バルコニーにて
クリスの横に立ったグレンはクリスと同じような体勢を取って庭を見る。
実際問題、クリスはメイと話をしていたのだが、彼からすれば庭を見ながら何やらぶつぶつとつぶやいている怪しげな少女という風に映っていたのかもしれない。
しかし、彼はそのようなことに対して聞くことはなく、まったくもって予想外なことを口にした。
「クリスティーヌ姫。少し聞かせてもらえませんか? 魔王城でのこと?」
「はい?」
予想の遥か斜め上を行くというか、まさか魔王城でのことを聞かれるとは思っていなかった。
王宮に帰ってから魔王城の出来事を聞かれたことなど一度もなかったので無理ないかもしれないが、いつか聞かれるとは思っていた。
しかし、この質問。どう答えるべきか非常に迷う問いである。
別に答える内容がないわけではない。
魔王城内でずっと、客観的にクリスのことを見ていたわけだし、彼女一人で何をしていたのかという部分についてはすぐそばにいる本人に聞けば詳しく聞けるだろう。
ならば、なにが一番問題なのか? それは、どの話を伝えるかという点だ。
魔王城でのクリスの性格と言えば、とてもお姫様とは思えない堕落した生活であり、別にひどい扱いを受けたわけでもはたまた王宮に帰りたいと切に願っていたわけでもない。しかし、それを正直に話せば、場の空気が悪くなりそうだというのは目に見えている。
「クリスティーヌ姫? 申し訳ありません。ご気分を害したのなら謝ります」
「いえ、そうではなくてですね……えっと……」
チラチラとメイに視線を送るが、彼女もまた困ったような顔を浮かべている。
クリスはしばらく考え込んだ後にゆっくりと口を開いた。
「別に悪い扱いを受けていたというわけではありません。魔族に囲まれているという状況だったとはいえ、普通の生活を送ることが出来ました」
「そうですか。勇者様に聞く限り、性格が少し変わったぐらいで外傷はあまりないと聞いていたのでそうだとは思っていましたが……ただ、自分の目で確かめないことにはと気になっていたもので……」
メイに知り合いかと視線で問いかけるが、彼女は首を横に振る。
このことから考えるにどうやら彼は知り合いではないということで間違いないらしい。
だとしたら、なぜ彼はこんなふうにして話しかけてきたのだろうか? どう考えても初めて話すような口ぶりではない。
もしかしたら、メイが忘れているだけなのだろうか?
それはそれで、“あなたって知り合いでしたっけ?”と聞くのはかなり失礼だ。
クリスが黙っていることを不審に思ったのか、グレンは小さく首をかしげている。
「クリスティーヌ姫?」
「あっえぇと……いえ、なにもありませんわ」
「そう。ならいいですけれど……とりあえず、最後にこれだけ。私は忘れていないですからね。貴方との約束……」
やっぱり、知り合いじゃないか! 心の中でそう叫ぶ。
メイも状況が呑み込めていないようで珍しく動揺したような表情を浮かべている。
そんなクリスを置いてグレンは笑顔で立ち去っていく。
彼が去った後のバルコニーにはクリスとメイだけが取り残され、クリスは大きくため息をついた。
「どういうことよ?」
『知らないわよ。だってほら、グレンと言いますって名乗ったりしていたからすっかりと初対面かと思っていたのよ……でも、貴族の知り合いなんていたかしら?』
いや、王族なのに貴族の知り合いがいないというのはどうなんだ。というツッコミは心の奥底に沈めておく。
大体どんな答えが返ってくるかというのは容易に想像がつくし、話をこじらせたくないという点から見てもそうすることが適切だと思えたからだ。
『うーん。彼は何を考えているんでしょうか?』
「さぁ? まぁちょうどいい具合に頭が冷えたわ。帰りましょう」
グレンのことは気になったが、そのことばかり考えていても仕方がないのでクリスはメイとともに宴の会場へと戻って行った。




