使用人部屋
宴の次の日。
クリスはいつもと違う場所で目が覚めた。
傍らにはメイド長が寝ており、部屋の中の調度品や設備からここが使用人部屋だということを理解した。
念のために自分の体を確認してみるが、どこからどう見てもクリスの体だ。
「えっと……昨日、あの後どうしたんだっけ?」
宴が終わった後の打ち上げに参加したのはいいのだが、その後半の記憶があまりない。
そう考えると、妙なことをしなかったと不安になるが、それは恐らく大丈夫だろう。一緒にメイもいたのだ。あまり下手なことなどできないはずだ。
「メイ。メイ……ここにいるの?」
横で目ているメイド長を起こさないように気を付けながら小さな声でメイを呼ぶ。
『はいはーい。呼ばれて飛び出てメイちゃんです』
謎の口上とともに登場したメイはクリスの頭上で一回転してからベッドの端に座る。
『まったく、思ったよりも早く起きるのね』
「四六時中起きているあなたに言われたくないわ」
『仕方ないじゃない。幽霊に睡眠は不要なんだから』
メイの言葉を聞いてクリスは小さく首をかしげる。
「あなたって幽霊だったっけ?」
『さぁね? 体を持たずに魂だけで浮いているのを幽霊というのならば、私は幽霊なんじゃないの?』
「そういうモノ?」
『そういうモノよ』
彼女はそう言いながら笑顔を浮かべる。
他にも多々疑問があるものの、彼女の体についてはあまり詳しくないのでこれ以上言及しない方がいいだろう。
それよりも重要なことが目の前にあるから、そちらの話をするべきだろう。
「そうだ。あなたに聞きたいことがあるのだけど」
『……昨晩のこと?』
メイはやや不機嫌そうにそうたずねた。この様子を見る限り、記憶の空白時間に何かがあったということはほぼ間違いないだろう。
メイはしばらく間をおいてから小さくため息をつく。
『まぁ別に言うけれどさ……ある意味で変なことをしたとかそういうのには当たらないと思うし……』
「いや、逆にそう言わるときになるんだけど」
『わかってるって。言うから……さてと、どこから話そうか……』
そう言いながらメイは軽く唸り声をあげる。
そんなにいろいろとやってしまったのだろうか?
しばらくして、メイはとんでもないことを口にした。
『あなた。突然だけど、一日使用人体験をすることになったのよ。まぁ覚えていないなら覚えていないと素直に言ったうえでやるべきでしょうけれど……あぁもちろん、非公認だからあまり堂々とされたら困るけれど……』
「何? そんなこと言ったの?」
『言いました』
まずい。全く思い出せない。恐らく、気が抜けてお酒が入っていしまったからなのだろうが、とんでもないことを口走ったものだ。
それ以前に一番の問題は前の魔王の体に比べてこの体ははるかに酒に対して弱い。これはこれで気を付けなければならない点だ。
まぁとりあえず、其れだけ説明されればこの状況は容易に理解できる。
おそらく、朝目覚めた瞬間から使用人体験をしたから使用人部屋で寝たいと駄々をこね、さすがに一般の使用人たちと完全に混ぜてしまうのもどうかと考えてメイド長の部屋での就寝ということになったのだろう。
なぜ、彼女が傍らに寝ているのかという点についてはあまり考えない方がいいかもしれない。
メイはまだ何か言いたげだったが、クリスはこれ以上はもういいと制して布団から起き上がる。
ベッドの横にはメイド服が二着用意されていて、そのうち片方にはご丁寧に変装用の魔法陣が置いてあった。
「なるほど……つまり、これで容姿をごまかしながら使用人体験をすると……」
『そうみたいね。こんな魔法陣どこから用意したんだか……』
「知らないわよ。とりあえず、着替えだけでもしちゃいましょうか」
『その方がいいかもしれませんね……』
いずれにしても使用人体験は確定ということになりそうなのでクリスは特に文句を言うわけでもなくメイド服を着用する。
その後、着替えが終わってもメイド長が目を覚ますことはなかったのでクリスは部屋の中にあったイスに腰掛けて彼女が起きるのを待っていた。




