メイの不安
勇者の姉の話を聞いたクリスは倉庫の中にいたメイを探し出して廊下へと繰り出していた。
『ねぇいきなりどうしたの? あの人と何かあった?』
あまりの急展開についていけてない様子のメイがクリスに声をかける。
クリスはこの場でメイに事情を話そうかと考えたが、誰かに聞かれはまずいのでまっすぐと自分の部屋に向かう。
『ねぇクリス!』
「あとで話すから。部屋で話すから待ってて」
どこか心配したような様子で話しかけるメイに声をかけてクリスはズンズンと廊下を進む。
あの話をした後、勇者の姉は帰る直前に“あなたは王国にとってお荷物でしかないのよ。邪魔者”などと言い放った。
別段、魔王としては何を言われても文句は言えないが、クリスティーヌに……メイに対してそんなことを言うのは許せなかった。
国王も勇者もその姉も明らかにおかしい。どうしたら、平然とあんなことを言えるのだろうか。
自分がこの王宮で見てきた限り、魔王城に来る前クリスは懸命に頑張っていたはずだ。
だからこそ、使用人たちに慕われていたのだろうし、使用人体験をしたいなどというわがままを受け入れてくれたのだろう。
なんだか、メイが王宮から抜け出したいと言っていたことの本質がわかったような気がする。
こんな状態では自分でも王宮にいるのが嫌になる。
『あとで話すって……やっぱり、私がいないとまずかった?』
「そこは問題じゃないわ。あの内容じゃいずれにしても反応は同じだろうから。とにかく、さっきあいつが話していたことについてちゃんと調査と裏付けをしないと」
『あいつって彼女のこと?』
メイの質問に無言で肯定する。
あの時、ほんのいじわるのつもりであの場から離れたせいで考えているのか、彼女はしきりに話しかけてくる。
「とにかく、事情は部屋で話す」
しかし、あれほどの話を……クリスと魔王が入れ替わっていたという事実を知られていたなんて言う話、誰が聞いているかわからないような状況で話すわけにはいかない。
クリスは自然と歩調を速めながら倉庫から遠い場所にある自室を目指す。
こうなってくると、さすがにメイもただ事ではないと気づいたのか口を閉ざした。
「おはようございます」
「おはよう」
途中で何人かの使用人が声をかけてきたが、クリスはただあいさつを返すだけで通り過ぎる。
それを見た使用人たちは何かがあったのかと噂話を始めるが、それはクリスの耳には届かない。いや、届いていても気にしない。
別に立ち止まって立ち話にぐらい応じてもいいのだが、ちゃんと明るくふるまえる自信がない。
その後も何人かの使用人たちとすれ違い、クリスは自室に到着する。
「おはようございます。クリス様」
部屋に入ると、掃除をしていたらしいアニーがぺこりと頭を下げる。
「おはようアニー。仕事中申し訳ないのだけど、今少しだけ一人でいたいの。私が呼ぶまでいったん下がってもらってもいいかしら? その後、時間があったらゆっくりとお話ししましょう」
おそらく、アニーはクリスの新しい専属メイドなのだろう。
クリスとしてはゆっくりと雑談をしたいところであったが、今はそれどころではない。
アニーは一瞬、驚いたような表情を見せるがすぐに頭を下げる。
「はい。仰せの通りに」
彼女はそういうとそそくさと道具を片付けて退室していく。
「アニー。私と二人でいるときは敬語じゃなくてもいいわよ」
彼女の去り際にそう声をかけた。
アニーは返事こそしなかったが、その背中はどこか嬉しそうだ。
アニーが部屋から出ていくのを見送ったクリスは自身の真上を飛ぶメイに視線を向ける。
「……メイ。これから話すこと真剣に聞いてほしい。私たちのこれからにかかわることだから……」
クリスはそう前置きをして、ゆっくりと勇者の姉との間で何があったのかを話し始めた。




