使用人とメイド長
さて、国王に呼び出されるという通常ではありえないトラブルのせいでかなり時間を食ってしまった。というか本当にあれはなんだったのだろうか? まったくもって理解することができない。
クリスは急いで水を汲んで花壇へ向かう。
花壇につくとすでに水まきは終わったようで先輩メイドたちが片付けを始めていた。
クリスは急いで駆け寄って頭をさげた。
「申し訳ありません」
しかし、そんなクリスに対して使用人たちは特に気にする様子もない。
「大丈夫よ。時間が少し遅れる程度のミスなんて誰でもあるわ」
先輩メイドはクリスの頭をなでてそっと微笑む。そして、思い出したようにハッと表情を変化させてその手を止めた。
「そうだ。言い忘れていたけれど、メイド長が部屋まで来るようにと言っていたわ。早くいかないといけないかもしれないわね」
「えっ」
その一言ともに感情が一気に下降気流に乗って急降下を始めた。
「えっ? もしかして、結構まずいことをしたのでしょか?」
クリスの言葉に先輩メイドは何も言わずにただうなづいた。
「どうしましょう……とにかく、メイド長の部屋に向かってみます」
「えぇそうした方がいいわよ」
先輩メイドにうながされるようにして、クリスはその場を離れる。
クリスはメイに指示を仰ぎながら急ぎ足でメイド長の部屋へと向かう。
「あぁもうまったく、なんでこんなことになるんだか」
言いながら小さく息を吐く。
『まぁここでごちゃごちゃ言っても仕方ないでしょ? 行くならさっさと行く』
「わかってるわよ」
クリスはメイに対して返答しつつ使用人用の建物に入り、その一番奥にあるメイド長の部屋へと向かう。
部屋に到達すると、中央に置いてある机に添えられたイスに腕組みをしたメイド長の姿があった。
「あっあの……クリスです……」
「こっちまで来てください」
「はい」
メイド長の言葉は怒気を含むわけでもなく、淡々とした感情のないものだった。
それほどまでに怒っているということなのだろうか?
クリスは恐る恐る彼女の方へと歩いていく。
「えっと、メイド長」
「……あなた、国王陛下に声をかけられたそうですね」
「はい」
「そして、クリスティーヌ姫の世話を命じられたと?」
「はい」
そこまで確認してメイド長が大きくため息をついた。
「まったく、面倒なことになりましたね……どうしたモノか……」
「えっと……もしかして、結構まずい状況ですか?」
「もしかしなくてもまずい状況ですよ……さてはて、どうしましょうかね……」
メイド長はしばらく空を仰いでそのまま押し黙る。
まぁそれはそうだろう。クリスがクリスの世話をするなど物理的に無理だ。もっとも、クリスが部屋に引きこもっていることにしてクリスが部屋の外を探索するのもありなのかもしれないが……
クリスはしばらくの間、メイド長の横に立っていたが彼女の中で結論は出そうにない。
そうしている間にも事情を知らない先輩メイドから声をかけられ、メイド長の許しを経て仕事に戻ることになった。
「とりあえず、今日の午後までには何とか結論を出したいと思っている」
クリスが去る間際にメイド長は聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でそうつぶやいていた。




