使用人と洗濯
王宮の使用人宿舎のすぐ近く。
そこの井戸のそばに何人ものメイドが桶を間に屈んでいる。
それぞれの手にはメイド服があって、板と水を使って服の洗濯をしているのだ。
ここで洗濯しているのは主に使用人たちの服だ。
王族の服はもっと別の場所で洗濯している……らしい。らしいというのはメイですらそのあたりのことは詳しくないのだ。
当然と言えば当然と言えるのだろうが、これまでなんでそんなことまで知っているんだと言いたくなるほど内部に詳しかったので多少の落胆はある。
そんなことはさておいて、使用人たちの服だけと言うのは簡単だが、その量は半端ではない。
この城に何人の使用人が勤めているか知らないが、すぐそばに積まれた洗濯物の山は今にも雪崩を起こしそうな勢いですぐそばに迫ってきている。
クリスはその山を崩さぬよう慎重に……しかし、迅速に洗濯を進めていく。
その動き自体は慣れていないということもあり少々ぎこちないが、メイが頭上から指示を飛ばしているため、その動きが完全に停止するということはない。
かくして、三人で分担してこなしていているということもあり、洗濯物の山は徐々に山頂を低くして行ってやがて、大きめのカゴとこれから干さなければならない大量の洗濯ものだけが残る。
洗濯をしたことにより水を吸って重くなった服を小さなカゴに小分けして物干しざおがある裏庭へと運んでいく。
その裏庭は普段、クリスが畑にしている場所ではなく、洗濯物を干すために南からよく陽が当たる場所だ。
もちろん、クリスが普段いる場所も畑である以上、陽は十分当たるのだが、ここはそれ以上に明るく暖かい。
メイドたちはそんなところに一つ一つ丁寧に洗濯物を干していく。
王族の皆様方の服は何かあってはいけないとある程度警備がある場所に干されるとのことでこんないい場所にも関わらず風になびくのはメイド服ばかりだ。
そもそも、このあたりでは洗濯物を天日干しするという習慣はないので王宮の外に出て見られるというモノでもない。
何でも、使用人の増加とともに増え続ける洗濯物をすべてちゃんと干さなければならないと考えた結果、こういった方法が編み出されたのだとか……
その辺の詳しい経緯はよくわからないが、空気を乾燥させる魔法を使いつつ冷暗所で保存するよりは確実にこちらの方がいい気がすると、メイドたちは口をそろえて言っている。
はたして、干し方ひとつでそんなに何かが変わるものなのかと思ってしまうが、クリスは彼女たちに従って洗濯物がしわにならないようにちゃんと伸ばしながら干していく。
「ほら、クリス。もっと早く……そこはちゃんとしわを伸ばしてちょうだい」
水撒きをした時とはまた別の先輩メイドから指導を受けながらクリスは洗濯物を干していく。
「そう言えば、あなた……初めて見る顔なのにどこかで会ったことあるような気がするわね……」
そんな作業の中、先輩メイドの何気ない一言でクリスは固まってしまった。
よくよく見てみれば、そのメイドは普段クリスの身の回りの世話をしているメイドであり、姿かたちは違っても言動などからなんとなくクリスに近いものを感じ取っているのかもしれない。
クリスは小さく息を吐いてから柔らかい笑みを浮かべる。
「気のせいですよ。そんなことありませんから……」
なぜ、このメイドが今回のことを知らないのか? その答えにたどり着く情報は全くと言っていいほどない。
おそらく、メイド長が何かしらの理由でそうしているのだろう。
クリスはそう自分を納得させて洗濯物を干す作業を再開した。




