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アンズの分析

 アンズが到着してからしばらく。

 ひたすら本に向かっていたアンズが小さく息を吐きながら顔をあげる。


「なるほど……思ったよりも複雑な状況ってところね」

「複雑な状況って?」

「この本にわずかに残っていた著者の思考を探ってみたのだけど、その結果がちょっとわかりづらいのよ」

「具体的には?」


 クリスの質問にアンズは再びため息をついてから答える。

 その様子は魔王城にいたときの彼……もとい彼女のしぐさと似通っているものがあり、改めて彼女がアベルと同一人物であると感じさせられる。

 そんなクリスの思考など知る由もないアンズはゆっくりと説明し始める。


「まず、魔王を打ち滅ぼした勇者。あれは偽物ね。次に記録にない空白時間帯。そのときは確かに勇者の所在は不明みたいよ。ただ、そういったときは記録しなくてもいいという通達がどこかから出ていたみたいね。さすがにその間の勇者の……いえ、勇者に成り代わっていた人間の行動をたどるのはほぼ不可能ね。別のアプローチ……例えば、勇者の偽物を演じていた本人とかに聞いた方がいいわ」

「なるほどね……となると、勇者にそっくりな人物」


 クリスがそういうと、アンズはそれに付け加える形で口を開く。


「……それでいて性別は女ね。ある一定の時期まではパーティのメンバーと寝食はおろか、風呂まで一緒に入っていた勇者が食事以外はすべて別行動をとるようになっている。それに記録者が見ている細かい行動の変化から女性らしい仕草がところどころにうかがえるわ。といっても、これに関しては単なる主観だし、裸の勇者を見たわけでもないでしょうから何とも言えないけれど」


 彼女の持論を聞いたクリスは少しばかり天井を仰いで思案する。

 そして、すぐに結論は出た。


 勇者にそっくりの女性。そんな条件にあてはまる人物などそうそういないはずだ。

 そして、その条件にぴったりとあてはまる人物を一人知っている。


 勇者の姉。彼女こそ、まさにこの条件にあてはまる唯一無二の人間ではないだろうか?


 メイも同様の考えに行き当たったようでこちらを見て小さくうなづいた。


「よしっ。それじゃ勇者の姉に改めてあって話を聞きに行きましょうか」

「……バカじゃないの? やっぱり、あなたバカでしょ? そうバカよね?」


 決意した直後に横に座るアンズから強烈な一言が飛んできた。


 その言葉に反応するような形でクリスがアンズをにらむ。


「どういうこと?」

「……あのさ。普通に聞きに行ったところでしゃべるわけないでしょ。やるんだったら、話ざるを得ない状況を作らないと……拷問だったらいろいろやり方知ってるわよ。死なない程度でえげつない奴」


 彼女が自慢気な顔でそう言ったとたん、世界が凍ったようにその場の全員が動きを止めた。

 クリスがさりげなくアンズの表情を見てみると、彼女の目は本気だ。


「……あのさ、さすがにそれは……」

「冗談よ。さすがにそこまでは求めないわ」


 クリスはどう見ても本気だったと思うという言葉を必死に飲み込んで思考を切り替える。

 方法は別として確かにあの勇者の姉に真実を話させるのは少し骨が折れるかもしれない。


「だったら、今度は勇者の姉に対してどうするかという作戦会議ね」


 クリスがそういうと、全員は同意したようにうなづき、アニーがさりげなく席を外す。

 それを確認したクリスは本をどかして机の上に羊皮紙を広げた。


「さて、それじゃ作戦会議を始めるわよ」


 クリスはにやりとした笑みを浮かべながらそう宣言した。

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