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春の足音

「はぁー疲れた……」

「お疲れ様です。クリスティーヌ姫」


 畑のそばの大木にもたれかかっているクリスに庭師の青年が水の入ったカップを渡す。

 クリスはそれを受け取ると中身をいっぺんに流し込んだ。


 今、彼女の目の前にあるのは種を植え終えた畑だ。

 見た目にはわかりにくいが、土の中にはしっかりと作物の種が植えてある。


 クリスは大木に身を預けたまま空を見上げる。


「まさに快晴ね……」

「はい。そうですね」


 木々の隙間から見える空には雲一つなく、王宮の上はもちろん城壁の向こうまでスカイブルーの空が続いていた。

 枝の間から漏れる光の発生源に向けて手を伸ばして、空いたもう片方の手を自身の顔の上に持ってくる。


 いつか、この陽の下で自由に生きてやる。


 この空のようにこの世界を見て回りたい。


 伸ばされた手にはそんな思いが込められていた。


「本当にきれいな空……」


 そういったのち、空から目をそらすように木の根元に視線を送ると、黄色の花がひょっこりと顔を見せいてた。


「……そっか。もう春ね……」

「はい。もう春です」


 クリスはクスッと笑みを浮かべると、青年に手を振って畑から立ち去っていく。

 王宮の中に入る直前に振り向いてみると、彼は頭を下げたままだった。


「別にここにいる時ぐらいそんなにかしこまらなくてもいいのよ」


 クリスは青年に声をかけると、王宮の中へと入って行った。




 *




 王宮の中に戻ると、相変わらず春の宴の準備で大忙しだった。

 もっとも、普段は一般人が立ち入ることのできない王宮に人を入れるのだから当然だろう。掃除はいつも以上に丁寧にしているし、衛兵たちは警備計画の策定に大忙しだ。

 クリスは掃除をしている使用人たちを避けながら久しぶりに入る執務室へと向かう。


 執務室に入ると、王宮を脱走する前に見たのと変わらない光景が広がっていた。


 細かい書類の移動などはあるものの大方クリスがいたときの状態で維持、手入れされてきたようだ。


 そこへちょうど、男性が部屋に入ってくる。


「これはこれはクリスティーヌ様。いらっしゃいましたか。失礼いたしました」

「別にかまいません。それよりも目を通していただきたい書類が」

「わかりました。それではこちらへ」


 男性は一礼すると、クリスの前に書類を出した。


 そこにはたくさんの植物の名前と料理名が書かれている。

 メイが横からそれを覗き込むと納得したように声を上げた。


『あーこれは、春の宴で出す料理と原材料の一覧ね。内容を見て、問題なさそうならハンコを押すだけでいいわよ。もちろんサインでも問題ないけれど』

「わかりました。目を通しますので少しお待ちください」


 メイと目の前の男性。両方共にも通じるように返事をすると、クリスは書類に目を落として黙読する。


 作物を使ったサラダや肉料理、魚料理まで多種多様にわたる料理は王都に住む様々な人が食べれるようにと配慮された結果なのだろう。

 中にはクリスが見たことのない料理も混ざっていたが、そのあたりは男性にばれないようにメイに聞いて何とかやり過ごす。


 別に何も見ないでハンコだけ押してもよかったのだろうが、クリスは丁寧に一つ一つ改めて行った。


 そして、最後もう一度内容を軽く確認してからクリスはその書類の署名欄にサインを書く。理由は至極単純でクリスはハンコというのが何か理解していなかったのだ。


 あとでメイに聞いたところハンコというのは東の国から伝わったもので、インクを付けて押すだけでサインしたことと同じになる道具なのだという。


 それを聞いたクリスは今度はハンコとやらを使ってみようなどと思いながら自室へと戻って行った。

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