使用人と清掃
食事のあと、クリスはほうきを手に取って王宮の廊下を歩いていた。
クリスは王宮の西の端にある倉庫の掃除を頼まれ、今向かっているところだ。
メイド長曰く倉庫の掃除は三人で行うとのことで残りの二人はすでに倉庫に向かっているといっていた。
そのため、クリスは残りの二人をあまり待たせるわけにはいかないと少々急ぎ気味に廊下を歩いていた。
『しかし、西の倉庫ね……何をしまっていたかしら?』
頭上を飛ぶメイが首をかしげながら口を開く。
クリスは倉庫を目指しながらその会話に応じる。
「知らないの?」
『知らないことはないはずなんだけど……なんというか、覚えていないというか……まぁ忘れるぐらいのモノしかないかもしれないわね』
「ふーん」
彼女の話を聞いているうちに倉庫の入り口が見えた。
クリスはほうきを持ち直し、軽く服装を整えてその扉を開けた。
「……遅くなって申し訳ございません。クリスです」
クリスが部屋に入ると、すでに先着していた二人のメイドは掃除を始めていた。
「あぁあなたがクリスね。さっそくだけど、私たちがはたきでほこりを落とすからそれをほうきで集めて頂戴」
「はい」
二人のメイドの指示に従う形でクリスは二人が落としたホコリをほうきで集め始める。
「ところでこれはどこに集めればいいのですか?」
「あぁそれなら部屋の隅に適当に集めておいてくれればいいよ。ただし、一か所にしてね。そうじゃないと後で回収するときに面倒だから」
「わかりました」
クリスはそのメイドの指示通り、ホコリを入口あたりの隅に集め始める。
回収するときにどういうふうにするかは知らないが、一般的に考えて入り口から入って回収するであろうから、その近くがいいと考えたのだ。
『あぁここか……』
クリスが掃除をする横でメイが何かを思い出したように声を上げた。
彼女はクリスが疑問を述べる間もなく、どこかへと飛んで行ってしまう。
「どうしたのかしら? あの子……まぁ仕事に集中しますか」
メイのことは気になったが、だからと言って仕事をさぼるわけにはいかない。
何を思い出したかなどあとで聞けばいいことだと片づけてクリスは仕事に戻る。
「クリス! ちょっとこっちに来て!」
「はい、ただいま!」
クリスはほうきを持ったまま自分を呼んだメイドの方へと向かう。
そのころになると、自分の頭の中に浮かんだ疑問など最早どうでもよくなってきていた。
*
倉庫の掃除を終えた後、クリスが掃除道具の片づけをしていると、なんだか神妙な面持ちのメイが戻ってきた。
「あら、おかえり。どうかしたの?」
『えぇまぁちょっとね……あとで……そうね。使用人体験が終わった後にもう一度一緒にあの倉庫に行ってもらってもいいかしら?』
「まぁそれぐらい構わないけれど……どうしたの?」
『いや……その、ちょっと手に取りたいものがあって……でも、この体じゃそれができないから……」
その言葉を聞いて、クリスは改めてメイが置かれた現状を思い出す。
普段、ずっと一緒にいるし、普段からの話し相手であるから半ば忘れかけてしまうのだが、今のメイはクリスを始めとした一部の人間以外には認識できず、手を触れることもできない。
おそらく、彼女自身もその何かを手に取ろうとした瞬間に思い出してしまったのだろう。
彼女をそんな状況に追い込んでしまった以上はクリスは彼女に協力するしかないだろう。
クリスは心の底にそんな思いを秘めながら掃除道具をそれ専用の倉庫へとしまった。




