かまくら
クリスはメイの指示に従って、雪を固めて小さなドーム状にしていく。
当初はメイがこの作業をしようとしていたのが、いざやってみようとした時に自身が雪に触れられないことを思い出してクリスに指示を出して作ってもらうという形を取ることになったのだ。
クリスは最初こそ文句を言っていたが、作らないと自分が凍え死んでしまうのでおとなしく作業をしている。
あくまでこれはメイの主観においての話であるが……
「寒い……ねぇメイ……この“かまくら”だっけ? を作り終わる前に凍え死にそうなんだけど……」
『がんばってね!』
そんなクリスの要望にもメイは笑顔で答えるだけだ。
「というか、本当に手伝う方法はないの?」
『だって、アベル……じゃなかった、アンズに言わせれば今の私はあなたにしか視認できない霊体になっているわけだから、基本的には触れようとしてもすり抜けちゃうのよ。まぁ方法がないこともないらしいけれど……』
うっかりとアベルという名前を口にしたメイに対して小さくため息をついたクリスは作業の手を止めて彼女の方を見る。
「……あいつの前でアベルって言ったらまた怒られるわよ。まぁいいけれどさ……それで方法っていうのは?」
『うーんと……まぁここではできないけれど、誰かに憑りついてみたいな感じのことはできるって言ってた……気がする』
「えっ? ってそんなことができるんなら!」
『あぁでも、私のことを認識できる人はダメだって。あなたはもちろんのこと霊感の強い人とかにも出来ないみたい』
「まぁそうだよね……できたら最初からやっているよね……」
一瞬、期待してしまっただけにクリスは大きく肩を落とす。
「はー世の中そう都合いいことなんてないってことかな……」
そのままクリスは雪の中に大の字になって倒れこんだ。
かまくらはまだ半分ほどしかできていないのだが、がっかりした分疲れがどっと出てきたのかもしれない。
『それはそうよ。全部が全部都合よく言っていたら世の中成り立たないでしょ?』
「まぁそうかもしれないけれど……」
『ほらほら、ごちゃごちゃ言っていないでさっさとやる。いつまで森の中にいる気か知らないけれど、ここで死んだら意味ないでしょうが』
「はいはい……」
クリスはけだるそうに返事をして立ち上がる。
『私は少し空から様子を見てくるから、ちゃんと言ったとおりに作ってよね』
「わかってるよ」
作業を再開したクリスを下に見ながらメイは一気に高度を上げる。
森の木々よりも高いところへ出ると、空を覆い尽くす星空の海が見えてきた。
『さすがにここまで来るとすごいわね……とそうじゃなくて……』
思わず星空に見とれそうになってしまったが、メイはすぐに思考を切り替えて視線を王宮の方へと送る。
どうやら、気づかぬ間に奥の方まで来てしまったようであまりよく見えないが、ここから見る限り王宮に大きな変化はない。
おそらく、今のところはクリスの脱走に気づいていないということだろう。
ばれるとしたら早くて明日の明朝……遅いとも明日の夕刻にはクリスの不在がばれる可能性が高い。
そのことを考えると今夜はいいとしても明日からは寝るときも十分に周りを警戒する必要が出てくる。
『まぁ捕まったところで私がどうこうなるわけではないけれど……』
そんなことをつぶやきながら再び視線を星空へと向ける。
『まぁ外に出ちゃったものは仕方ないし、ちゃんと逃亡の手助けはするとしますか……』
そうつぶやいたのち、メイは高度を下げてクリスの下へ向かう。
上から見る限り、彼女はちゃんとかまくらを作っているようだ。
『クリスー! お待たせー!』
メイは満面の笑みを浮かべて彼女の下へと降りたっていった。




