さいげん
登場人物の呼称については一部(魔王がクリスを呼ぶ時など)を除き見た目通りで行きます。
今、玉座にはクリスが座り、その手にはそれぞれクッキーとマカロンがある。
対して、その下の机の前に魔王が立ち玉座を見上げていた。
二人が何をしようとしているかおわかりだろうか?
アベルが去ったのち、彼の部屋から手紙が届き、検証するだけでも丸一日かかるという現実を突き付けられたのだ。
だから、その間にできることをやろうと魔王が提案したのだ。
「どうしてこうなった」
クリスは玉座でそうつぶやいた。
もう一度頭をぶつければいいと聞いたときは少し痛いぐらいは覚悟していた。
あの時も失神したのだ。だが、最も痛いのは魔王だと思っていた。
しかし、どうだろうか。
彼女は自分の身体が傷つくのもいとわずに自分が下に行った。
つまり、成功しようがしまいが痛いのはクリスで失敗したところで魔王にダメージはない。
うまく考えたものだ。
狙った訳ではないと信じたいが……
「それじゃ行くよ。さっさとクッキー片手にマカロン食べながら階段下りてずっこけて」
「わかっておる。まったく……どんな話をしておったかの」
記憶が正しければ、勇者は昔あんなやつではなかったみたいな話をしていた気がする。
「そうだ。思い出したぞ」
「やっとセリフを思い出したの? だったら早くして」
「わかっておる……」
クリスはスッと立ち上がると、階下の魔王を見ながら歩き始めた。
「まぁあれよ。ごちゃごちゃ考えても仕方ないから、元気がないときは食べるに限っ……」
タイミングも完璧だ。
冷静に考えるとセリフが少し違うが気にしない。
クリスは真っ逆様に転落し、魔王がクリスの名を呼ぶ。
「客観的に見るとこうなるのか」
当然、再現というからには受け止めてもらうはないにしろ、多少は痛みが和らぐはずだ。
そう考えるクリスであるが、あろうことに魔王はニヤリと笑った後、後ろへ一歩引いたのだ。
「ちょっ!」
抗議する間もなく、クリスは地面にたたきつけられる。
かろうじて意識が残っていたクリスが顔を上げれば、ニヤリとした笑みを張り付けたまま魔王が見おろしていた。
「これはちょっとしたいたずら……もとい、セリフが違うからよ。それで衝突して失神したらお笑いものでしょ?」
「わしが失神しても結果は同じではないか!」
「別に叩き起こせばいい話じゃないの」
クリスがもう抗議するも魔王は平然とそんなことを言い放つ。
「……あのな。自分の身体だってことを忘れてないか?」
「別に。勇者パーティには回復魔法のスペシャリストもいるから少し我慢すればいいだけの話よ」
「それではさんざん魔王城で傷つけられたみたいではないか!」
「誰も疑問に思わないわよ」
「いろいろ問題がある!」
一通り言い争った後で二人は顔を合わせ似たようなタイミングでため息をつく。
「まぁいいか。もう一度やるぞ」
「まぁそうね。今度はちゃんとね。“まぁあれよ。元気がないなら食べるに限っ”だからね。忘れないように」
「出来れば最初からそれを言ってほしかった」
「そう? 気づかなかったわ」
「あぁそうですか」
魔王の言葉を背後に聞きながらクリスは玉座へ向けて歩いていく。
その後、数度にわたって再現が試みられたがただの一度として成功はせず、クリスが体中に激痛を訴えるのみという結果に陥った。
これが誰かが意図的にやったということはまずないだろう。
翌日も再現を試みようと提案されて、準備していたときにアベルが“そんなこと意味ない”と言いながら割り込んできて、舌打ちをする魔王の姿が目撃されたが、きっと気のせいだ。そんなまちがいあってはならない。