王立図書館の記録
王立図書館の奥の奥。
最近、魔王討伐に関する記録が書かれた本がおいてあるという棚の前にクリスとメイの姿があった。
クリスは膨大な量の本の中からいくつかを抜き取ってそれを机の方へともって行って読み始める。
『ちょっと、あの量の本を全部読む気?』
「そうに決まってるでしょ? これで何も出てこないぐらいじゃないと安心できないの」
彼女はそう言いながら一冊目の本を開く。
その本は全十巻で構成されていて、勇者の動向を時系列順に記録している資料だ。
クリスが魔族にさらわれた三日後に勇者の選定を行い、翌日に出発するまでの経緯からしっかりと表記されている。
そこに書いてある限りでは勇者の家族構成として姉が一人とだけ書かれていて、勇者に選ばれたのは弟であると書かれている。
魔王討伐の理由としては、人々の生活を脅かす魔族を一応打尽にする。さらわれたクリスティーヌ姫を救出するという二点が大まかに書かれていて、他にいくつかこまごまとした内容が書かれている。
少なくともこの時点では……もしくはこの紙面上ではクリスティーヌ姫救出も目的に入っていたようだ。
もっとも、これは外部の目にさらされる可能性がある記録なので仮にその気がなかったとしても堂々とそうではありませんとは書かないとは思うが……
クリスが調査しようとしているのはその先……実際に出発してから到着、魔王討伐までの間にどの程度これらに関する行動の記述があるかで判断を判断しようとしているのでとりあえず、ここはいいだろう。
そもそも、ここにあからさまにそんなことが書いてあったらさすがに引いてしまう。
クリスは次のページを開く。
この本は単なる記録という意味合いが強いらしく、細かい文字がびっしりと並んでいるだけの本だ。
それを一冊読み切ったタイミングでクリスは体を大きく伸ばす。
「はぁ一冊読むだけでも一苦労だわ……」
「紅茶でもいかがでしょうか?」
「頼んでもいいかしら?」
そんな短い会話を交わした後、クリスは再び本を読み始める。
二冊目には勇者が王都を発ってから魔族領に入るまでの出来事が中心に書かれていて、これもまたかなり細かい記述がされている。
おそらく、勇者パーティの面々の中にそういったことを記録する記録係がいたのだろう。これはどう考えても、あとから本人たちの証言を基にして作成したような代物ではない。
クリスは旅における勇者の動向を慎重に見ていく。
素直で謙虚、性格は非常に穏やかであり戦いはあまり好まない。そのせいか、戦闘力も低め……これを読む限り、なぜ勇者に選ばれたのかわからないぐらい勇者に向いていない人間だ。
そもそも、勇者の選定の様子は書かれいてたが、その基準は書かれていなかったと今更ながら思い出す。
そんな風にして、本を読みふけっているとクリスが読んでいる本の横に紅茶と砂糖、レモンがおかれた。
「ありがとう」
「少しは休んだらどうですか?」
「いえ、今は大丈夫よ」
軽くお礼を述べたクリスは紅茶を一口飲んでから読書を再開する。
その直後、ある事に気が付いた。
“そもそもこの紅茶、だれが入れたものだろうか?”という疑問である。
そばにはメイがいるが、彼女は実体がないために紅茶をいれられない。となると、これをいれたのは別人ということになる。
クリスがゆっくりと顔をあげると、そこには胸の前に抱えるようにして盆を持ったアニーの姿があった。
「アニー。なんであなたここに?」
「なんでも何も専属メイドですので。ほかに何かあればいつでも声をかけてください。この盆を片付けてまいりますのでいったん失礼します」
彼女はそういうと、にこりと笑顔を浮かべてから一礼し、書棚の間にある通路へと消えていった。
クリスはしばらくの間、呆然とその背中を見送っていたのだが、これも彼女の仕事のうちなのだろうと納得して読書を再開した。




