勇者の姉
倉庫を散策した後、クリスはすっかりとへとへとになっていたのだがどこかで休むことなく、まっすぐと畑へと向かっていた。
こんな時間で変な場所で見つかりたくないということもあるが、もう一つ。畑の木陰でもたれかかって少し眠りたいという欲求が芽生えていた。
畑のわきにある木陰は自室においてある高価な調度品に囲まれたふかふかのベッドよりも遥かに心地よい。
クリスはそこを目指して、広い王宮の中を歩く。
『東の空が明るくなってきたね。今度こそ朝みたいだ』
「そうね。まぁでも、もう少し行けば関係ないわ。まぁここでも何とかならないわけではないけれど」
『まぁ確かにこの先の廊下ぐらいなら歩いていても不自然じゃないわね』
そろそろメイとの会話も控えないとななどと思いながらクリスは廊下を進む。
時間としてはまだ、陽が昇り始めて間もないころなのだが、使用人たちが朝食の準備を始めるような時間だ。
早く目的地へ着かないと、質問されたときの返答に困る可能性がある。
さすがに一国の姫様が一晩中倉庫にこもっていましたなんて言うわけにはいかない。
「はてさて、こんな面倒なところを見られたらなんというべきか……」
「それは適当な理由を述べて逃げ切るべきなのではないですか?」
「まぁそれもそうよね。そうしましょうか」
「えぇ。そうするべきです。それよりも、どうしてこのようなところにおられるのですか?」
そこまで会話が進んで、初めてクリスは会話の相手がメイではないと気づいた。
クリスが恐る恐る振り返ってみると、そこには勇者によく似た少女が立っていた。
「久しぶりですね。クリスティーヌ姫。あぁ王宮内ですから、ずっと敬語なのであしからず」
『この方は勇者のお姉様です。お会いしたことはありませんでしたっけ?』
メイ曰く勇者の姉であるその人物はニコニコと微笑を浮かべてクリスの顔をまっすぐと見る。
「しばらく、お会いしないうちに大きくなりましたね。弟から無事に帰ったという報告は聞いていたのですが、こうしてお話しする機会はちゃんとなかったので……今からお暇でしょうか?」
「えっと……はい」
どうして、彼女が王宮にいるのだろうか? そんな疑問、口にする間もなく勇者の姉に手をつかまれて先ほどとは逆方向へと進み始める。
「あの……どこへ?」
「どこへって休憩室に決まっているではありませんか。まぁそういう姿勢は大切かもしれませんけれど」
どういう意味だろうか? いまいち、彼女の言動が理解できないが、そのことについていちいち聞いていたらきりがないし、何よりも不自然だ。
ちらりとメイの方を見てみると、彼女は悲しいようにも、あきれているようにも見える複雑な表情を浮かべていた。
『こういう子なの。そっとしておいてあげて』
そんな意味深なことを言われて、クリスは今一度大きく息を吐く。
彼女の言葉を意訳すれば、“変人だけど気にしないで”といったところだろうか? いずれにしても対応に困る。
まぁ別に彼女の行動が特別飛び抜けているというわけではない。そもそも、このあたりに休憩室などあっただろうか?
貴族や王族のはもちろん、使用人の休憩室もこのあたりにはない。
そんなことを考えている間にも前を歩いていた少女が立ち止まる。
「ほら、私的にはここが休憩室」
彼女が立ち止まった場所。そこは、一晩中中を歩いていたあの倉庫の入口であった。




