倉庫の休憩室
朝になったというのに相変わらず薄暗い倉庫の一角。
その一角にあった机といす……倉庫にしまわれたものだと思っていたのだが、そこが勇者の姉的には休憩室なのだという。
昨日掃除したばかりだというのにすでに埃っぽいその倉庫の中で彼女はどこからかもってきたティーセットを持ってくる。
「あぁこれは、ちゃんと私の私物だからね」
私物でないときがあるのだろうか? という疑問が喉元まででかかったが、それは口にしない方がいいだろう。
確か、以前魔王城で‟生まれの関係で人のモノを盗んで生活していた”なんていう話が合ったような気がするので要はそういうモノではないとわざわざ前置きしたというわけなのだろう。
クリスは彼女が紅茶を淹れるのを見ながら小さく息を吐く。
それにしてもだ。ここまで来てもメイが何も言ってこないというのはいかがなものだろうか?
いつもであれば、‟この人の名前はどうで”とか‟こういったことに注意してください”なんていう言葉が聞こえてくるところなのにまったくそれがない。
まぁもっとも、性格とかそのあたりは魔王城にいたころにそれとなく聞いているので問題ないかもしれないが、名前だけは……さすがに名前だけは分からないというのは避けたいところだ。
「メイ。ちょっと、メイ」
勇者の姉が菓子を取りにいったタイミングでメイに話しかける。
先ほどから上を見たり、下を見たりとしきりに視界を動かしていたメイは少しの間をおいてクリスの方を向いた。
『何?』
「何じゃないわよ。あの勇者の姉の情報。いろいろとほしいんだけど」
『あーえっと、そうね。ごめん……名前よね。名前……えっと……』
彼女はそう言いながらあごに手を当てて思案し始める。
そんな彼女の姿を見ていると、クリスの中である一つの可能性が浮上し始めた。
「……もしかして、覚えてないの?」
『人間というのは忘れて行く生き物なのよ』
「だからって友達の名前忘れるなよ! どうするの? 私はあの子をなんて呼べばいいのよ?」
『クリス。少し素が出てるわよ。まぁ好きにしたらどう? 極力名前を呼ばないような方向で』
そんな無責任な一言を残して、メイは早々に退散してしまう。
「ちょっと! メイ!」
「誰かいるのですか?」
ちょうど、彼女の名前を呼んだタイミングで勇者の姉が帰ってくる。
彼女はクリスの様子に首をかしげながらもクッキーとマカロンを机の中央に置く。
「ちょっと、そこを歩いていたメイドさんにお願いしてもらってきました。もちろん、合法的にですよ」
「そう……ならいいのだけど……」
合法的にというのは普通にお願いしたのだという認識でいいのだろうか? そもそも、なぜこんな場所の近くにお菓子を持ったメイドがいるのかわからないが、それはいったん置いておくとしよう。
それにしても、いちいちモノを出すたびに私物ですだの合法的だの言うあたり、かつてのクリス……つまりはメイにさんざん注意されていたのかもしれない。魔王城から勇者の態度を見ていたときに彼女は“姉に似て”などと言っていたのであながち間違っていないはずだ。
そんな勇者の姉はカップに紅茶を注ぎ、それに砂糖を入れる。
「さて……せっかく、二人になったのだしそろそろ本題に入りましょうか。クリスティーヌの体を借りた誰かさん?」
彼女のその一言でクリスの頭の中は一気に真っ白になってしまった。




