けんしょう
「……なるほど、これは確かに面白い」
アベルは広間に入るなりそう言った。
彼の前に広がる光景は、玉座に座る魔王とその横でしゅんと落ち込んでいるクリスの姿だ。
どっちがどっちとか考えるだけでも面倒なので見た目通りに呼べばいいだろう。
アベルは一人で勝手に納得する。
普通ならばありえない光景なのだが、二人の中身が入れ替わっているのだから、仕方がない。
だが、彼の目当てはそれではない。そうなった原因を探ること。それをしなければ、自分の研究を完結させることができないからだ。
彼の興味はすぐに卓上へと向かう。
いつもならば透明で勇者一行の動向を映している水晶が紫水晶のような鮮やかな紫色に色に変色しているのが気になったからだ。
「これは……」
玉座の上でわめくクリスたちとそれをいさめる側近たちに声をかけることもなくアベルはそれの検証を始める。
「……これは……しばらくかかるかもしれないな。実験のため……もとい、念のためにあの魔法を魔王にかけておくか……いや、中身はクリス嬢なのだからクリス嬢とお呼びしないと怒るのか? いや、そんな無駄な思念に割いている時間はないな……おい! この水晶持っていくぞ。できる限りやる!」
アベルが一番最後の部分だけを強調して呼びかける。
すると、体操座りをしていたクリスの顔がパッと明るくなり、他の面々もようやくアベルの登場に気づいたようだ。
これでいいのか魔王城は? なんて思うが、一応居候させてもらっている身なので皆まで言わないようにした。
アベルは広間の喧騒に一瞥し、その場から立ち去って行った。
なぜ、あそこまでの騒ぎになっていたかなどアベルには興味のないことだ。
しかし、アベルとともに戻ってきた下っ端の為に侍女が状況の説明を始めた。
*
さて、話は下っ端がアベルを呼びに行ったより前にさかのぼる。
その時点でも十分騒がしかったのだが、クリスが爆弾のような一言を放った。
「……アベルを呼びに行くのはいいが、その前にトイレに行きたい。限界に近いようだ」
その言葉とともに空間が凍りついた。正確に言うと、魔王の表情のせいでだ。
おそらく、クリスがクリスの姿で起こったところで、“怒ってもかわいいな”ぐらいで済むだろう。しかし、残念なことに今のクリスの容姿は魔王だ。
それだけにかなりの威圧がある。
「あまり人前でそういうこと言わないでほしいんだけど? 確かにさ、姫としての言動とかは当の昔に捨て去ったけどさ、女として最低限のことはね? というかアベルさんのおかげですぐに戻れるかもしれないからせめてそれまで待って」
「いや、そうはいってもな……」
「お花を摘みに行く。ちゃんとそう言ってください」
「お花を摘みに行くか?」
「そうです。それとですね!」
客観的に見て自分が乙女としてどうかと思う態度をとられたくないのだろう。
何が立ち振る舞いよ。めんどくさい。と言い切ったクリスがごちゃごちゃと魔王に最低限のマナーの話を始める。
腐っても王宮の人間なんだな。
つくづくそう思わされる。実際にお花を摘みに行くというのはどれだけいるのだろうか?
そんなことを思うのだが、ここで反論すれば、余計に話が長くなるので聞き流していく。
それと同時に本当にしっかりとした娘だと感心させられる。
こんな状況だというのにすぐに冷静さを取り戻し、最悪の事態になったときのことを考えている。
「聞いてますか?」
「大丈夫だ。しっかりと聞いている」
だからこそ元に戻さなければならない。
どれだけ彼女がしっかりとしていようとも先頭経験は皆無だ。
勇者とまともに相対すれば数分と持たないだろう。
その辺の対策も考えながら、クリスは魔王の話を聞いていた。