ゆうしゃ
魔王城の門前に立ち、門番と戦う勇者の姿を見てクリスは大きくため息をつく。
「あれほどの足止めも効果がないとは……」
「無茶苦茶というかなんというか……すっかりたくましくなっちゃって」
「いや、そんなことを言っている場合ではないと思うが?」
戦況はある意味最悪だ。
とりあえず部下に命じて城内のトラップを三割増しにしてあるが、その程度で勇者を足止めできるとは思えない。
過去に砦の中を迷路にしたことがあるが、あろうことに勇者は壁をぶち抜いいて一直線に進んでいった。
この経験から魔王城内の迷宮化は無駄な魔力を消費するだけという判断が下った。
「まぁかくなる上は」
「なんだ? 秘策があるのか?」
「えぇ。もちろんよ。広間で出迎えるわ。ついて着て頂戴」
「わしが居てもいいのか?」
「まぁいいわ。ついてきて」
こんな話をしている間にも門番は倒され、勇者の魔王城への侵入を許してしまった。
時間がない。
アベルの協力を仰ぐことはできないし、側近たちを城内の各所に配置したが、勇者に勝てる見込みなど到底ない。
「どうするつもりだ?」
「最後の手段よ。交渉して時間を延ばすわ。あなたも協力して頂戴」
「何をだ?」
「適当にクリスティーヌ姫を演じてくれればいいわ」
「はぁ?」
魔王が何を言い出しているか理解しきれない。
交渉? そんなもので勇者が止まるのだろうか? これまでの状況を見る限り問答無用で行きそうな気がするが……
「今もそうだとはわからないけれどさ」
そんな心中を察したように魔王が口を開く。
「昔っからあの子、人の頼みが断れないところがあるのよね。だから、どうしても今は戦えないから後日にしてって頼んだからいいと思うの。そうすれば、きっと引いてくれるはずよ」
「……そうか。って納得できるか! 魔王だぞ魔王! 最大の敵だぞラスボス! それが調子悪いとか言ったら絶好のチャンスだろうが!」
クリスは魔王の肩をガッとつかみもう抗議する。
「いや、だからな……まぁとりあえず、落ち着こうか。もうすぐ広間に勇者が来るし」
「だからなぁ」
魔王は大きくため息をつき、何かを思い出したようにクリスを見た。
「そうだ。最期に一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あなたの名前よ。名乗るのに必要でしょ」
「……わしは魔王だ。それ以上でもそれ以下でもない。魔族の王でニンゲンに厄災をもたらす権化ともいえる存在。ただそれだけだ」
「そう。わかったわ」
魔王はあっさりと納得してその場から離れ、壇上の玉座へと向かっていく。
その背中からは並々ならぬ意志を感じた。
口にこそ出していないが、彼女はこの戦いで果てるつもりなのかもしれない。
大した戦い方も知らない彼女がちゃんと交渉をできるように防護魔法を張るぐらいの援助はするべきだろう。
攻撃魔法で迎撃したいところだが、それをすれば姫が勇者を攻撃したようにしか見えない。
だから、防御魔法による手伝いまでにとどめておこう。
クリスはこっそりとあちらこちらに魔法陣を仕込む。
この間にも勇者は城内を嵐のような勢いで破壊しながら進んでいた。
「さて、最後の仕上げと行きますか」
玉座に座り、菓子をむさぼる魔王はにやりと人の悪そうな笑みを浮かべる。
姫としての生活に戻るのはうんざりだ。
だったら、いっそのこと魔王として果てるのもありかもしれない。
そして、大広間のドアが勢いよく開かれ、勇者が姿を現す。
「よくぞ来た! 勇敢なる……」
一瞬、なにが起きたか理解できなかった。
勇者が手を前に出したかと思うと眼前を何かが通り受け、頬に焼けるような痛みが走る。
「ぐっいきなり何を!」
「消え失せろ。人類の敵め。かようなところに姫を連れてきて何をしようとしていた? どうせ、我らに姫が自分のものであるかのように見せつけるつもりなのだろうが、そんなことは無駄だ」
「ちょっと待て、勇者よ。少しぐらい話を……」
「黙れ!」
勇者は問答無用で攻撃を始める。
クリスは急いで防護術式を発動させ、魔王に交渉の時間を与える。
「ちょっと待て! 話を聞けと言っておる!」
「うるさいうるさいうるさい! 黙れ害悪が!」
何がそんなに怒れるのか? 何が勇者をそうさせたのか?
交渉は絶望的だろう。
それでも魔王は必死に交渉を試みる。
それが無駄だとわかっていても最期まであきらめなかった。
気が付けば、あっという間に終わってしまった戦いの中で初めて抜かれた聖剣を胸からはやし魔王は息絶えていた。
驚きとこれからのことに対する絶望で声もでない。
気が付けば、勇者に抱きかかえられ魔王城を後にしていた。
読んでいただきありがとうございます。
少し駆け足気味となってしまいましたが、これで序章は終了です。
これからもよろしくお願いします。