されていた。
「……うん。これなら完璧ね」
さすがアンズといったところだろう。
優秀な魔法使いというのは決まって博識で天才だと相場が決まっているが、アンズはまさにその典型例だといっても過言ではない。
前は半ば唐突な思い付きで始めたから失敗したものの、ちゃんと下準備を遂行すれば今度は成功するはずだ。
クリスはアニーを下がらせてからメイの方を向き直る。
アニーは手紙の内容が気になったか、少し不満そうではあったが、彼女もメイドである以上、一応主人であるクリスには素直に従う必要がある。
なので、“あとでお茶をお持ちします”という一言とともにアニーは退室していった。
「よし、それじゃ早速準備に取り掛かりましょうか」
『えぇまぁそれはいいとしてどうするの?』
「……そうね。まずは衛兵の抱き込みからかしらね?」
クリスはにやりと不敵な笑みを浮かべて、その手紙を懐にしまった。
*
王宮の中にある衛兵の庁舎。
多数の衛兵が行きかう中をクリスは堂々と歩いていた。
廊下ですれ違う衛兵たちは何事かと動揺する者もいたが、すぐにそれを隠して廊下のわきで直立不動となりクリスに道を譲る。
クリスはいちいち礼を述べながら歩いていく。
『いきなり兵舎に行くなんてどういうつもり?』
「アンズが言うには衛兵の抱き込みが一番大切らしいからそうしているだけよ。大丈夫、ちょっと願いするだけだから」
『ちょっとお願いって……まぁ聞くだけ無駄かもしれないわね』
クリスがまったく答えてくれないとは思わないのだが、こんな衛兵がたくさんいるところでわざわざ作戦を明かすことはないだろう。
いや、先ほどの衛兵を抱き込むという内容の話でさえ少々怪しいぐらいだ。
幸いにも誰も聞いていなかったか、もしくは聞いていないふりをしているのか気にする様子は全くない。
クリスとメイはそのまま真っすぐと廊下を進んでいき、やがて一つの扉の前で立ち止まった。
木の板に黒い炭で“衛兵長室”とだけ書かれているシンプルな看板がかかったその部屋は周りに比べれた若干扉の質がいいような気がする。
クリスは小さく深呼吸をしたのち、その扉を静かに二回ノックした。
「入れ」
扉の向こうにいるのがクリスだなどと知る由もない衛兵長の返事が返ってくる。
「失礼します」
これは衛兵長の反応が楽しみだとにやつきながら扉を開けた。
それから遅れること数秒衛兵長の絶叫に近い謝罪の言葉が兵舎中へと響き渡った。




