会場にて
勇者と話をした後、クリスは早足で宴の会場へと向かっていた。
少し勇者と話すのに時間を取りすぎてしまった。
このままだと完全に遅刻だ。
王族の中では一番端の席だとはいえ、最前列。
遅れて行ったら無駄に目立ってしまう。
『次を右』
「はいはい」
『その次の角を左』
「わかった」
頭上に浮かぶメイの指示を仰ぎながらみっともなく見えない程度に(ココが一番重要)出来る限り早く移動する。
どうやら、民衆はすでに会場に集まりつつあるらしく、会場に近づけば近づくほど人が増えていく。
しかし、民衆はクリスの姿に気づくと、すぐに道を開けてくれるのでスムーズに会場に向かうことができている。
「それにしても、なんでこの王宮はこうも複雑なのかしら?」
『あぁそれは、侵入者対策ですよ。仮に侵入者が入ってきたとしても簡単に王の下へとたどり着けないようにということでこのような形にしているんです』
「侵入者対策……なるほどね」
魔王城の場合、勇者が壁をぶち壊しながら一直線に進んできたのであまり意識していなかったのだが、“通常の”敵に対しては王宮内の迷宮化は有効な手立てだろう。
そんなことを考えているうちに何とか会場に到着することができた。
静かに扉を開けて中に入ると、すでに前列にいる王族や貴族はほとんどが席についていた。
巨大な宴の会場から一段高いところに設置されている王族、貴族席は国王を中心に席が並んでいて、クリスの席は王族席の一番端だ。
クリスはまわりに気づかれないようにこっそりと貴族席の後ろを通り抜けて王族席に着く。
周りの席に座る数人がこちらを振り向いたが、こちらがぺこりと頭を下げると特にあいさつを返すわけでもなく会場の方を向き直った。
「この人たちは?」
クリスはまわりに気づかれないように気を付けながらメイに問いかける。
『えっと……まず、ここから見て、国王の横に座っている女性が私の……いえ、あなたの妹であるクレアです。まぁ妹と言っても正妻の娘ですので私なんかと扱いは断然に違いますけれど……国王を挟んで反対側に座っているのが、王子で……』
そんな調子で王族の紹介が始まる。
普段、王宮にいるはずの人間でさえ、ほとんど顔を知らないのでいかに自分が周りの王族と関わりがないのかということを実感してしまう。
王族の人間の紹介が終わると次はそれぞれの人間に対しての接し方の注意の話に移る。
その話を聞く限り、とにかく下手に出て、謙虚な姿勢で接すればいいらしい。まったくもって疲れる注文内容だ。
まぁとにかく頭を低くしていればいいのだろうが、皆が皆国王のような態度をとっていたら疲れることこの上ない。
いや、クリスがとにかく下手に出て、なにを言われても笑顔で応対しろとまで言った以上は……いや、それ以前に魔王城から帰還して、一回も会ったことがないということを考えると、まともに接してもらえると思う方がまちがいだ。
「はぁ大変かもしれないですね……これから」
思わず、そんな声が漏れてしまったがそれが誰かに聞かれるということはなく、会場内の喧騒に飲み込まれていった。
クリスのボヤキとほぼ同タイミングで国王が立ち上がり、民衆に対して呼びかける。
国王の話を軽く聞き流したのち、クリスは皆とそろって乾杯する。
その乾杯の声とともに宴のメインである食事会がはじまった。




