ほうほう
本来なら作戦会議のために使用される机を魔王、クリス、アベルの三人が囲んでいる。
「さてと、結論からだが……元に戻すのはかなり難しい」
「……裏を返せば不可能ではないということか?」
「まぁそういうことだ。だが……」
「だが?」
アベルのいつになく真剣な表情に二人は思わず息をのむ。
「時間がかかる。そうだな……勇者の進行速度から考えて準備が完了するまでに間に合うかどうか……」
「つまり、勇者を足止めしろと?」
「そうだ。三日。せめて、三日勇者の進行を遅らせられれば何の問題もなく事が進むはずだ」
「三日か……」
三日。
パッと聞けばとても短い時間だ。しかし、勇者の進行速度を考えればかなり難しいといえる。
王都から魔王城まで普通に移動して約一年。
ただ、途中の砦を攻め落としたり魔物と戦ったりということを考慮すれば勇者がたったの一年で眼前まで迫っているのはまさに破竹の勢いと言っても過言ではない。
そんな中において三日の猶予を造らなければならないというのはかなり難しい。
「クリスよ。何か良い方法はないか?」
だからこそ、迷うことなく最後のカードを切った。
勇者のことを昔から知っていて、その性格を熟知しているクリスであるが、それに頼るわけにはいかないと彼女が自発的に話した時を除き勇者の話をしないように努めてきたのだ。
しかし、今は緊急事態だ。そんな悠長なことを言っていられない。
「まぁそれは考えておくけれど……元に戻す方法って?」
「あぁそうだな。そちらから話を進めよう。そもそも、魔王とクリス嬢の魂が入れ替わった原因だが、これは一種の魔法事故だと考えている」
「魔法事故か? どうしてまた?」
魔法事故というのは文字通り魔法を使っている際の事故だ。
よくある事例を上げれば詠唱中の集中不足により火力や照準が不安定となって術者またはその仲間に攻撃が当たるというものや魔力不足で無理やり発動させたことにより術者がケガを負った場合などがある。
事例は様々だが一番大事なこととしてどの事故も魔法が関わっているということが大切だ。
だが、今回は魔法など使用していないはずだ。
仮に外部の人間(たとえば勇者とか)が意図的にやったのならばそれは事故ではなく事件になってしまう。
念のため補足していくと、魔王またはクリスに何かしらの魔法を第三者が行使している際に二人がぶつかったことにより偶然そのような事象が起こったとしてもこれは事件として処理されるのが一般的だ。
「確かに今回の事象はパッと見ただけでは魔法など関わっていないであろうただの事故だ。ただな。事故当時も卓上に会ったと思われる水晶が異常をきたしている以上、そうとは言い切れない」
「卓上の水晶? 勇者を監視していた奴か?」
「そうだ」
アベルは持っていたカバンから透明に戻った水晶を取り出した。
それを昨日の位置に戻すと、彼は静かに語り始める。
「そもそも、こいつは遠くのものを見る為に使われているが、実際はそれがすべてではないのだよ」
「そうなのか?」
「そうだ。これはある特殊な呪文を使うことで役割を変化させることができる代物で透明だと遠方の敵を監視し、緑にして食料庫に保管しておけば農作物の品質を一定に保ち保存できる。そんな具合にいろいろとつかえるわけだ。ただ、これ自体の記録はかなり失われていて呪文も効果もほとんどわからない。ちなみに魔王とクリス嬢が入れ替わったと騒ぎになったとき、これは紫色に変色していた。詳しいことは分からないが、人の身体または魂にかかわる何かしらの魔法が発動したとみて間違いない」
「なるほど……では、すぐに術を」
「その解析に早くても二週間かかる。出来る限り急ぐがそれより短くなることはない。だから、三日の猶予がほしいといっているのだ」
アベルの説明は八割がた理解できたつもりだ。
魔王の方も深刻そうな表情でコクコクとうなづいている。
「三日だな。三日の猶予があればいいのだな?」
「そうだ。三日勇者を足止めしてくれ。それと、前後に話していた会話の正確な内容を頼む」
「わかった」
アベルにはいろいろと聞きたいことがあるが、今は正確な情報の収集と勇者の足止めを行うことが先決だ。
アベルのことを信用していないわけではないが、できることなら三日以上勇者を足止めできるようにした方がいいのかもしれない。
「やるぞクリス」
「わかってるわよ。まっかせなさい!」
「……くれぐれも頼んだぞ。まぁそれと、ひょんとした方法で戻る可能性は否定しないからいろいろと試してみろ。先ほど言った情報は早急に文章にまとめて部屋までもってこい」
アベルは足早に広間から立ち去っていく。
その場に残された二人は緊急の作戦会議を行うと決めて、人を呼びに部屋を飛び出していった。
その後の作戦会議ではたくさんの提案がされ、効果がありそうなのを採用していった。
その合間合間に魔王とクリスは様々なことを試して元に戻ろうとしたのだが、どれも失敗に終わり、一週間と少しの日にちが過ぎた。
そして、勇者は当初の予想通りのペースで魔王城に到着してしまったのだ。